(4)
「よし次!」
三十センチほど横に動いて先ほどのようにハンマーを振り下ろす。おそらくこれを隠し通路がありそうなところに向けてやっていくのだろう。
そしてこの一帯への仕込みは済んでいるので、ここは離れても大丈夫。放っておいても始末は完了する。
ガコッと小気味よい音がした。
壁を調べ始めてわずか五分で当たりを引いたのは井上の運がいいのかそれとも何かあるのか。
そしてパラパラと崩れた向こう側には思った通り空間が広がっているようなので、通れる程度まで壁を崩していく。
「なあ」
「ん?」
「うまく行きすぎじゃね?」
「それな」
川田と西山はうまく行きすぎと考えているが、残りの者たちは「井上、持ってんな」「はっはっはっ」と盛り上がっている。実際、これまでも井上は持っていると言っていいような引きの強さがあるので、そういう流れもあるのだろうか。
だが、このダンジョンは普段潜っている鬼火ダンジョンと違い、ダンジョンを管理しているとされる、ダンジョンマスターがいるのがわかっている。そしてそのダンジョンマスターは警察組織の前に姿を現しており、圧倒的な力の差を見せつけているだけでなく、明確に人間に対して敵対的な意思を示しているという。
つまり、今ここにいる自分たちの様子も見ているだろうというのは間違いない。その上、おそらく命を狙っているだろう二人が同行している時点で、いつ何を仕掛けてきてもおかしくない。まして、隠し通路という、前人未踏の場所へ入っていくのだから、いくら警戒してもしすぎることはないはず。
「よし、通れそうだな」
どうやら隠し通路に入れるようになったらしい。
「行くぞ」
「井上、待て」
「ん?」
佐々木が今まで以上の警戒の必要性を説くと、全員が頷いた。
「警戒はもちろんだな。じゃあ、隊列を見直そう」
索敵、罠探知に長けた佐々木が先頭、隅谷と針間を中央にという基本方針はそのままに、いきなり隊列の真ん中に落とし穴が出る可能性を考慮して腰のベルトにロープを通し、動きを阻害しない程度に中衛後衛を繋いでおく。
「行くぞ」
「おう」
一行は慎重に隠し通路へ踏み込んでいった。
「何か拍子抜けするほどに何もないな」
「うん」
「油断はするなよ……っと、マップは?」
「こんな感じだな」
ほぼ直線の通路は今のところ分岐はないが、何度か左右に曲がっており、正確な位置の把握は困難になりつつある。
だが、川田というマッピング要員のおかげで、マップの空白地帯のどの当たりにいるか、ほぼ正確に把握できている。
「っと、ちょっと待ってくれ」
「おう」
十メートルほど進む毎に進んだ距離を記録し、マップに書き込んでいく。川田の歩幅はこれまでの探索者としての生活を通じてミリ単位で正確に同じ。モンスターとの戦闘であちこち動き回るときを除けば、何かの罠が作動してしまい、逃げるために走り回るときですら一定の歩幅なのだから見事という他ないだろう。
「よし、いいぞ」
「おう」
川田の合図で進み始め、しばらく行くとまた曲がり角だ。
「モンスターはなし。罠もなさそうだな」
「よし、行こう」
曲がり角を抜けて二十メートルほど進み、マッピングのために足を止める。
「この先三十メートルくらいで曲がり角だな」
「ふーむ、グルグルと回っているような感じだな」
この先を曲がったら一旦整理しようかと決め、歩き始めた瞬間。固まっていた隊列が僅かに伸びた瞬間が狙われた。
何もなかった壁からいきなり金属の棒が水平に伸び、まるで檻のように一人ずつを閉じ込めたのだ。
「くっ、これは!」
「馬鹿な!何もないところから出てきたぞ!」
「隅谷さんと針間さん、怪我はありませんか?」
「え、ええ」
「大丈夫です」
幸い壁から伸びてきた棒にぶつかる、挟まれるなどはなかったが、分断されてしまったのはマズい。
「クソ、これは……無理か」
井上が棒をつかんでこじ開けようとするが、細いくせにビクともしない。
「ふぬぬ……」
見た目以上に頑丈な檻になってしまったようだ。
「クソ……どうすれ……ん?」
いきなり、パラパラと横の壁が崩れ、通路が現れた。
七人全員それぞれに。
「これは……」
「こっちに来い、と誘ってるのか?」
「ううむ」
人一人が通るのがちょうどよいという程度の幅の通路は先が薄暗く、どんな危険があるかまったくわからない。
「どうする?」
「悩ましいところだな」
闇雲に動くのは危険。だが、ここにいてもいきなりモンスターが襲ってくる可能性があるため、とどまり続けるのも危険。どうするべきか、難しい判断を迫られていた。
だが、悩んでいる時間はなかった。
全員の間を遮っていた棒がゆっくりと下へ動き出したのだ。
もちろんそれで、実は上の方が開いて「何だよ、焦らせやがって」とはならず、順に上から新しい格子が補充されていく。このままでロープを挟んだ部分も地面の下に潜ってしまいそうだ。
「マズい!ロープを切れ!」
「クソッ!」
このまま沈んでいく格子にロープが引っ張られていったら大変と、慌てて隅谷と針間に繋いでいたロープを切断する。と、その直後
「あ!」
「な、何だと……!!
まるでロープを切るのを待っていたかのように、上から壁が降ってきて、完全に互いを隔ててしまったのであった。
「隅谷さん!聞こえますか?!」
「き、聞こえます!」
壁は頑丈で壊せそうにないが、幸いなことに声は通るので互いの無事は確認できた。だが、いつまで無事でいられるかというと、まったく保証はない。ここはどこもかしこも危険なダンジョンなのだから。
すぐに井上たちは壁越しに今後について話し合う。と言っても、間に隅谷の場所を挟んでいるので、前衛寄りの二人と後衛寄りの三人がそれぞれ独自に話を詰めていくしかない。
それでも最後は隅谷と針間を介した伝言ゲームで「それぞれが移動を開始。できるだけ早く合流、または隅谷たちのもとに辿り着く」という方針を立て、行動を開始した。
ダンジョンは何が起きてもおかしくない場所である。が、彼らはホンの少しだけ、ここのダンジョンマスターの良心というか、良識に賭けることにした。
一層にとんでもないモンスターを配置することはないだろう、と。
井上ら五人は、それぞれ前衛より、後衛よりという役割を担っていて、得手不得手がある。
接近戦、遠距離攻撃のどちらが得意か。手数で勝負か一撃に賭けるか。攻撃をかわすか、受け止めて反撃するか。タイプはそれぞれだが、全員に共通しているのは「オークの二、三匹程度なら単独でも相手できる程度には強い」と言うこと。
あのダンジョンマスターがとち狂って「ここ、一層だけど隠し通路だからな」と気を利かせてドラゴンでも配置していない限り、五人が合流するのは問題ないだろう。
そう、一番の問題は隅谷たち二人。彼らは探索者ではない。なんならゴブリン一匹にすら殺されてしまう可能性がある。一刻も早く合流しなければとそれぞれが早足で歩き始めたのだった。
「こっちにもいないか……」
「そこ、行き止まりだった」
「戻るか……」
時計がないので正確なところはわからないが、川田によると――時間を正確に把握するのもマッピングに必要な能力だそうだ――隠し通路で分断されてから十二時間、五人が全員合流できてから八時間が経過していた。
そして、川田の作成したマップは……既に用をなしていなかった。




