(4)
「ほ、本当にアレで手加減なのか」
「信じないなら全力でやってみるが……お前に向けて」
「やめてくれ、じゃないやめてくださいお願いします」
トントンと肩を叩いたらすぐに復活したんだけど、改めてきれいさっぱり消し飛んだ闘技場の一角を見て、すぐに正座&「生意気言ってすみませんでした!」と土下座。
いや、土下座はいいから。
「謝らなくていいから顔上げてくれ」
「こ、殺さないか?」
「なんで殺す流れになってんだよ」
俺、そんなに殺気立ってた?
「しかし、とんでもない力だな。どっかのダンジョンのボスがマスターになったとしか思えん強さだ」
「一応、元々は人間なんだがな」
「そんな馬鹿な」
「とりあえず俺がこのダンジョンのコアをどうにか使用という意思がないことはわかってもらえたか?」
「そりゃもう。だが、そうだとしたら、ここには何の用で来たんだ?」
「実はな……」
俺がダンジョンマスターになった経緯、復讐について簡単に話す。とは言え、痴漢冤罪のところは適当にごまかして、「あらぬ罪をなすりつけられた」で押し通しす。そんなふうに話をしていると、こいつが泣き出した。
「お、おい……」
「だってよぉ、ひでえ話じゃねえか。罪をなすりつけてダンジョンに放り込んで殺そうとしたなんて。そいつらに人の情ってのはないのか?」
うーん、いろいろ端折りすぎたせいか、おかしな具合に解釈されているな。特に何の罪で、というあたりが。こいつの頭の中では麻薬取引アンド強盗殺人くらいになってる可能性があるな。こういう国にいるくらいだから。まあ、この程度の勘違いなら問題ないか。
「と言うわけで、俺をこんな罠にはめた奴に復讐して回っているわけだが、「俺が復讐してる」ということが知られていてな。一人がこの国まで逃げてきてるんだ」
「なるほど。そいつをぶっ殺せばいいんですね!」
「落ち着け。俺の復讐はぶっ殺すことではないんだ。ぶっちゃけ、俺の力があれば、ぶっ殺すなんて赤子の手をひねるより簡単だ」
「え?じゃあ、どういう……」
「同じ目に遭わせる。それが復讐だ」
「同じ目って、つまりダンジョンに放り込むってことですかい?」
「そうだ。それも程々に深い層、できればダンジョンの最下層に近いあたりへ」
「で、手近にあったのが俺のダンジョンってことで、どんな具合か見に来たって訳ですね」
「そういうことだ」
「任せてください!」
「え?」
「そいつにはこの世の地獄って奴を見せてやります!。早速改装を「待て」
「え?」
「あー、一応言っておくと、そいつは探索者でも何でも無い。ダンジョンに入った経験なんて無い、ただの素人。ぶっちゃけ、ここの十層くらいでも十分すぎるほどに弱いぞ」
「それじゃあ……?」
「ここから先はお前次第なんだが、そんなに弱い奴がダンジョンの深い層に入ったら、ダンジョンポイントが大量に貯まると思わないか?」
徳田の勤める会社の支店――と言うか営業所――のある国は、非常に治安が悪い。
他国によって歪に引かれた国境線のせいで、複数の民族が混在して暮らしており、それぞれの文化、習慣の違いによる衝突――要するに内戦――が五年と絶えたことのない、政情不安を詰め合わせたような国だ。
一方、気候が厳しいせいもあって食糧自給率は低く、外国からの輸入に頼らざるを得ないのだが、幸いなことに地下資源に恵まれており、採掘した鉱石を精錬加工して輸出して外貨を稼ぎ、どうにか国民を食わせている、そんな国だ。
徳田の会社はそんな取り引きをしている会社の一つで、将来的――二十年から三十年先らしい――には、営業所のスタッフをここの国民メインに入れ替えていくつもりらしいが、何せ教育水準も低いのでそういうこともままならず、日本人が常駐していないとまともに業務が回らない。他の国の企業も大体似たような状況だと言うことと、ここ二、三年ほどでまた新しい内線の火種がばらまかれているらしく……というのはどうでもいいか。
とにかくそんな感じの国なんだが、日本人を含めた外国人に対する悪感情というのがまたなんともやっかいな課題。
そもそも、彼らが日々飲み食いしてる物を輸入するための外貨は海外企業によってもたらされているのだが、そのあたりをきちんと理解している国民が少ないんだよな。
企業は鉱山を運営している採掘会社と実に適正な価格で取り引きし、採掘会社は労働者たちに給料――その水準は世界基準で見ても決して劣ることがない、むしろこの国では高給取りに分類される程――を支払っている。そして労働者はその金で生活できているのだが、その流れがイマイチ理解できていないらしい。
どこからこういう情報をつかんでいるのか、海外の企業が買い取った鉱石は元の値よりも上乗せされた値で他の企業に売られていくということはよく知っているらしい。輸送費とかかかるのだから、俺にしてみればごく普通のことだと思うのだが、彼らにしてみれば暴利をむさぼる行為という解釈、らしい。
さらに言うなら、外国に鉱石を売り払った際に採掘会社が受け取った額よりも労働者に支払われる給料の方が安いのも不満だとか。いや、それも普通のことだろうと思うんだが、悲しいかな、日本の小学校レベルの教育すら受けていない彼らの目には搾取としか映らないらしい。
金は天下の回り物って考えは日本だけのもんなのかね?あと、採掘会社だって人以外にも機械を色々動かしてるわけだから、そういうのにコストがかかるっての、普通なら理解できそうなんだが。
そんなわけで、この国では外国に対して、あまり良い感情を持っていない国民が多く、外国人と言うだけで敵視され、少しでも油断すると襲われる。
どのくらい襲われるかというと、わかりやすいのがマーケットだ。肉、魚、野菜などが並んでいる横に、普通に銃が売られている。下手すりゃ大きな川魚一匹よりも銃の方が安いくらいの価格で。んで、そういうのを持って襲い、金品を奪う。時には命も。
そんなわけで、この街にはそういう外国人が住む専用のエリアが作られている。高い塀と、重武装した警備員――マーケットで売られている銃が豆鉄砲に見えるようなゴツい銃が標準装備だ――が四六時中目を光らせていて、そこから出るときには装甲車かよと言いたくなるような車で移動するという、ちょっとだけヒャッハー世紀末な世界がここにある。
で、そんなところを俺が歩いていると、そこかしこから獲物を狙うような視線が突き刺さる。俺としてはここの国民に特別何か思うところはないから、穏便に済ませるために時々立ち止まり転がっている小石を拾い、それを握りつぶすというパフォーマンスを繰り返している。
野球のボールくらいの石がバキッと砕けるのを見るとさすがにかなわないとみて去って行くんだが、それもつかの間。数ブロック歩けば他の奴が睨んでくるので仕方なくまた小石を砕く。それの繰り返し。
では警察は何をしているのか。
「で?」
「で、って言われてもなあ……」
「この街の平和と安全、つまり外国から来た貴様のような奴の安全は俺たちが守っているわけだが、その俺たちに対して、何かこう……そう、感謝!感謝のようなものはないわけ?」
現在進行形で俺に絡んでるわけだ。流暢な英語を話している時点でこの国では結構な上流階級の出身で、かなりの高給取りのはず。それが、こうして外国人と見ると袖の下を要求してくるのが仕事、らしい。