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  作者: ひじきとコロッケ
隅谷聡と針間勇司
71/105

(1)

「どう思う?」

「どうもこうもないだろ」


 地検の奥にある一室で隅谷聡と針間勇司は周囲に聞かれないよう、声を抑える。


「このままじゃ、俺たちも……」

「ああ。一応警察が周りにいるけど、役に立たないらしいからな」


 地検の建物には色々な事件の容疑者が連れてこられ、検察官が起訴するための手続きを進めていく。そういう性質の場所故に、警察官が周囲を警戒していること自体は不自然なことでは無い。

 だが、その人数がここへ来て五倍に増えた。言うまでもなく、瀧川陽絡みである。


「あの事件の資料……確かに今、改めて見返すと、なんで起訴したんだってくらいに不自然だな」

「普通なら調べられていることが一切調べられていない」

「まあ、警察が調べないのは逮捕した奴を起訴するのに邪魔になる要素を排除してるってのは何となくわかる」

「だが、その辺を弁護側が反証として用意してないってのが不自然すぎるな」

「それもそうだが、やはり、警察が調べてまとめている証拠が少なすぎる」

「状況証拠でももう少しあるだろうってくらいに少ないな」


 証拠、逮捕要件となっているのは被害者女性の証言くらいで、居合わせた乗客は女性の「痴漢です」を聞いて瀧川が「違う」と言った辺りから逃げられないように周囲を囲んでいた程度。

 実際に触っていた様子を見ていた者がいないのに、それが確定した事実であるかのように瀧川を取り押さえている……ようにしか読めない。


「普通に考えたら、その辺を警察が証言として集めているはずなんだが、まともなものが集まっていない」

「一方で、瀧川は「傘が当たっていただけ」と主張。実際、瀧川が所持していたバッグには傘がくくりつけられていた」


 取り押さえたときのゴタゴタがあったので、瀧川の手に衣服の繊維がついていたかどうかはわかっていない。では、傘の方についていたかというと、調べてすらいない。


「まあ、樹脂製の傘の柄に繊維が付着する可能性は低いから仕方ないか?」

「だが、そうだとしてもそれ以上に不自然なのは」

「電車の向き」

「だな」


 よく晴れていた日なのに傘を持っていた理由として、瀧川は前日の台風と夜勤明けだったと主張していた。その言葉は嘘だ、と取り押さえた乗客の他、取り調べをした警察官は断定しており、起訴した際にも「こんなしょうも無い嘘をついている」として起訴内容に含んでいた。

 だが、改めてみてみると、瀧川の主張が嘘だとしたら、瀧川の乗っていた電車は自宅から会社に向かう方向となる。が、そうなると被害者女性の乗っていた電車が不自然になる。


「なんであのとき、誰も気付かなかったんだ?」

「ああ……あのとき、これに気付いていたら起訴なんてしないだろ」


 どう考えても不自然な点が多すぎる。

 よく誤解されるのだが、刑事事件の裁判というのは容疑者が罪を犯したかどうかを判定する場ではない。裁判というのは検察が取り揃えた起訴内容、証拠類に正当性があるかどうかを判断する場であって、一つでも証拠におかしなところがあると、起訴事実には疑義ありとなり、無罪と言う可能性が見えてくる。

 だから、検察は確実な証拠を集めてガッチリと固めて起訴するし、弁護側はホンの僅かでも疑いの余地があるのでは?という証拠を揃えて裁判に臨む。

 なのに、この裁判は、最初から瀧川陽を有罪とすることが決まっていたかのような流れをたどっている。刑法が改正され、ダンジョン労働刑という刑罰が導入されたといっても、有罪無罪の判断基準にブレはない。「やった」か「やってない」か。そしてそれを裏付けるのが証拠だ。

 二人とも検察官としての経歴は二十年近くになり、数え切れないほどの事件を扱ってきた。中には何をどうやっても証拠が固まらず、起訴しても有罪になることはないどころか、どこからどう見ても無罪だろうというケースが無かったわけでは無い。

