(6)
「へ?」
床に描かれた魔法陣をみた徳田が間抜けな声を出すが、お構いなしに担いだまま乗ると、すぐに視界が切り替わった。
「ホイッと」
「うわっぷ」
目的地に到着したので放り出して拘束も解く。
「さて、状況を説明しよう。ここはお前がわざわざ日本を脱出した先の街にあるダンジョンの十層。俺は滝川陽の復讐に協力している善良なダンジョンマスター」
「善良?」
「ああ。ダンジョン運営において、俺程探索者のことを考えているダンジョンマスターはいないと断言できる程、難易度の調整や罠、宝箱の配置に気を遣っているものはいないだろうね」
「それで、そのダンジョンマスター?が私に何の用?」
「だいたい察しはついているだろう?滝川陽という名前に聞き覚えがないとは言わせない」
「そう……って、違う!」
「ん?」
「守秘義務よ」
「守秘義務?」
「そう!裁判員として参加した裁判について秘密を守る義務があるのよ!」
「ここ、日本じゃないし」
「日本じゃなくても!」
「チッ……ま、いい」
「え?」
「別にお前が守秘義務だって言ってだんまりを決め込もうが、ペラペラ喋ろうが俺には関係ない。お前が徳田由衣である時点で、滝川陽が復讐する相手だってことは揺るがないからな」
「……違う」
「何が?」
「私、徳田由衣じゃないし」
「ほう……あのとき、裁判員の席に座っていたのはお前によく似た他人か」
「えーと……え?裁判……座ってたって……見てたってこと?」
「さあな。で、お前は徳田由衣だろ?」
「違うわ。えっと……双子の姉よ」
「お前、確か兄と二人兄妹だったよな」
そのくらいは調べてある。
「生き別れの姉妹よ」
「無理があるな。俺が復讐を始めて、それなりに被害が認知されてきた頃に慌てて海外への転勤を希望するとか、偶然だと言うには無理がある」
「……」
「だが、まあ……何だ、俺も鬼じゃない」
「悪魔ね」
「悪魔でもねーよ」
むしろ神だよ。
「一つ教えて欲しいことがある」
「……お断り」
「まあ聞け。俺の質問に嘘偽りなく答えたら」
「答えたら?」
「これ以上お前に何かしたりはしない」
「へ?」
「正直に答えたら、何もしない。神に誓って」
神って俺だけど。
「わかった。何よ?」
「棟田哲也という裁判官、知ってるか?」
「棟田……ああ、あの」
「ん?」
「裁判官とはとても思えないような、強面のゴツい男でしょ?」
「そう、それ。そいつについて聞きたい。その、何て言うんだ?有罪無罪を決めたりする……」
「えっと、評議?」
「そう、それ。その評議で、そいつ、何か言ってなかったか?」
「うーん……そう言えば」
「ん?」
「「滝川陽は有罪だ」って最初に言ったのは棟田だったかな」
「ほう?」
「その……私も裁判員なんて初めてだったからそれが普通なのかどうかわからないけど、裁判長の……何て言ったっけ……えっと」
「白波?」
「そう、その裁判長が「では評議を始めましょう」って言った直後にいきなりそう言ったのよ。普通なら検察と被告、弁護士のそれぞれの主張を整理して、それぞれに意見を出し合うって聞いてたんだけど、いきなりそんなことを言われて」
「ふむ」
徳田が言うにはその後、棟田は「瀧川は有罪」という主張を一切変えなかった。しかも、「○○が××で」「△△は□□だ」と他の裁判官、裁判員の出す意見に対し、一顧だにせず、一貫して有罪を主張。
「今にして思えば」
「え?」
「その……ここに連れてこられるまでは全くそんなこと思わなかったんだけど、かなり無理のある主張だったかな、って」
「つまり、その時は、というか今までの間「おかしい」とは思わなかったと」
「うん。今さらながら「ここはおかしかった」とか「ここをもっとしっかり確認するべきだったかな」って感じ」
「なるほどね」
ますます棟田が何者なのか、気になるな。
「一応確認だが、これを見てくれ」
「誰これ?」
「これ、棟田じゃないよな?」
「え?全然違うし」
「だよな。わかった、ありがとう」
「えっと、どういたしまして?」
「じゃ、そういうことで」
「え?ええ」
トンッと地面を蹴り、瞬時に徳田から距離を取る。あまり明るくないダンジョン十層、百メートルも離れたら互いの姿は見えなくなる。
「お、いた」
「おう。って、本当に置いてくるだけなんだな」
「言ったろ?あとは好きにしろ……と言いたいが、あえて何か特別な対応はしなくていいぞ。見ての通りのド素人だからな」
「ああ。とりあえず少しの間モンスターを離しているが、その内……な」
「さて、そろそろ外に出たいんだが」
「ああ、こっちだ」
ダンジョンを出て、「じゃ、次は親睦会で」「うーん、わかった」というやりとりの後、空へ。地上に衝撃波が伝わらないように旅客機が飛ぶよりも高く上がり、全力で飛ばす。半日くらいで帰れるかなという速度で。
そして飛びながらさっきのやりとりを思い返す。
棟田が最初に俺が有罪だと主張した。そして一応提出されていた弁護側の諸々を全て「見苦しい悪あがき」と一蹴。今まで裁判官、裁判員はそのままダンジョンに放り込んでいたから詳しい話を聞いていなかったが、改めて聞いてみると不自然さが際立つな。今までの奴らからも聞いておけば、違う対応もしたかも知れないな。もう少し浅い層にするとか。
一方で、俺が見せた棟田哲也の写真を見て、徳田は「違う」と即答した。
つまり、明らかにアレは棟田哲也では無い誰かがなりすましていたと言うこと。そして、なりすましていたことがまかり通っているという時点で、色々おかしい。普通に考えて同じ裁判所に勤めている裁判官が気付かないというのが一番不自然だ。
「うーん、考えても始まらんな」
とりあえず、棟田のことは一旦棚上げして、弁護士の氏間と、俺を痴漢に仕立て上げた木瀬、この二人の始末にかかるとしよう。




