表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: ひじきとコロッケ
氏間正洋
84/105

(1)

「ぐ……は、はな……せっ」

「いいのか、離しても?」


 首根っこをつかまれたら本能的に「離せ」と言ってしまうが、言ってから氏間は大事なことに気付いた。このまま手を離されたら奈落の底へ真っ逆さまだ。


「お、俺が何をしたって」

「は?知らないとは言わさないぞ?と言うか、何もしなかった(・・・・・・・)んだよな?」

「お、俺はなにも悪くな「死ね」


 パッと手が離され、一瞬の浮遊感。そして


「わあああああああ!」


 自分の声で目覚め、ベッドから転げ落ちそうになったところでどうにか踏みとどまった。


「ハアッ、ハアッ……」


 寝間着代わりのTシャツの胸元を握りしめながらそばの時計を見ると四時を少し回ったところ。六時半に起きれば充分に間に合うので、まだ二時間以上は寝ていられるが、どうせ寝たところで悪夢で飛び起きるに決まっていると、氏間は諦めてベッドから這い出す。

 もうここ何ヶ月もこの調子で、寝不足。

 寝汗でびっしょりの服を着替え、熱いシャワーですっきりさせようと、ドアノブに手をかけた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 いつも通りの時間にドアを開けると既に護衛が三名、待機していた。

 このビルを出てすぐに停めてある車には既にもう一人が待機しているはずだ。


「ええっと、あ、そう。そうだよな」

「ん?ああ、シフトの関係で、この二名が入ります」

「大丈夫、大丈夫だ、うん」


 なんでもないと答えて歩き始めると、すぐに前後を護衛が固め、一人が無線で外に連絡、移動開始を告げている。

 エレベーターを降り、そのまま外に出ると見た目がゴツい車が待っていて、そばに待機していた護衛がドアを開ける。そのまま乗り込むと、念のためにと周囲が再点検された後、護衛四人が乗り込んで走り出す。


「ふう……はあ」


 ため息をついても彼らはなにも話しかけてこない。必要最低限のやりとり以外はしないというのが彼らのポリシーだから。

 やがて車は氏間の務める弁護士事務所に到着。そのまま執務室に入ると、護衛たちは二手に分かれる。二名は事務所周辺の警戒。二名はドアの外で警戒。建物の中央にあって窓のない部屋というのは護衛はしやすいということだが、それでも瀧川陽の復讐を代行しているとかいう者相手に通じるかどうか、不安がないといえば嘘になる。

 だが、今できるのはこれが精一杯だ。

 日本に生まれ育つと全く縁のない話だが、世界には民間軍事会社というものがある。どういう経路(ルート)なのか、どこからともなくきな臭い話を聞きつけてやってきて、その国なり民族なりに混じって武器を手にドンパチやって金をもらう。いわば傭兵だ。

 そんな傭兵の中には日本人もいる。そしてそんな日本人が、傭兵家業を辞め、日本に帰ってきて民間人の護衛を引き受ける。氏間の周囲にこの数ヶ月つかず離れずついて回っているのはそんな連中である。

 チームは八人。交替で護衛に就いており、基本的には四名が常について回る。氏間は八名全員の顔を見知っているが、ここ最近の精神状態は「昨日見なかった顔」を異常に警戒するようになってきており、今朝のようなやりとりが時折起こる。

 もっとも、護衛たちも「そういうことはよくあること」と認識しているので、特に何も言われないのは救いか。


「ええと、これと……これ、ああ、これもか」


 事務所の所長は氏間の現在の境遇について理解を示しており、護衛が事務所内にいることに異を唱えないおかげで、氏間は安心して仕事が出来るのだが、周りの同僚はたまったものではない。

 こんな状態のせいで、氏間はほとんど事務所から出られないため、弁護士としての仕事、つまり依頼人の元へ出かけたり、裁判所へ出向いたりといったことがほとんど出来なくなっているからだ。他の弁護士の仕事のために資料を整理したりという仕事は事務所にいるパラリーガルたちの仕事。仕事を取られていい気分の者はいない。オマケに武装したゴツい男たちがウロウロしていては不安にもなるというもの。

 もっとも、氏間に言わせると、


「俺は悪くない」


 なので、なにも言えないのだが。

 ちなみに護衛たちが武装していると言っても、ここは日本。銃や刃物の携行は認められていないため、護衛たちが装備しているのはどこで買ったのかと問いただしたい太い警棒や殺す気しか感じられないスタンガン。

 いくら合法と言え、これ見よがしに腰から下げていたら、不安になるのも仕方ないだろう。


「ええと、これと……これだな」


 資料室から目当てのファイルを引っ張り出して執務室に戻ると、書類作成にかかる。

 仕事に没頭している間は、イヤなことを忘れられる。そんな感じだ。




「うーん、中々、だな」


 氏間の務める弁護士事務所の向かい側のビルから様子を見ているが、すっかり別人だな。頬はこけて、目の下には特殊メイクと見紛(まが)う程の隈、髪もだいぶ薄くなってるようだし、中年太りしていた腹はスッキリとして……これはちょっと腹立つな……いるくせに顔色は死人のように灰色がかってる。どうやら俺の動きについて警察から知らされて以来、まともに眠れていないようだ。

 うんうん。充分な睡眠は健康のために必要だってのがよくわかるな。

 アイツの場合は睡眠だけじゃなくて食事もひどい状態だ。朝はほとんど何も食べず、昼と夜に栄養ゼリーみたいなのを口にしているが、三回に一回は吐いてるようで、栄養もろくに摂れていないようだ。全く、こんなに追い詰められるくらいなら素直に俺の弁護に全力を注げば良かったのに。

 まあ、俺の裁判の場合、なんだかおかしな力が働いていたとしか思えないようなことが起きているので、アイツがまともに弁護しなかったのはその一環なのかもしれんが、それはそれ。だってそうだろ?本来やるべきことを怠慢でやらなかった結果招いた事態に対しても責任を取るべき、というのは色々な法律だとか、判例だとかが物語っている。つまり、アイツは裁判が終わったあとに、控訴しませんという手続きを嬉々としてやりやがったんだからな。弁護士が被告の利益を考えなくなったら、裁判が成り立たないだろ?




「ふう」


 どうにか今日の仕事を終え、護衛に囲まれながらビルに戻る。

 このビル自体、護衛を手配している会社の持ちビルで、護衛しやすくするための諸々があると言うが、よくわからん。とりあえず、ベッドに倒れ込むと仰向けになりながら上着を脱ぎ、もう一度大きくため息をつく。

 護衛を雇うのはなかなか金がかかる。弁護士という仕事柄、かなり稼いでいたはずだが、そろそろ尽きる。そうなると、すぐに襲われるだろう。


「借金でもするか?だが……」


 弁護士という肩書きは金を借りるときにも有利に働くだろう。が、それでも二ヶ月もつかどうか。そのあとはどうするか?

 一応、警察から護衛をという話があったのだが、断った。

 そもそも警察官が次々行方不明――おそらく殺されているのだろうが――になっている時点で、警察による護衛は当てにならない。そして今さら警察に頼むというのも。


「今さら過ぎるな……クソッ、どうすれば!」


 そんなとき、氏間のスマホに知らない番号から着信があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