(2)
「ん?こんな夜中にどこへ?」
氏間に関してはそのまま放っておいても自滅しそうな雰囲気があったので様子見にしている一方で、ここらで悪夢でも追加しようかとナイトメアを連れて家の近くまで来てみたら、どうやら出かけるらしい。
護衛の連中が「夜間に出かけるなんて聞いてない」見たいな顔をしているが、氏間の方はなんとしても今からでかけなければならないらしい。
「主、どうする?」
「うーん」
ナイトメアは今この状態でも悪夢を見せることが出来ると言っている。この場合、幻覚を見るような感じになるそうだが、やめておこう。
一応言っておくと、氏間に悪夢を見せようとするのは今日が初めてだ。もっとも、ナイトメアによると「ここ最近ずっと悪夢を見ている」らしく、そこにナイトメアの能力を掛け合わせると、とんでもないことになるだろう、と。
よく知られていることだが、人は睡眠時、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返している。そしてレム睡眠の時に夢を見る。で、ナイトメアの能力は色々微調整ができて、元々夢を見ているときはそのままにして、ノンレム睡眠の時に悪夢を見せるということもできる。
それを今の氏間にやるとどうなるかというと、寝ている間中、ノンストップで悪夢を見ることになるだろうというのがナイトメアの見解。
ちなみにそんなことをしたらどうなるかというと、数日で発狂するか、寝不足により身体に不調を来して命を落とすだろうとのこと。発狂するのは別に構わないが、無関係な人を巻き込むのは俺の本意ではない。あと、寝不足で死ぬというのも俺の望むところではないから、ナイトメアの能力で悪夢を見させるというのはとりあえず中止。
今は氏間がどこに出かけるつもりなのか、あとを追うのが先決だ。
尾行していることに気付かれないように気をつけながら護衛の運転する車の後を追う。幻影で車の色や形を変えてやればまずバレることはないだろうから、結構大胆に近くを追跡していけるのは楽でいいな。
「っと、こんなところで止めた?」
ここが目的地なのか、車が止まり、護衛が降りてきたあとに氏間が降りてくる。
「ここ、どこだ……って、裁判所の裏手の公園か」
「主、ターゲットたち以外に誰かいる」
「ああ、いるな」
公園の中央に、何かの存在を感じる。俺にそんな気配を感じ取る能力なんてなかったはずだが……
「主、これは己の存在を他者に知らしめる、見せつけるような能力かもしれん」
「目立ちたがりってことか?」
「そんなことをしたくなる気持ちは私にはわからないが」
「俺もわからんよ」
目立たず静かに波風立てず、平和に暮らせればそれでいい。それが俺の信条なんだからな。そんなことを思いながら死角になるところに車を移動させて公園へ。
ナイトメアは連れて歩くには目立ちすぎるので来るまでお留守番だ。
「さて、氏間は誰に会いに来たのやら……いた」
ちょうど俺の位置からは氏間が会いに来た誰かさんの姿が見えないが、三人ついてきた護衛が警戒心マックスでスタン警棒を手にしているので、あそこにいるんだろうな。さて、何を話しているのやら。
「こんな夜更けに呼び出してすまないな」
「な、何の用だ?!」
「ああ、ええっとだな……お前を安全なところにかくまってやろうか、という提案だ」
「安全なところ?」
「そうだ。お前を狙っているのは竜骨ダンジョンのダンジョンマスターだというのは知っているな?」
「ダン……なんだって?」
「ダンジョンマスター。まあ、知らないのも無理はないが……簡単に言えばあのダンジョンの支配者だ」
「支配者?」
「そうだ。人間を遙かに凌駕する力を持ち、あのダンジョン内では何でも思いのまま。それがダンジョンマスターだと理解しておけば今はいい」
「人間を遙かに凌駕って……」
「銃弾も刃物も通じない。一流のダンジョン探索者ですら赤子の手をひねるように軽く倒せる。そういう存在を相手にしているということだ」
ちょっとだけ護衛たちが動揺している。自分たちでもどうにもならない相手なのか、と動揺したんだろうな。
「そんな奴からかくまう……いや、断る!」
「ほう?」
「そんな話、信じられるか!」
「信じる信じないは勝手だが、いくつかは知っているんだろう?警察が全く歯が立たなかった話を」
「た、確かにそうだが……」
今ひとつ踏み込みきれない、といったところか?
まあ、そうだろうな。俺がホテルから二人連れだしたのだって、警察が色々と規制をした結果、何も報道されていない。ホテルの従業員には守秘義務を徹底させているようなので、たまたま近くにいた誰かから、ちょろっと情報が漏れてはいるが、それを一つ一つ丁寧に潰して回っているようなので、半ば都市伝説みたいになりつつある。
そして都市伝説になってくると、ウソかホントか怪しいエピソードが勝手について広がっていくのが定番。どっかのネット掲示板には県警本部長が攫われていて、護衛についていた機動隊と周囲を押さえていた自衛隊が全滅した、なんてのがあったくらいだ。ちなみに、五年くらい前の話、という尾ヒレもついている時点で、情報の信憑性……多分、情報ソースは「俺の友人が聞いた話なんだけど」とレベルだろう……がどれだけ疑わしいかはわかるだろう。
さて、氏間がこの話を受ける受けないに関係なく、話してる相手には興味がある。ダンジョンマスターという単語が普通に出てきているからな。
そっと移動してのぞいてみた先にいたのは……棟田哲也だった。
「は?」
思わずデカい声が出かけて慌てて口を塞ぎつつ頭を引っ込める。
色々おかしい。
裁判官と弁護士がこんな夜更けに何やってんだ、というのがまず一つ。
そもそも裁判官も弁護士も、司法試験に合格しなければならない職業。同じ大学の同じ学科で学んだ同期同士と言うことがあっても不思議はないが、基本的には対立する立場だし、職責上の縛りもあるだろうから法廷で意見をぶつけ合う以外に話をすることなんてないだろう、多分。
俺の勝手な想像だけどな。
それがこんなところで会っているという時点で実に不思議なのだが、それ以上に不思議なのが氏間の態度。
あの裁判で顔を合わせているはずなのに、まるで初めて会ったかのような態度だ。
……待て。本当に初めて会ったと認識しているのかも知れん。そう、俺の裁判で顔を合わせたという記憶自体がないとか、覚えてすらいないという可能性がある。
裁判官と裁判員は俺の裁判の審理のために顔を突き合わせて話をしていたはずだから、はっきりとアイツを認識し、覚えているのは当たり前。
一方で、弁護士にしてみれば、ものすごく記憶に残る裁判でも無い限り、裁判官の顔と名前なんて判決が出て数日もすれば忘れてしまうもの……なのかも知れん。
氏間にとって、裁判している最中は俺の事件なんて十把一絡げで平凡な事件。記憶に残す必要すら感じない、どうでもいい裁判だったと、記憶するのを拒否していたとしてもおかしくはない。俺としては「ふざけんな」と殴りたい態度だが。
一方、相手の男、棟田は……いったい何者なんだ?
改めてこうして見ると、裁判官と言うよりはヤのつく自営業関連としか見えない風貌。纏う空気は護衛たちがピリピリしているところからもわかるとおり、「私は危険人物です」と公言しながら歩いているのかというくらいに怪しい。




