(3)
そう言って赤峯は近くの壁をトントンと叩く。
「例えばここ。ただの岩の壁。なんだけどこの向こう側って、どの探索者の地図を見ても何も無いんだよね」
そう言いながらコンコン叩いて進んでいく。
「しかも結構な広さ」
「それはただ単にダンジョンの端にいるというだけなのでは……」
「うん、そう思うよね。でも、ぐるっと回った通路があるんだよ」
確実に何かあるとは断言できないが、何か隠された通路や部屋があってもおかしくない。そう赤峯は考え……いや、感じていた。
フム、なかなか勘が鋭いな。
というか、今まで誰も隠し通路に気付いていないという時点でここに来ている探索者はレベルが低いのか?と、思ったのだが、よく考えたら辰神さんが管理していた頃のダンジョンには隠し通路なんて無かったんだよな。
そもそもダンジョンマスターが代わったことは探索者は知らないはず。最近ダンジョンマスターらしき者が警察の前に姿を現したらしいと言っても、本当にダンジョンマスターなんているのか、とかあるし。ダンジョンマスターが代わることがある、ということ自体知られていなければ、気付かれないはず。そもそも元は辰神さんだったという情報すら知られていないんだから。
ここからは推測……いや、辰神さんのメモを見てみるか。お、あった。ダンジョンができてしばらく……一年くらいは探索者たちも色々手探り状態。それから五年くらいかけてこのダンジョンがどのくらい稼げて、どのくらい危険なのかを見極めていって、という感じだったらしく、隠し通路がないかも調べていたらしい。
そして、隠し通路探しはそういうスペシャリストが来るらしく、色々探って回っていたことが書かれていた。
んで、辰神さんはこう考えたようだ。
「隠し通路探しのスペシャリストが来なくなったら隠し通路を作ろう」
ただ、その時点で竜骨ダンジョンは三層まで探索が進んでいて、それだけでもかなりの広さ。それに加えて辰神さんが「隠し通路を作ろう」と空間を用意していたこともあって、そこが怪しいと思われて徹底的に調べた結果、調査にはかなり時間がかかっていたらしい。結果、気の長い辰神さんもいちいち見ているのに飽きたと。
そう、隠し通路探しがいつ頃終わったか、書かれていないんだよ。んで、ダンジョンはその頃五層までだったのを十層まで拡張中で、辰神さんの中では隠し通路作りの優先順位はどんどん下がっていった。ま、ほとんど永遠と言っていい時間でじっくりダンジョンを作っていくなら、優先順位って何だろう?って話か。
そうこうしているうちに俺が落ちてきてダンジョンマスター交替となったわけだ。
んー、ダンジョンセンターあたりを探ればいつ頃まで隠し通路探しをしていたかという資料があるかも知れんが、今さらそれを知っても意味はないな。
では、どうしてアイツらは隠し通路の可能性を思いついたのだろうか?
実にどうでもいい話だと思いながら話を聞いていたら、案外簡単な理由だった。ここ最近、一層二層の構造が少し変わったという話を他の探索者から聞いていたんだよ。で、「もしかしたら昔は見つからなかった隠し通路ができたかも?」と思ったらしい。
言動はちょっとアレだけど、あの赤峯とかいう奴、意外に頭が回るのか?要注意人物かもしれんな。
だが、彼らが「隠し通路があるかも」といっている場所、確かに隠し通路はあるけど、特にどこかに繋がってるとかはないんだよな。ちょっとえげつない罠は仕掛けてあるけど。
どんな罠かというと、とても単純。
隠し通路へ入る場所と出る場所が違う。
つまり、「何もなさそうだから出ようか」と入ってきた場所に戻っても、壁は塞がっているし、内側からは崩せない。つまり、別の崩せる場所を探さなければ閉じ込められたままというわけだ。
致死性の罠ではないが、ダンジョン素人二人を連れて閉じ込められる状況ってどうなるんだろうね。大前提として彼らが隠し通路を探せるかどうかにかかってるんだが。
「うーん、軽く叩いた程度ではまったくわからないな」
「そうだな。どうする?」
「本格的に壁をぶち抜くつもりでやらないと見つからないタイプかも知れん」
「だよな。俺もそう思う。皆は?」
「同じく」
「異議無し」
「同意」
五人が隠し通路を探すのはかなり骨だと認識しているが、隅谷たちにはちんぷんかんぷんだ。
「えっと、結局何がどうなって」
「ああ、そうですね。時間も時間だし、休憩がてら説明します」
そう言って赤峯は少し広いところで休憩することを提案し、二人に説明をする。
「なるほど。ダンジョンマスターは隠し通路の先にいる可能性が高いと」
「しかし、ここは一層でしょう?ダンジョンマスターとかいう……その、何だ、ボスならもっと深いところにいるのでは?」
「隠し通路から下の層へ降りられる可能性があります。つまり今まで見つかっているルートはダミーで、隠し通路の先が本命、とか」
「そんなことってあるんですか?」
「可能性としてはある、と思います」
赤峯は続けてその根拠について述べた。
「なにしろダンジョンのことって、何もわかっていませんからね。何があってもおかしくない、そう思っていいと思います」
「い、一理あると言えばありますが……」
「まあ、私としても自信のある意見ではありませんよ」
そう言って、手にしたボトルから一口飲んで赤峯は続けた。
「ただ、少し気になることもありまして」
「気になること?何です?何があるんです?」
「っと、落ち着いてください。はっきりと確信が持ててるわけではなくて……多分、俺の読みが当たりそう、という漠然としたもので」
「それでも!」
少しでもダンジョンマスター、もう少し正確に言うとダンジョンマスターに会い、謝罪する手がかりに繋がるならばと二人とも前のめりである。
「と、とにかく今は休憩です。少し腹に何か入れましょう」
「わかりました」
そんな様子を見ていて思う。アレ、絶対にダンジョンマスターと会うことが目的にすり替わってるな、と。ダンジョンマスター=瀧川陽ということが確認できていないのに、どうしてそうなっちゃうんだろうね?ああ、そういう思考をしてしまうから冤罪を生み出してしまうのか。
半ばどころかそれ以上、ほぼ全部呆れながら、赤峯の意図しているところがなんなのか考える。アイツ、おそらくダンジョンマスターに見られていると予想して、これ見よがしに目立つ言動をとっている気がする。
そして今のこのタイミングでは……ま、いいか。奴の策に乗ってやろう。そして思い切り後悔させてやろう。
「さて、そろそろ探索再開と行きましょうかね」
赤峯がそう言って立ち上がり、スタスタと「隠し通路がありそう」と言っていた方の壁へ向かう。
「隠し通路、本当に探すの?」
「もちろん。それが一番ダンジョンマスターに近づくための近道だと思うんだ」
「ま、お前が言うなら多分それが当たり、というのが今までなんだよな」
「だろう?さあ、やるぜ!」
そう言って赤峯は目の前の壁にハンマー――少々大きいが普通にホームセンターの工具コーナーで売ってそうなサイズ――を叩きつける。
が、壁はビクともしない。
「ダメかあ」
だが、そんな程度では赤峯は落胆しない。そもそも探すのに時間がかかることは間違いないのだから。