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さて、改めて俺の復讐相手の残りを確認しよう。
まず絶対外せない筆頭が木瀬美晴。そもそもコイツが全ての元凶だが、あえて最後まで残していく。おそらく、他の関係者が次々行方不明になっている――というか始末されている――という情報は伝わっているだろうから、日々、周囲に怯えながら暮らしているのではないか、と思う。
一応、週一くらいで学校と自宅をチェックしているが、引っ越しや転校は考えていないらしい。まあ、偏差値高めの高校らしいので、気軽に転校することも出来ないのかもな。
同等レベルの高校は全国にあるけど、編入とか面倒臭そうだし。
続いて弁護士の氏間。コイツはわかりやすいくらいに怯えていて、警察の護衛だけでは安心できないのか、警備会社(?)みたいのを通じてなのかよくわからないけど、強面の護衛を数名つけている。
ああいうのって、どこに頼むんだろうってくらいに、ゴツい連中でよく目立つ。んで、どうなってるかというと移動中の様子が「なんかすごいのいた」とかSNSにアップされていてちょっとバズってる。調べてみたら、護衛の連中は元探索者。それも結構深いところまで行ってたタイプ。元ってことは辞めたってことだけど、なんで辞めたのかは知らん。が、少なくともコイツらだけならダンジョンでもそれなりに生き延びそうだな。まあ、本人以外をダンジョンに放り込むつもりはないので、問題はない。
で、問題が棟田哲也と徳田由衣。それぞれ裁判官と裁判員。
棟田哲也の方は、さらに三回くらい本人訪問したのだが、どこからどう見ても裁判の時に見た人物とかけ離れているので困っている。メガネを変えましたとか実はヅラでしたという次元じゃなしに体格が違うんだよな。
俺が裁判の時に見たのは完璧に仕上がっちゃってるボディビルダーみたいな体格に、ちょっと日本人離れした感じのあるちょっと強面だったのに、今俺の目の前にいるのは、裁判官だと言われないとわからないくらい柔らかい印象のおっちゃん。
一応、本人に問いただしてから、かなあ。
んで、最後に裁判員の徳田由衣だが、こちらはもっと面倒。住所などの個人情報は抑えているが、本人が見当たらない。
復讐をはじめた直後くらいにそれぞれの自宅訪問したときにはいたのに、今はいない。
旅行に行ってるとか転勤、引っ越しとかそういうふうでもないし、復讐を恐れてどこかに隠れているという様子もない。
俺としてはとても悩ましい状況だな。
ということで、とりあえず裁判官棟田の執務室へやってきた。
本人確認のために。
と言っても、本人は今、何かの事件の裁判で出ていて、不在。
その間に、部屋の中を調査。アレが本人だったのか別人だったのか、その辺を確認しておこうというわけだ。
「パッと見た限り、紙で保管している中にはなさそうだな」
世の中ではペーパーレスとかデジタル化が推進されているが、この裁判官の場合、昔ながらの紙管理がメインらしく、色々進行中の事件(?)の資料が山積みになっている。
そして、過去の諸々も棚にしまわれている――資料の全部ではなく、棟田本人の色々考察資料らしい――ので、それを見ているのだが……俺の事件に関する資料がない。
俺が色々動いたことに合わせて、資料をどこかに持ち出しているのだろうか。
本人に問い質さないとわからないことは後回しにして、PCへ。
電源は入ったままだが、パスワードでロックされているのを……解除。すぐそばで見ていたからな。
で、PCの中身はと言うと……今取り扱っている裁判について個人的に色々と整理しているような資料があるくらい。内容も「動機は……その時間帯にどこにいたか……物的証拠は……」という箇条書きに○×がついている程度。
当たり前だが、本格的な資料はサーバに入れてあるんだろうな。さすがに本人不在の室内からサーバにアクセスしてログが残るのはちょっとマズいので見ないでおく。PC自身の操作履歴をたどられたらアウトだけど。
で、あと見ておくべきは……あった。所内で独自にグループウェアを利用していて、裁判官同士のメールとか打合せの予定とかが書き込まれているな。
俺の裁判の頃を見ると……ん?おかしい。
俺の裁判の日、コイツの予定表は空白。その前後に他の裁判の予定が入っているのに、俺の時間帯だけ何もなし。判決を言い渡された日ももちろん空白。さらに、裁判官が裁判員と共に色々審理して……と言う日程も見当たらない。そう、まるで俺の裁判をコイツが担当していないかのように。
もちろん、他にも空白の時間帯はある。裁判そのものとか打ち合わせが入っていないところが空白で、その時間帯は執務室にいて個人で色々と検討していたとか、資料室にいたとかそういうのだろう。さすがになにもしていません、というのは無いハズだ。
もちろん、俺が復讐をはじめたことで何か思うところがあって過去の予定を削除したという可能性はゼロではない。だが、そんなことをする理由は?
裁判全体、公判から判決言い渡しまで全て、名前から発言内容まで記録が取られているのに、予定だけ消すなんて意味があるのか?
わからん。
もしかしたら何か深い意味、理由があるのかも知れんが、俺にはサッパリ見当がつかない。
ということで、本人に聞くことにしよう。
予定ではあと十分もすれば戻ってくるだろうし。
「ん?君は一体……」
棟田が戻ってきて机についたところで姿を現すと、意外に冷静な反応だった。
「どうやら俺のことは知ってるようですね」
「一応な。だが、私は無関係だろう?
ふむ……無関係、ときたか。
「あと当然だが、既に警報ボタンを押してある」
「構いませんよ。少し質問したら帰るので」
「質問?残念ながら裁判、特に判決内容とか根拠に関する質問には答えられない」
「ああ、いいんですよ別に」
「いいのか?」
「聞きたいことは一つだけ。あなたは……滝川陽の事件の裁判を担当しましたか?」
「……またその質問か」
「また?」
「所内でも何度か聞かれたが、担当していない」
「裁判の記録にはあなたの名前があるようですが?」
「質問が二つになっているが、答えよう。その記録に疑問を持っているよ。実際、白波……は確認できなかったが、守道は私がこの裁判を担当していなかったと証言している」
「じゃあ、この裁判記録は嘘が書かれている?」
「質問三つ目だな。それについては私にはなんとも言えないとしか言えない。何しろ私が関わっていない事件だ。同じ裁判所だろうと言われれば確かにそうだが、余程何か……そう、全国ニュースで取り上げられるような大事件ならともかく、そう出ない事件までいちいち首を突っ込んでいられる程暇でも無いからね」
「わかりました。退散しますよ」
「ふう……そうしてくれると助かる」
「ホッとした……怪しいですね」
「君が何をどうしているのか、話は聞いている。それを踏まえれば、このまま帰ってくれるというのはこの上ない安心材料だよ」
「なるほど確かに。ではこれで……っと、警備の方は美味く誤魔化して下さいね」
「それが一番気が重いな」
とりあえず姿を消し、警備員が来てドアを開けた瞬間にスルリと外へ。俺がここに来た、という話はしているようだが、それはまあいいや。とにかく彼は俺の裁判を担当した裁判官ではなかった。つまり、あのとき裁判官席に座っていたのは別人で確定だ。