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  作者: ひじきとコロッケ
氏間正洋
87/105

(4)

「行ったか」

 そっと見上げた先をぼんやり光る何かが飛び去っていくのが見えた。

 飛んでいるだけでも充分すぎるほど人外だが、はるか遠くの姿が見えているこの男もまたただ者ではないのは確かだ。


「わかってはいたが、とんでもない奴だな……」


 あの氏間という男を(かくま)えば竜骨ダンジョンのダンジョンマスターを誘い出せる。そう考えて動いてみたが、何の偶然かすぐそばにいただけ出なく、後をつけられるとは。

 どうにか振り切り、地下駐車場に滑り込んで事なきを得たが、あともう少し距離があったら、もう少し車が少なかったら確実に追いつかれ、いや追い詰められていただろう。そうなっていたら、どうなっていたか。


「さて、次の準備を進めるか」


 こちらの提案をのまなかった時点で氏間には用は無くなった。ならば次は……




「た、頼む!どうにか!」

「いえ、所定の料金がお支払いできないというのであれば……」

「ぐ……」


 とうとう貯金が底を尽きた。完全にゼロになったわけではないが、これ以上は生活そのものが破綻するギリギリ。


「わかった。だが、今日はまだ契約が継続しているよな?」

「ええ、それは大丈夫です」

「……出掛ける」

「わかりました。どちらへ?」




「申し訳ありませんが、これ以上の融資は……」

「なんでだ?私は弁護士だぞ?!」

「そ、そうですが……その……申し上げにくいのですが氏間様、融資というのは事業のためのものでして」

「ぐぬぬ……なら、ローンだ!ローンを組む!」

「申し訳ありませんが……その……あっ」


 担当者が手にした資料がハラリと机に落ち、ススーッと氏間の前に滑っていった。慌てて拾おうと手を伸ばすより早く氏間がそれを手に取った。


「これ……くそがっ!」


 そこにはどこでどう調べたのか――いや、信用商売だからこそ、しっかり調べ上げたのだろう――氏間の最近の状況が簡潔にまとめられており、最後に一行、融資できる上限額が二桁万円(前半)と書かれていた。銀行としては、氏間が普通に仕事をしているのなら四桁万円を貸し出しても良いが、滝川陽絡みの諸々を考えると、返済できる可能性は非常に低いと見ており、ヒラの担当者が独断で動かせる程度が限界と判断していたのだった。


「もういい!」

「あ!氏間様!」

「何だ?!」

「ま……あ、いえ……えっと」


 思わず「またのお越しをお待ちしております」と言いかけたが、また(・・)は無いだろうと担当者は口をつぐんだ。




「で、いくら借りるんだ?」

「四……いや、五千万」

「五千万とはまたデカいな」

「……」


 駅から少し離れた雑居ビル。一階から順に訪れ、断られるごとに上の階へ進んで最上階にあるハッピーローン。護衛が入るのを断られたために氏間は一人で、明らかにカタギではない空気を漂わせている男へこれが最後と畳みかけていく。


「これが生命保険の証書。これが俺の自宅の土地の権利書のコピー。これだけあればもう少し借りられるか?」

「ふーん……おい」

「ヘイ」

「確認しろ」


 すぐそばに立っていた男が紙を受け取ると隣の部屋へ消えていった。


「急いでくれ」

「まあ落ち着けって」

「……」


 この男の機嫌を損ねるのもマズいが、護衛がそばにいない状態というのに不安を感じて、氏間は思わず貧乏揺すりを始めながら、弁護士に成り立ての頃、先輩から聞いた話を思い出していた。


「この手のビル、上の方に行けば行く程、金利がヤバくなるが、貸し出す基準が緩くなるんだぜ」

「そうなんですか?」

「ああ。上に行けば行く程、天国に近づく、ってな」


 テーブルの上にある紙をチラッと見ると、グレーゾーンなど通り越した金利が書かれている契約書がある。当然だが、あんな金利は違法。氏間に言わせれば、こんな金利通りに支払う必要はない。つまり、諸々片付いたら然るべきところへ連携して摘発でもすればいいと考えている。とにかく金さえ借りればなんとかなる。


「先生、もう少し落ち着きましょうよ」

「う、うるさい!落ち着いてなどいられるか!」

「まあまあ。オイ、お茶くらい出せ!」

「あ、はい。すみません」


 ゴツい男が慌ててさっきの男が消えたのとは反対側のドアに消えていき、ガチャガチャと音をさせながら湯飲みを持って戻ってきた。


「すみませんねえ、気が利かなくて」


 ハハハと笑う男にイライラし、胃に穴が開きそうだと思い始めた頃に、確認(・・)に行っていた男が戻ってきて紙を手渡した。


「ふーん……先生、結構ヤバい状況みたいですねえ」

「ヤバ……くないぞ!俺は何もやましいことはしていない!」

「まあまあ、そうカッカしないで」

「……」


 カカッと笑いながら電卓をパチパチと叩いて見せてきた。


「ウチで出せるの、これが限界ですわ」


 そこにはギリギリ四桁万円に届かない数字が表示されていた。




「あとひと月もつかどうか、かな?」


 落胆しながらも、金を受け取りビルをあとにする氏間を見ながら、率直な感想を呟く。あれから二週間。護衛に支払える金が尽きた氏間がいよいよ消費者金融――それも真っ当で無い方――に手を出した。あの金が尽きたら護衛はいなくなる。氏間がもう少し護衛とフレンドリーに接していたら金額交渉ができていたかも知れないが、アイツ、弁護士という肩書きにあぐらをかいているというか、態度が高圧的なんだよな。そのせいで、護衛が実にビジネスライクなまま。氏間の奴、護衛の名前すら覚えていないんじゃないかな?


「ま、どうでもいいか」


 実のところ、氏間に関しては監視しているだけで何もしていない。寝ている間に悪夢を見せるのもやってない。が、そろそろやって仕上げと行こうか。


「では、我々はこれで」

「その……なんとかなりません……か?」

「申し訳ないが、契約とはそういうものです」

「……わかりました」


 警備のしやすさを重視していた建物から自宅に戻り、これまで護衛してきた者たちと別れの挨拶……という程殊勝な者は無かった。氏間がビジネスライク、いやそれ以下の接し方をしてきたせいもあって、護衛する側も氏間に対してあまりいい印象を抱いていない。


「こんなヤツだから、きっと弁護もいい加減なのだろう」

「だから恨みを買ったのだ」


 護衛のリーダーを務める者以外、ほとんど口を聞いたことも無く、せいぜい「こっちです」「次はどちらへ?」という事務的なもの。もちろん護衛としては正しいが、「ああ」とか「帰る」くらいしか氏間が返していないのだから、文字通り金の切れ目が縁の切れ目と鳴るのも無理はない。

 そして氏間の場合、金の切れ目が命の終わりに繋がるのだが、そんなことは護衛たちにとってはどうでもいいことだ。


「さて、引き上げるぞ」

「うす」

「ああ、やっと終わったな」


 引き上げていく車内では「終わった」以上の感想はでなかった。「生成した」くらい出るかと思われたが、護衛のコースとしてはほぼ最上級だった上に、結局狙われたりもしなかったせいで、実に楽な仕事だったから、氏間にまだ金があったらもう少し続けたっていいと思っている者さえいる。


「次の仕事は?」

「今のところ無し」

「お?じゃあ、少し長期休暇が取れそうっすか?」

「まあな」

「どっか行くかな……」


 この後、彼らが氏間のことを思い出す事はなかった。前の依頼人のことをいちいち覚えていたら仕事にならないからである。

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