(2)
そこで、二人を竜骨ダンジョンから遠ざけつつ、基本的に外回り、つまり警らのパトカーに乗せることで、常時人目のある状況におけば安全だろうとなったのである。
もちろん、通常業務としてこのように通報があった先に出向くことはあるが、個人宅に向かうような通報は回さず、このような人目の多いところへ向かわせるのがメインである。
「お待たせしました」
「ああ、どうも。こちらです」
店長だという男性に促されて入った部屋には一人の性別不詳な人物がいた。
分厚いダウンジャケットのようなモノを着込んでモコモコになっている上に、そのモコモコに顔全体を埋めるような姿勢を取っていて体型がわからない上、店長が言うには妙に甲高い声で受け答えするので性別も年齢もよくわからないという。
「おい、顔を上げろ」
「……」
「はあ……店長、それで」
「ああ、そっちの台の上にあります」
「うわ……また結構な量を」
「ええ」
店長が示した台の上には各種調味料や食材が山盛り。しかも結構高い物が混じっている。これを全部、堂々と万引きしようと店を出たところで店長が捕まえて通報したというのがここまでのやりとり。
店長が言うには「今まで見かけたことがない」ということなので、初犯なのだろうか。それとも他の店で繰り返していて、そろそろ捕まりそうだからとこちらへ移ってきたのか。
いずれにせよ、被害額は軽く五桁に達しており、店としても正式に被害届を出すという。
「とりあえず立て。詳しい話は署で聞く」
「イヤッ!」
「っ!」
店長が甲高い声と不快そうに言ったのがうなずける、耳にキンキン響く声にうんざりしながら強引に腕をつかんで引き起こす。身長は百五十あるかどうか、つかんだ感じの腕も細く、僅かに見える目鼻から、六十~七十くらいの女性だろうと納見は見当をつけた。
「ええと……通報に従って、あなたを逮捕します。貴船、時刻は?」
「はい。十五時二十一分、逮捕です」
貴船が手許で書類に書き付けるのを確認し、納見がガチャンと手錠をはめる。
「イッ!イヤッ!ヤメ!イヤッ!」
必死に逃れようと抵抗するが、お構いなしにグイグイと引っ張っていく。
「店長さんもあとで署までお願いします」
「はい、わかりました」
連絡先などの印刷された紙にいくつか走り書きして店長に渡し、無駄な抵抗をする人物を引きずりながら部屋を出る。
「「は?」」
ドアを抜けると同時に周囲が一瞬まばゆく光り、なだらかな平原に出ていた。思わず振り返ったそこにドアはない。
「こ、これ……は?」
「え?あ、ちょっ!」
唐突に起きた色々な出来事でパニック気味の二人の耳に、「やりやがったコイツ」という声が聞こえた。
「ああ……ったく、こんなところにしたのかよ」
いきなり口調の変わった万引き犯に思わず振り返った二人が見たのは、姿を元に戻した陽だ。
「な……な……」
「お、おま……え……は……」
「お、知ってたか……って、アレか。あのときホテルで別の部屋にいたんだもんな。知ってて当然か」
「く……まだ懲りてなかったのか」
「は?懲りてなかった?」
「そうだ!もう充分だろ!復讐なん「黙れ」
「く……」
陽に威圧された二人が押し黙る。
「誤解のないように言っておくが、俺はお前たちに殺されたんだぞ。全員に復讐する以外、何があるんだ?」
「ふ、復讐なんてのは……何もっ……生まない」
「そうだな。その通り。復讐なんてしたって……死んだ俺が元の生活に戻ることは出来ない」
「そ、それは……」
「だ……だが……」
コイツらの認識は根本から間違ってるんだよな。そこを正してやらないと。
「お前らの言いたい事って要するによくある「そんなこと、死んだアイツは望んでいない」だろ?」
「……」
微妙に頷いてると言うことは「そうだ」という考えと同時にあることに気付いたってことだろうな。
「今回のケースに限って言えば死んだ俺が望んでるんだよ」
「く……」
「あともう一つ、根本的なところで間違えてるのを訂正しておこう」
「な、何を間違えてると言うんだ?」
その、「何一つ間違えていない」という認識が間違いなんだが、それを指摘すると堂々巡りなので今はやめておく。
「いいか、俺はお前たちを殺そうとしていないんだ」
「は?」
「まあ、確認のしようがないと思うが、一応言っておくと、今までの連中、俺は殺してないぞ?」
「「え?」」
やっぱり、コイツら俺のことを殺人鬼か何かと勘違いしてるよな。
「ちなみにお前らにも、これ以上何かをするつもりはないぞ」
「ほ、本当か?」
「その点については神に誓ってもいい。何なら誓約書も書こうか?」
あ、俺も神だった。ま、いいか。
「そ、それじゃあ……今までのは……」
「そうだな、ちゃんと説明しておこう。んで、戻ったときにそれを報告してくれるとありがたい。俺の汚名返上のためにも」
「わ、わかった」
「まかせておけ」
殺されるのではないとわかった途端にこれ。手のひらクルンクルンだ。
「まず、ここだが……竜骨ダンジョンは少し遠かったので、鬼火ダンジョン。その十層だ」
「お、鬼火ダンジョンの十層?!」
「おう」
「そ、そんな深い階層……なのか」
俺は嘘をついてないけど、確認する方法が無いんだよな。そうだ、少なくとも竜骨ダンジョンはあちこちに看板を設置しよう。「ここは○層です」って。んで、鬼火ダンジョンでも同じようにすれば、こういうときに役に立つと思わないか?
