(5)
いや、警察官の真っ当な仕事しろよ。今まさに三ブロックくらい先で強盗事件っぽいのが発生してるぞ。すぐに駆けつけて腰に下げた銃で対応しろよ。お前の銃よりアイツらの銃の方がデカいからちょっと大変かもしれんが。
「感謝、ねえ……」
「そう。わかる?こういう四角くて」
「四角?」
「折りたためる」
折りたたみ携帯かな?
「……あのさ」
「お、おう」
「直接、具体的に言わないとわからないのかな?」
「何を?」
「有り金全部出せって言ってんだよ!俺がお前を守ってやってるんだからその分の金を出せって!わかんねえのか?あ?」
銃突きつけてきたよ。何か、奇妙な冒険漫画に出てきそうな豹変っぷりだな。
「要らん」
「あ?」
「守られるつもりはないしな」
そう言って突きつけてきていた銃の先をぐいとつまんで潰した。
「え?」
「こんなモンで俺をどうにか出来ると思ってたら大間違いだ」
「え?あ?は?え?え?」
「それよりほら、あっちで強盗事件発生中だぞ。さっさと行け」
そんなやりとりをしている横をゴツい車たちが走っていった。マズい、そろそろ徳田の会社が定時だ。基本、ここにいる連中は残業ってのをしない。残業するってことは帰る時間がズレるって事で、迎えに来てもらうのが二度手間になるってこと。何でも、定時の送り迎えは会社の経費で賄ってるらしいが、それ以外の早出、残業の送り迎えにかかる費用は自腹――数万らしい――なんだってさ。世知辛いというか何というか。
オロオロしている警官をその場に残し、すぐに徳田の会社へ向かう。全く、余計な時間を食ったなと、後でもう少し追加の嫌がらせでもしようかと思いつつ、会社の前で止まっている車を確認。そろそろ定時。五分程で社員がチラホラ出てき始め、十五分程で全員が三台の車に分乗するというのがいつもの流れのはず。
「うーっす」
なんかちょっとチャラい感じの男が出てきてヘラヘラ笑いながら車に乗り込んでいく。護衛たちの緊張感がグッと高まったのと対照的すぎて何だかなと思いながら、こちらはこちらで行動に移ろう。
このビル、見かけによらず結構セキュリティが厳しくて、俺でも中に入るのをためらうレベルだったからな。今みたいな、社員が出入りするタイミングでないと面倒なんだ。
まず一階。ガラス張りのエントランスホールはパッと見侵入し放題に見えるのだが、監視カメラが五台に、サーモグラフィも二台。さすがの俺も体温を気温――というか、エアコンの効いた室内――に合わせるのはそれなりに難しい。誤魔化す方法はいくつかあるのだが、カメラを突破できても今度は床がマズい。床になんと感圧センサーが仕込まれていて、誰かが歩き回るとそれを感知する仕組み。俺なら空中に浮けるから問題ないだろうって?微妙に光るんだよな……そして、その光が幻覚魔法で誤魔化すにも限度があるなというレベル。カメラ五台の前では誤魔化しきれそうにないんだよな。
もちろん、セキュリティに引っかかったところでどうと言うことはないが、俺としてはできるだけ穏便に色々済ませたいんだよね。
ということで、この社員が帰るためにエントランスホールを行き来するタイミングというのを狙ってやって来たというわけ。無人の時に比べ、警備員が立っているという安心感なのか、カメラやセンサーがあるのに結構ザルで、こうやって社員がゾロゾロしていると、ノーチェックに近い。そこをスイスイと姿を隠蔽しながらすり抜けて二階へ向かい、開けっぱなしのドアから中を見ると……徳田が一人残っていた。まあ、残業するわけではなく、帰り支度を始めているので、タイミングはちょうど良かったようだ。
「よし、帰ろう!」
「残念」