 そしてその経験に照らし合わせると、瀧川陽の起訴に踏み切ったのは不自然すぎる。というか、警察の取り調べの時点で色々ダメで、検察に身柄を送る自体あり得ない。

 仮に、何かの確信があって身柄を送ってくるなら、それなりの証拠資料が揃えられているはずだが、それが見当たらない。

 ならば、自分たちもまともに扱える事件ではないとして、起訴しないはず。なのに起訴している。

 そして、裁判で弁護士がロクに反証しなかった上、最終的に裁判員も裁判官も何の疑問も持たずに有罪という判断を下している。


「どうする?」

「どうするったって……どうにもならん……のか?」

「いや、実はな……」




「やあどうも!赤峯拳人です」

「ど、どうも」

「はじめまして」


 竜骨ダンジョンそばのファミレスで朗らかに挨拶をしたのは、先日、ウラが話していた実力のある探索者、赤峯だった。


「あの、いきなりで失礼な事を伺いますが」

「なんでもどうぞ!」

「確か、井上治さんと聞いていたのですが」

「赤峯拳人です!」

「え……」


 ダンジョンセンターから届いた書類に目を落とすと、そこにはやはり、


「しかし、ここに井上「それは!世を忍ぶ仮の名前!」

「ええと……」

「我が魂の!真の名は!赤峯拳人!」

「井う「赤峯!拳人!」

「「あ、はい」」


 二人ともこういうタイプ(・・・・・・・)を相手にしたことは一度や二度ではない。そう、指摘するだけ無駄だと悟り、好きにさせることにした。本来なら偽名を使うなど、と指摘するところだが、芸能人が芸名を使うように、有能な探索者の中には何かの功績で二つ名がついて呼ばれる者がいたり、目立つことを避けるために探索者としては別名を名乗ったりすることは良くあることとも聞いていたからだ。

 だが、これでは話が進みそうにない。こういう手合いを相手にしたことがあると言っても、まともに取り合ったことなど無いからだ。何しろ二人が相手にするのは、一癖も二癖もある犯罪者がメイン。こういうタイプの犯罪者というのはどうせ話を聞いたところで、どこでどう拗らせたかわからないほどに歪んだ妄想と、その妄想の中で自分は選ばれし者であると認識して行動しているのだから、聞くだけ無駄なのだ。

 だが、ことこの場においてはこの男とまともに会話をしなければならない。

 仕方なく、二人は話を合わせるしかないとヒソヒソ交わし、「では早速ですが」と切り出そうとしたところで、赤峯(井上)の後ろから数名の男女がやってきたのに気づいた。


「お前、何一人で先走ってんだよ」

「ん?ああ、スマンスマン。つい気が()いてしまって」


 今度来たのはまともそうだなと、とりあえず二人は話の流れを見守ることにした。


「コイツは群青涼真、前世から縁のある俺の仲間で、今回の件に同行する「佐々木俊之です。よろしく」


 ええと……どちらの名で呼べば良いのだろうかと二人が悩んでいるところにさらに三人が話に入り込んできた。


「まったく、井「赤峯」は人の話を聞かないからな……すみませんね。悪い奴じゃないんですよ。あ、俺は「黄瀬小次郎」……川田弘幸」

「はじめまして。私は「高緑彩名」……はあ……大谷望です」

「この流れで自己紹介ってキツいんですけど……えっと「胡桃沢すみれ」西山千香です」

「そう!つまり五人揃って!「ちょっと黙っててくれないか?」

「何でだよ!ここからがいいところじゃないか!」


 いいも何も、いきなりポーズを取ろうとしていたりするからファミレスの客が全員こっちを見ているんだがと、二人はため息をつき、それを見ていた川田ら三人が「俺らの苦労、わかります?」と目で語っていた。

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