「で、だ。ここからが本題」
「あ、ああ」
「俺は……このまま帰る。お前らも自力で帰れ」
「え?」
「わかりやすく言うと、現地解散」
「は?」
「え?」
「ん?なんかおかしなこと言ったか?」
「いや、こんなところに残され「残すよ」
「な、なぜ……」
「昔々のハンムラビ法典って知ってるか?」
「えっと、目には目を……だったか」
「そう、それ。俺はダンジョンで見捨てられ深い層まで落ちた。その後救助は来なかった」
「マジか」
「ああ。だから、同じことを体験してもらおうと思って」
「ふ、ふざけ「ふざけてないぞ。むしろ優しいくらいだ」
「どこがだ!」
「だってなあ……俺はオークの群れに襲われたときに囮で残され、手足を切り落とされて亀裂に落下したんだぞ?それに比べればお前らは五体満足で、地面に足もついてる。それとも本当に同じ目に遭いたいのか?」
もしそうなら、改めて希望に添うようにするんだが……二人とも固まってるな。
自分がそんな目に遭わされたら、とか想像してんのかね?だったら最初っから冤罪に仕立て上げるなって話なんだが。
「んで、お前らの今の格好はその時の俺に近い状況の再現、な」
「そういうことか……」
現在の二人は肌着と靴下、靴のみ。こう言っちゃなんだが、見るに堪えない。なので、そろそろお暇しよう。
「じゃ、そういうことで」
……ここだと転移できないんだったと気付いて飛び去ることにした。気付くまでの数秒の間も二人とも復活しなかったのは不幸中の幸いだ。さらに追加でギャアギャア騒がれたらたまったものではないからな。
「……ちょっと待て!俺たちの装備はどこにあるんだ?!」
「そうだ!せめて拳銃を!」
うん、うるさいな。さっさとここから去ろう。
「ウラ、聞こえるか?こっちは片付いたから……おう、用意周到だな」
すぐそばに現れた転移魔法陣に乗ると、さっきまでいたスーパーの裏手に出た。
このスーパーはもちろん鬼火ダンジョンの範囲内で、店長っぽくしていたのはウラ本人。ちなみに店長はもちろん、他の店員全て普通の人間で、スーパー自体も普通に運営されている店舗。で、そこの店長と各部門の偉い人たちが会議――毎月やっている定例だそうな――をしているタイミングで、店長っぽく見せかけたウラが、俺が扮する万引き犯を捕らえて警察へ通報。二人が近くを警ら中というタイミングで会議をしてくれたのはとても運が良かった。本物の店長たちがサイレンに気付いてやって来たときには既に万引き犯(俺)を引っ張っていた部屋はもぬけの殻。二人が乗ってきていたパトカーはウラが回収し、近くの河川敷に放置。警察には極力迷惑をかけないという方針なので、ダンジョンへ転移させたときに各種装備品は残すようにしてパトカーの中へ。警察の損失は人材二名のみ。俺って優しいよな?
「よ、ウラ。ありがとな」
「よ、じゃねえよ。なんだよアレ」
「何って」
「なんでパンツ一丁のオッサンが二人駆け回ってるんだよ」
「一応、靴下もはいてるぞ」
「そういうことじゃなくて」
うーん、ネクタイも必要か?紳士的な意味で。
「まあ、アレだ。制服とかそういうのは警官の持ち物だからな。極力返した方がいいかなと思って」
「今さらだろう?」
確かに。だが、
「鬼火ダンジョンに警察の備品が盗られたとか、外聞悪くなるんじゃないかって心配してみたんだが」
「いや、ダンジョンに外聞も何もないんだが……というか、お前のとこの方がひどいだろ?」
「そうか?」
俺のとこ、主に探索者のいる五層くらいまでは若干レイアウト変更したけど、モンスターの配置なんかはほぼ変わってない。数の増減はしたけどな。
そして、それが……ちょっと稼げる方向になってるらしくて、俺に関係のない探索者にとっては収入アップに繋がったと、好評らしい。
あと、俺のようなクライムにとっても、ホンの少しだが稼ぎやすくなったとかなんとか。
俺としてはクライム連中が何をやらかしたのかとか興味ないけど、俺みたいな冤罪がいるとか、半ばただの事故、過失でぶち込まれてるとかいう運の悪い奴を多少なりとも救えたら、とは思ってるけどな。
ちなみに、ガチでヤバイ犯罪をした連中は本当にヤバイ難易度のダンジョンへ送られるらしいので、その辺は安心してくれ。