「え?おげっ!」
ドスッと鳩尾に一発。うずくまったところを水で拘束し、すぐ隣の会議室へ放り込む。ビル内に残っているのはこいつだけ。実に良いねと、窓の鍵をパチンと開けておく。跡から戻ってくるのに、窓を割ったりしたらマズいからな。
そしてすぐに徳田の姿を自分に被せると、バッグを肩にかけて階段を駆け下りる。
「すみません、ちょっと遅れました」
「大丈夫です。乗って、ベルトもきちんと締めて」
「はい」
小さい子が見たら絶対泣くこと間違い無しのゴツい外見に似合わず実に紳士的な護衛に会釈しながら車に乗り込み、ベルトを締めるとすぐに走り出した。
十分もすると車は外国人専用エリアに入り、所定の位置で止まると、全員がゾロゾロと降りていく。
「じゃ、お疲れ」
「お疲れ~」
「ああ、アレ、忘れるなよ」
「お、おう」
そんなやりとりをしながら解散していく横を護衛の運転する車が再び外へ出て行く。他にも何ヶ所か回るのだろう。ご苦労なことだな。
さて、俺はというと……このエリアのどこに徳田の家があるかなんて知らんので、そのまま門に向かう。
「ん?出掛けるのか?」
「ちょっとそこまで」
「大丈夫か?」
「すぐそこだから」
そう言って、道路の向かい側の建物を指すと、門を護っている警備員は「それでも気をつけて下さいね」と渋々通してくれた。まあ、コレで何かあっても彼らには責任はないのだが、それでも思うところはあるんだろうな。軽く手を振りながら道路を渡り、向かい側にある建物、なんか日用品を扱っている店に入ると同時に幻覚魔法を解除。目についた物を二、三個手に取り、店主に見せて金を払う。もちろん徳田の財布から。
そして何食わぬ顔で外に出る。警備員がこちらを見ているが、全く違う姿になっている時点で徳田という認識はしておらず、視線を一度こちらにやっただけだった。
さて、急がないとな。
水の魔法で徳田を拘束しているが、ちょっと離れているので、もしかしたら解けてしまっているかも知れない。
「お、いたいた」
「ぐ……っ」
開けておいた窓から入ってみると、幸い拘束は解けておらず、徳田は床でジタバタしていた。
「やあ、全く手間をかけさせてくれて、どうもありがとう」
「お前……はっ」
「誰でもいいだろう?さて、行くとしよう」
「どこ……へ……」
「ダンジョンさ」
「ダン……ジョン?」
「さて、到着だ……お、いたいた」
ダンジョンに入る前に既にダンジョンマスターが待ち構えていて、その姿を見た徳田が「ひっ」と息をのむ。
「何だ、ダンジョンに放り込むと言うからもうちょい使える奴かと思ったら、そんな素人か」
「最初からズブの素人だと言っておいたはずだが」
「いや、まさか本当に素人を連れてくるなんて思わなくてな」
「嘘や見栄張る意味はないだろ?」
「それもそうか。復讐だもんな」
「ちょ、ちょっと待って」
俺たちのやりとりに徳田が口を挟む。
「あ?」
「ダンジョンに放り込むってどういう」
「お前に拒否権はないが言っておこう。そのままの意味だ」
「そのままって、ダンジョンに放り込むって……」
「そう言ったが?」
「ちょ!待って!待ってよ!」
「待たない」
ジタバタ暴れ始めたので少し拘束を強める。暴れて落ちて怪我なんかしたらつまらないからな。痛い思いをするならダンジョンの中限定で頼みたい。
「こっちだ」
「おう」
ダンジョンの入り口とは違う方向へ進むと、こぎれいで小さな建物があり、ダンジョンマスターがその中へ入ると、徳田があからさまにホッとした様子を見せた。確かに、ダンジョンの入り口っぽくないからな。
「ここだ」
「どこへ繋がってる?」
「ご希望通り十層」
「ありがと」