(5)
ダンジョンコアのおぼろげな明かりの下、現状を整理する。
ここにあった神社の辰神さんが、俺の幼い頃の行いに恩を感じ、俺を助けてくれた。それこそ自分自身の力を全て失い、消えてしまうことを承知で。その結果俺は助かり、見た目がかなり変わったが生きている。
そして、ダンジョンコアに触れたことにより、ダンジョンマスターになった。これからどう生きていくかは自由。辰神さんは何も制限しないと。
「んー」
ふと天井を見上げ、軽くトンッとジャンプすると、すぐに天井が迫る。さすがに激突する気は無いので、手をついて勢いを殺し、ストンと地面に降りる。
天井までの高さ、五メートルくらいありそうなんだけどな。
多分これはダンジョンマスターの能力ではなく、龍の力が注ぎ込まれた結果だろう。
消滅寸前だったようなことを言っていたが、そこは神。人間とは次元が違うと言うことか。
さて、次は……
「これは一体……」
ダンジョンコアの上に薄い板が浮かんでいる。
「ダンジョンレベル10……ダンジョン経験値?ダンジョンポイント?モンスター総数……」
ダンジョンの情報が表示されているのか。
「ダンジョンマスター 瀧川陽(龍神)」
カッコ内は普通なら「人間」とか表示されるのだろう。つまり、「人間やめた」って事だな。
板には「ダンジョン内監視」「ダンジョン構成変更」「モンスター召喚・配置」「アイテム召喚・配置」といったボタン(?)が並んでいる。つまり、これを操作することで、ダンジョンのアレやコレができるんだな。
「棚ぼたと言えば棚ぼただが、どうせ捨てた人生。思い切り人外の方向へハンドル切ってやりたいようにやるのも有りだな」
ダンジョンマスターとして何が出来るか、色々確認は必要だが、普通の人間には出来ないことも出来るだろう。
自由気ままに生きるという選択もあるが、その前にやることがある。
「復讐だ」
幸いなことに、俺をはめやがったあの女子高生や乗客たちの名前はわかっている。引きずられていった駅事務所で「俺は○○だ!」とか言っていたからな。記憶力とかそういう特技ではないが、誤認逮捕無罪を勝ち取ったあとに名誉毀損で訴えてやろうと思って覚えておいたのだ。
行動範囲、生活リズムはあの電車で通勤通学と言うのがわかっていれば充分。顔も覚えているし、探すのは難しくないだろう。あとは尾行していけば学校、会社、自宅がわかる。
そこから先はノープランだが、ダンジョンの機能をうまく使えば、いけるんじゃないかと思う。それこそ龍神なんていう人間離れしたこの力なら、相手が抵抗しても意に介さず、力尽くでダンジョンまで連れてくることができるだろう。そのあと?ダンジョンに放り込んでおけば片付くだろうし、なんなら直接手を下してもいい。ダンジョン内は治外法権だからな。
だが、出来ればダンジョンに放り込んで放置だ。俺がされたのと同じ事をしてやるのが筋ってもんだろ?
「俺のことを気にかけてくれた辰神さんには申し訳ないが、この力、まずは復讐のために使わせてもらうぜ」
一応、謝罪の言葉を口にしてダンジョンコアの機能を確認していく。幸いなことに俺はもう仕事をする必要も無いし、ダンジョンを探索する必要も無い。時間はたっぷりあるのだから、じっくりと腰を据えて復讐してやろう。
まず俺が驚いたというか呆れたのはこのダンジョンの構造だ。
ダンジョン内監視を使えば、ダンジョン内の様子は手に取るようにわかる。勿論、このダンジョン探索のトップグループがどこにいるのかも。
そして、それが外れルートだと言うことも。
この竜骨ダンジョンはばらつきはあるものの、各層は三キロ四方ほどの広さがあると言われている。そのため、トップチームはそのくらいの範囲をだいたい調べ尽くしたのでそろそろ下の六層に行けると踏んでいるという。実際、あと少しで下に降りられる階段まで迫っているのだが……最終的にはこのルートは八層で行き止まりになる。
ここ、十層に至る正解のルートは一層のとある箇所の壁を崩し、隠し通路に入らなければならない。
壁が崩せると言っても、特別脆いわけではない。ツルハシで叩けば穴が開けられるけど、手で触っただけでは見分けは付かないだろうという探しづらい壁。おまけに壊した壁はある程度時間が経つと勝手に塞がる素敵仕様だ。
このダンジョン、そんな隠し通路がそこら中に有り、実際の各階層の広さは約十キロ四方。単純な面積だけで言うと現在人間側が想定している約十倍。しかも正解ルートはことごとく隠されているし、隠し通路だから正解とは限らないという素敵な構造で、分岐のパターンを数えるのが面倒なレベル。一発で正解になる奴なんていないだろう。そして勿論各階層相応のモンスターが配置されているから簡単に進めないようになっているし、罠もあちこちに仕掛けられている。
多分、今のペースでやっていたら、この十層まで来るのに何十年、下手すりゃ百年単位だな。
俺のように亀裂を落ちて、と言うルートもあるのだが、俺は辰神さんに救われたから生きているのであって、落ちる高さは数百メートルだ。頑張って受け身を取っていただきたいところだが、普通に考えたら死ぬよな。ではロープなどを垂らして降下すればいいかというと、即座に空を飛ぶモンスターたちが襲いかかってくる。しかもこのモンスターは降下する人間を襲うのではなく、ロープを切りにやってくる。もちろんパラシュートも大好物だし、鎖やぶっとい鋼鉄のワイヤーなんか見た日には狂喜しながら切断にかかる性質……どういうチョイスだよ。
そして、水に運ばれていたので気づかなかったが、亀裂の底は鋭く尖った岩だらけ。残り数メートルだからと思い切って飛び降りたとしても無事では済まない。
そして勿論、この十層にもモンスターは配置されている。ぶっちゃけ名前だけではすごさがよくわからんレベルだが、見た目はどれもコレも凶悪で、通常攻撃で石化と毒、物理攻撃半減かつ炎無効の防御性能とか、ぶっ飛んだのが最低レベルみたい。上限?知らんがな。
辰神さんの残したノートには試行錯誤してここまで造ったようなことが書かれていた。適当にダンジョンを管理していたような雰囲気だったが、結構盤石な体制になっているじゃないか。
「ま、さらに色々手を加えるけどね」
手始めにダンジョンコアの位置を動かすことにしよう。
ダンジョンの構造を変えたり、モンスターを配置したりするにはダンジョンポイントというエネルギーが必要だ。
このエネルギーは探索者たちがダンジョン内に滞在することで貯まっていく。それも、強い者が深い層にいればいるほどたくさん貯まる。
だが、取得するときに「(ダンジョンの階層数-ダンジョンコアのある階層+1)÷ダンジョンの階層数」という係数がかけられてしまう。この計算式に当てはめると、今の最下層にある状態では自動的に一割に減らされてしまう。
これは勿体ない。是非ともダンジョンコアを一層に配置してダンジョンポイントをたくさん貯められるようにしたい。
今のダンジョンポイントは十万ほど。
自動的にモンスターを生み出す仕組みが稼働しているので、増えたり減ったりを繰り返している。多分長い目で見れば増えているんだろうけど、ダンジョンポイントで出来ることを確認してみたら、十万ポイントではたいしたことは出来ない。
復讐のためにもダンジョンコアの位置を変えてたくさんポイントを稼ごう。