(3)
「ふざけた話だな。帰らせてもらう」
「いいぜ」
「え?」
「俺としては善意でお前を護ってやろうかという提案をしただけ。お前が断るなら、それまでのこと。お前がどうなろうと俺の知った事ではないからな」
意外にも氏間の返答に頷く男。もっとこう「は?俺の言ってる事がわからないのか?!」とか言い出すかと思っていたから拍子抜けだな。
アイツはいったい何が目的なんだと首をひねってる間に、氏間はじりじりと後ろに下がっていく。周りについてる護衛たちも同様。それを見て男が吐き捨てるように言った。
「そんなに警戒するな。俺からの提案を断られたからって、お前らに何かするつもりはない」
そう言ってその言葉に嘘がない事を示すつもりなのか、クルリと踵を返し、公園を出て行く。
「ふう……」
氏間がホッと息をするのと対照的に護衛たちは警戒を解かない。そりゃそうだろ。背中を向けているのに、全く隙のない歩き方。いつ振り返って攻撃に転じてもおかしくないという見方は俺も護衛たちも同じらしい。
そして、男が完全に姿を消したところでようやく護衛たちが少しだけ警戒を解く。まあ、俺がここに隠れているのに気付いていない時点で彼らは護衛失格なんだけどな。と言っても、俺相手に人間が何か出来るわけもないから、彼らを悪く言うのはやめておこう。少なくとも人間の範疇では彼らは相当な腕利きのはずだからな。
言っておくが、人間の範疇に俺の両親とかは含まれてないからな?
俺の両親の事はさておいて、悩ましい事態になった。
氏間に関してはこのまましばらく放っておいてもいい。
護衛がついていれば、滅多な事は起こらないだろうし、生きてくためには働かなければならないから、コイツが行方をくらますとしたら金が尽きて護衛が雇えなくなったときだろう。そして、あとしばらくは貯金があるようなので、このままでいい。
問題はあの男だ。
なんとなく、イヤ間違いなく、あの男が俺をこんな状況に追い込んだ張本人か、関係者だと思う。
すり替わっていた裁判官本人で、この俺が襲ったとしても対応できる自信があるような発言から考えて、無関係というのは無理がある。
この先、俺を痴漢に仕立て上げた木瀬も当然ダンジョンへ案内する予定だが、その時もあの男がまた現れる。そんな予感がする。
そして、そんな状況になると……面倒くさそうだよなあ。
なんとなく人間やめてる感があるんだよな、アイツ。となると、今までみたいにすんなりいかない可能性が高い。俺が後れを取るなんて事はないが、少々手荒な事になる可能性が高い。
そしてこの場合の手荒な事ってのは、一暴れして建物やらなんやらが倒壊して、ちょっとした騒ぎになるという事を意味する。今さら騒ぎになったところでどうと言う事は無いが、俺としてはできるだけ穏やかに、スマートに事を運びたい。
要するに、アイツが何者なのか、正体を探っておきたい。が、そのためにはアイツを追跡する必要がある。
追いかけるだけなら簡単だよ?このまま行けばいいんだからな。
問題は、今回悪夢を見せるために連れてきたナイトメアだ。
それなりにデカいので、今も近くに止めてあるワンボックスの後ろを占有している。
当然だが、そのままにしておいたらさすがに不審車両として通報されそう。で、中を見たらモンスターがいたなんてなったら大騒ぎだ。
もしそうならないとしても、モンスターがダンジョンの外にいると言うだけでダンジョンポイントがどんどん消費されていく。つまり、このまま追いかけるのはちょっとマズいのだ。
「頼んだぞ」
「はい、しかしこんなところまで……」
「仕方ない、ダンジョンポイントの出費は痛いが、背に腹は代えられん」
万一に備え、俺からの連絡を受けられるように携帯を持たせていたインキュバス――車の運転を仕込んだヤツだ――を呼び出してナイトメアの回収を任せると俺は男のあとを追って動き出す。インキュバスが夜空をバサバサ羽ばたいたり、車に乗り込んだりが目撃されるのはできれば避けたいところなんだが、仕方ない。ダンジョンにまつわる不思議現象として片付けてもらおう。
「えーと、いた」
俺は俺で、極力道路をえぐり取らないように細心の注意を払いながら男を追う。幸いなことにヤツが乗っているのは四桁万円の高級スポーツカーで、大変よく目立つ。見失う事がないのはいいが、アレでよく車検を通せているものだと感心する。おそらく車検を通すときだけ適合品に交換しているか、その辺をうまいこと誤魔化してくれるほぼ黒に近いグレーな業者が通しているかのどちらかだろうな。
「高速に乗るのかよ。どこまで行くんだ?」
高速に入るとヤツはさらに車を加速していく。アレでも一応、一般道ではおさえていたらしい。
「クソ、意外に速い」
百キロオーバーどころか、百五十、もしかしたら二百に達してるかもという速度で飛ばすのを高速道路脇を走りながら追う。さっさと警察はアイツをつかまえるべきだと思うんだが、こんな夜更けに仕事をするつもりはないらしく、あんな爆音を立てているのにサイレンの音すら聞こえない。
俺は俺で二本足で走っているわけだが、周囲に影響を与えないように注意しながらというのはなかなか骨の折れる速度。
「仕方ない、少々目立つが……」
自分にかけている幻覚魔法を強くして姿をぼやかし、空へ。極力光らないように気をつけているが、ぼんやり光る何かになってしまう。まあ、未確認な飛行物体として撮影されたとしてもただのぼんやりした光にしか見えないはずなので大丈夫だろう。
二百メートル程の高度を維持しながら車を追っていくと、十分もしないうちに県境を越えた。この調子だと……行き先はもしかして東京か?
東京に近づき車が増えてくるとヤツも減速していき、俺が走って追うことができる速度になってくる一方、俺が走れるところがなくなっていき、仕方なく防音壁とかガードレールの上を走るしかなくなる。これはこれで走りづらいが、姿を見えなくしている関係上、道路を走っていてほかのくるまにぶつかるのはマズいから仕方なく。
「えーと、ここ、どこだ?」
土地勘がないせいでただ単にビルが並んでいるだけにしか見えず、案内標識を見てもさっぱり見当がつかない。日本橋まで何キロと書かれていてもその日本橋がどの辺、という感覚がないからな。
「ん?インターを降りた……」
俺も慌てて下へ……これ、どこに降りればいいんだろうな。東京なめてたわ。夜でもこんなに車が走ってんのかよ。
そして、さすが巨大都市東京。ここまでは奴の車はよく目立っていたが、ここへ来て……目立たなくなった。結構な金持ちがいるのだろう。それもこんな夜中に高級車を走らせるのが趣味みたいな奴らが。
そう、見失った。
正確に言うと、この状況下で追い続けるのはちょっと無理。だが、一つだけ収穫があった。
「新宿駅か」
世界一の乗降客数を誇る巨大な駅がすぐそばにあった。高速を降りたと言うことは奴はこの周辺に住んでいるか、何らかの拠点があるか……
「まさか、ダンジョンじゃないよな?」
フラグになりそう、というかフラグになるならその方が楽かと呟き、その場をあとにした。何もわからない状況はほとんど変わっていないが、まずは氏間の始末に専念しよう。




