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「い、依頼書は何て書いてある?」
「ちょっと待て……えーと、えーと」
そんなわけでクライム引率の依頼書にはレアものの扱いについて詳細に書かれている場合と書かれていない場合がある。
書かれていない場合、探索でのパーティへの貢献度に応じた分配というのが暗黙の了解。そしてクライムが貢献などできるはずがないので、引率したパーティの総取りが通常。
では今回は?
「げ、魔石以外のドロップはすべてダンジョンセンターが引き取る、だと」
「え?マジで?」
「嘘でしょ?」
「ええ、そんなあ」
この場合の引き取る、というのは……クライムのポイントに組み入れるという意味。つまり、引率したパーティには一銭も入らないということ。そして依頼書に書かれているものを「知りませんでした」とはいかない。
「クソッ」
「どうする?」
半年前までだったら、迷うことなくこんなクライムの女は見捨てていた。適当にゴブリンを探して置き去りにして、戻ってから「ゴブリンとの戦闘で死にました」とでも報告すればいい。だが、二回連続は引率したクライムが命を落とすのはマズい。
となると、このままこの女を連れていくしかないのか。
「いや、待てよ」
「どうした?」
「方法はある」
「どんな方法だ?」
「リスクは高いが、ここに一人か二人を残し、引率の形は維持したままでダンジョンを出る。そして「引率終了した」と報告してここへとんぼ返りすればどうだ?」
「そうか、そういう手があったか!」
どうでもいいが、引率相手に聞こえてる時点で色々ダメではないかと思うのだが、そこまで気が回っていないようで、誰が残るかくじ引きをしようとしている。バカなのか。
そもそも、この先にお宝があるなんて確証はないのに、既にお宝を手に入れる前提で話をしているとはと、女の姿の幻覚魔法の向こう側で陽はあきれ果ててため息すら出なくなっていた。捕らぬ狸の皮算用ならまだいい。見たことすらない、狸かどうかどうかすらわからないものの皮とか肉の算段をし始めているのだろうか?
ワイワイやってる連中を見ながら、目の前の壁の模様を確認する。そろそろ、次の仕掛けが動く頃合いだな。
「よーし、それじゃ、引くぞ」
「お、おう」
短い紐の先端に色を塗っただけのくじを用意し、全員がそれを選ぼうとしたまさにその瞬間、再びゴゴゴ、と大きな音がして、周囲の様子が変わっていく。
さっきまでただの真っ直ぐな通路だったのが隠し通路の出現によりT字型になっていた。ここまではよかった。隠し通路の先という新しい領域に思いを馳せられるから。しかし、隠し通路の反対側も開いていく。そしてその代わりなのか、さっきまで通路だった両側が閉じられていく。つまり、道が完全に九十度回転したようなイメージだ。もちろん、四人が知る通路ではないから、新たに現れた通路も新しい領域に繋がる。つまり、彼らにいわせればお宝の可能性だ。存分に楽しんで欲しい。
「なっ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
何となく道順を覚えていた通路から、隠し通路だけになるのはマズい。ダンジョンから出られなくなる可能性があると、慌て始めた。何だよ、さっきとずいぶん反応が違うじゃないか、喜べよ。
そう言おうとしたところにうなり声が聞こえてきた。
「ブモォォォォォッ!」
「ギャオオオオオッ!」
四人が一斉にそちらを向き、顔を青ざめさせる。
「ま、マズい!」
「逃げろ!」
「逃げるってどこに!」
「と、とにかくこっちだ!」
現れてきたオークの集団を前に慌てて最初に現れた隠し通路の方へ逃げていく四人。既に引率していたクライムのことなど完全に頭から抜け落ちているのは間違いなさそうだ。
「ギャギャ!」
「グガッ!」
「ブモッ!」
逃げていく四人をオークの集団が追っていく。
そして、残されたのはクライムの女が一人と、あとからゆっくり現れた大柄なオーク一匹。
「いかがでしょうか?」
「ん、上出来だ」
幻覚魔法を解いた陽が満足げに頷く。
「くれぐれも深追いするな、と言い聞かせてあるか?」
「大丈夫です。印のところで止まるように厳命しております」
「ならよし……大丈夫だよな?興奮しすぎて見失ったりしないよな?」
「……」
ま、そのときはそのときだな。ダンジョンのモンスターには寿命なんてのはない。天寿を全うするという概念のない世界だからな。探索者を追った結果死んだとしても本望だろうと思うことにした。多分コイツもそうだろう。
さて、この隠し通路を盛り込んだダンジョン改造もなかなか大変だったが、それ以上に大変だったのは外の改造。
簡単に言えばダンジョンセンターをもう一つ作り上げたのだ。細部に多少の違いはあるが、ぱっと見ではわからないくらいにそっくりな建物を作り、あの四人以外には見えないように二重三重の魔法をかけて隠蔽。逆にあの四人には本物のダンジョンセンターは見えず、偽物だけが見える状態に。
憔悴しきった四人はいつもと対応が違う職員のことを不自然に思うこと無く、陽が化けたクライムを引率する依頼を引き受ける。いくら探索者の数が減ってきたといっても、派手な失敗で社会問題を引き起こした元凶に再び引率させるなんてあり得ないだろうって気付かないのかね?
まあ、あの四人が相当に追い込まれていたのは事実だが、うまいこと誘い込めたのは僥倖。そこからの流れも前回をなぞっているのかと錯覚するくらいにひどい内容。少しは学習して対応を変えていたらこの通路に待機していたスライムに会うことも無かっただろう。
そして、隠し通路を用意したところに待機させていたスライムをつつくフリをしながら仕掛けを起動。そして、待っていたオークたちが四人を追い立てるという、特に難しい工夫のない仕掛け。かかる手間はすごいが。
そして、彼らの逃げていった先は、二百メートルも行くと下り傾斜がついていき、さらに百メートルも行くと傾斜角が四十五度以上に。そこからはちょっとでも何かに足を引っかけて転んだりしたら、さらにキツくなっていく傾斜を転がり落ちていくだけ。
転がり落ちた先は十層にしておいた。四人には特別サービスだ。存分に堪能してもらえたらと思う。
やがて「わあああ!」とか「ぎゃあああ!」という悲鳴が聞こえてきた。どうやらうまく斜面……途中からほぼ縦穴になってるが……を転がり落ちていったようだ。結構な高さを落ちていくから、十層に着いたときに無事であるという保証はない。一応水を溜めた池に落ちるようにしてあるけど、あまり深くないから意味ないかもな。あと、水棲のモンスターが住んでるからすぐに逃げないとマズい。ここの最下層にふさわしいモンスターだからな。俺の両親が万全の体勢で臨んでも秒殺されるレベルだ。
ま、結果をするつもりはない。ダンジョンでは良くあることが、今日もまた起こる、それだけだ。
「さてと、これであの四人は終了だな」
「お疲れ様でした。これで一区切り、ですか?」
「ああ」
まだ警察官二名が残っている。検察官に、元凶であるあの女と弁護士、裁判官だって残っている。また警察に忍び込んで、どんだけ見当違いのことをやっているか確認してから取りかかろう。
そう考えてコア部屋へ戻ったら、面倒臭いヤツがやって来たことに気付いた。
「……仕方ない、行くか」




