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だが、この宝箱でその対応は不正解。
宝箱をいつ、どこに設置するかはオークたちに任せた一方、彼らから相談があればいつでも応じるとしていた結果、ここの宝箱に関しては少しだけ凝ったことをしてある。
「よし、近づくと反応する罠は無さ うわああああああっ!」
とある箇所に足を乗せた瞬間、その足首にロープが巻き付き、びよーんと天井から吊り下げられる。
「うわっ!こ、このっ!」
「大丈夫か?!」
「ああ。逆さまに吊られている以外、問題ない」
それ、結構大問題だよな?
俺の感想を余所に――俺が現場にいないから当然か――吉津が慎重に周囲を見ながら近づいていく。
「くっ……少し届かんな。おい戸谷、手伝え」
「チッ……しゃあねえな」
コイツら四人のサイズは把握しているので、こうして吊り下げたときに届かない高さに調整済み。となると、誰か一人を抱え上げてロープを解くしかないのだが、吉津と戸谷はガチ殴りする前衛タイプで体重があり、防具も重い。
そして吉津が戸谷を肩車してみるが、それでもロープまで僅かに届かない。
「北下、こっち来てくれ」
「あ、うん」
そうなると吉津と戸谷が腕を組み合わせて足場になり、そこに北下が立つという方法しか無くなる。
「動かないでよ。ナイフで切るから」
「スマンな」
「何、俺たち同じチームじゃねえか」
「そうそう。こういうときは助け合うのは当たり前さ」
いいね。仲間同士の美しい友情。コイツらも駆け出しの頃はいつも互いに協力し合っていたはず。それがいつの間にか稼ぐことにばかり意識が向くようになり、効率だけを重視し続けて少しギスギスした感じになっていた。それをこうして俺が思い出させてやったのだ。協力するとロクなことにならないって事を、な。
ブチ、とナイフでロープが切られ、西和がクルッと反転しながら着地。三人が「ふう」とホッとするのと同時に、天井から液体が降り注いだ。
「ぶばっ!」
「ぐえっ!」
「ひっ!」
「ぎゃっ!」
四人全員に液体が降り注ぐと同時に宝箱がパカンと開く。よかったな。その宝箱の鍵はこの液体が降ってくると開くんだぜ。
「ぎゃあああ」
「ぐおおおお」
「な、なんだ……これ」
「うえええええ」
せっかく宝箱が開いたのに、おかしな悲鳴を上げる連中だな。
まあ、仕方ないか。北欧のひどい臭いがすることで有名な缶詰――十年熟成もの――段ボール一箱分の汁だからな。俺も用意するのに少々苦労したから、こうして堪能してくれて嬉しいよ。
ちなみに宝箱の中身は、缶詰の汁を出した残り。つまり身を入れておいた。
この一連の罠はオークたちの「ひどい臭いのする物を入れてみては?」「あと、上からひどい臭いのするものをぶっかけるとかどうでしょう?」という意見を元に色々と意見を出し合って作った。
宝箱を置いた状態でないと、上につり上げる罠は作動せず、四人の体重――荷物込み――がかかると上から液体が降り注いで宝箱が開くという、準備に結構手間のかかった罠。
こうして決まると嬉しいね。
「うげえええ」
「おぅえええ」
ゲエゲエ言いながら四人がダンジョンから転がり出ると、周囲にいた物が一斉に距離を取る。
「臭っ!」
「なんだお前ら!」
「離れろ!」
「何があっ……うぉぇええええ」
酷い様子に何事かと近づこうとしたものが嘔吐くという地獄絵図。
バカだよな。
竜骨ダンジョンはどの階層にも何ヶ所か水場がある。そこできれいに洗い流せば良かったのに、そのまま出てきたりしたら、ダンジョン入り口付近にも臭いが残るじゃないか。どうしてくれるんだよ。それでなくても警察関係のゴタゴタで探索者の数が減ってきているのに「入り口が臭い」なんてコメントがついたらますます人が来なくなるじゃないか。
「うぉえええええ」
家に帰って最初に向かったのは風呂。いつもの倍以上の時間をかけて洗い流してようやく臭いが落ちたと思い、風呂から出たところで吐きそうになった。身につけていた物全てが臭う。慌てて洗濯機へ放り込み、洗剤を倍量放り込みスイッチを入れる。
が、まだ臭い。
洗濯のできない靴や、防具、背負っていたバッグなどが臭う。
靴は替えがあるのですぐに捨てるべくビニール袋に詰めて口をきつく結ぶ。
バッグは……中身も含め全滅だな。買い直すのは少々痛い出費になるか。
だが、防具は困る。あちこちに入っている衝撃を吸収するためのクッション材に汁が染み込んで、臭いがこびりついてしまっている。安物のため、外して洗って元通り、ということができる構造ではないからこれは……捨てるしかないのか。被害を受けた者の中では一番高価で、買い直すような余裕はない。
現時点で今月の家賃すら払えない。
詰んだ。
四人それぞれに多少の違いはあれど、似たような境遇だった。
精神的に追い詰め、肉体もそろそろ限界。金銭的にもこれ以上は無理という段階まで来たな。
「さて、そろそろ仕上げといこうか」
今のところ、心をへし折っているから大人しいが、これ以上引き延ばすと、犯罪に走りそうだ。無関係な者を巻き込むのは本意ではない。
ダンジョン内の細工は完了。あとはあの四人を呼び寄せてやろう。
「は?」
「え?」
「マジで?」
「ホントに?」
四人が間抜けな顔をしているのを見たダンジョンセンター職員は、スッと書類を戻す。
「やらないのでしたら「「「「やります!」」」」
ダンジョン入り口周辺の臭いは全然落ちないどころか、中途半端に降った雨と日差しのせいでより酷くなり、さらに探索者の数が減った。そしてそんなところへ、クライム引率の話が来たのだが、そもそも探索者がいない。だから、こんな状況でも他に行くあてのない吉津たちに話が回ってきた。しかもかなり高額だ。
「なんでこんなに高いんだ?」
「訳ありです」
「訳あり……って、そりゃ訳ありだろうよ。クライムなんて」
「よ、よろしくお願いします」
「ああ……行くぞ」
「え?あ、あの?」
「余計な口を聞くな。行くぞ」
連れてこられたクライムは若い女性だった。
あまりパッとしない顔立ちに小柄で少しおどおどしているが、少し優しい言葉でもかけてやれば、すぐになびくだろうと、男二人は思っていた。
男に媚びを売っている、そういうふうに見えるが、かと言って男の気を引くような容姿かというとそうでもないか、と女二人は思っていた。
「そこにスライムがいるだろ」
「ど、どうやって」
「自分で考えな」
ハア、とため息をつきながらスライムに向けてナイフを向ける女を眺め、あの様子なら一時間はかかるなと予想する。そのあと少しダンジョンを歩けば終了。相変わらずチョロい仕事だ。
スライムをつつきながら後ろでひそひそ話す声を聞きながら、勝手なことを考えているだろうことはすぐにわかる。
「よし、そろそろ頃合いだ」
スライムをつつくフリをしてそのそばに用意しておいた罠起動のスイッチを押す。カチリと言う感触と同時に背後の四人がもたれかかっている壁がゴゴゴ、と左右に開いていく。
「うわっ」
「な、なんだ?!」
「隠し通路だ!」
「うおっ!すげえな!」
つくづく脳天気な連中だ。ただ単に通路を見つけただけなのに、「お宝があるはず」とか「これで金持ちだ」とか勝手なことを言っている。
「なあ、どうする?」
「行くしかないだろ」
「それはそうだけど、アイツ、どうするよ?」
「う……そう、だな」
クライムの引率中に思わぬレアものを手に入れた場合どうなるか。これは明確な基準がない。というのも、ダンジョンでレアな物が見つかるのは運要素が強いのはまあ良くあることとされている一方、いわゆる持っているヤツというのがいるとも言われている。つまり、引率しているクライムがいたからこそ手に入れることができた、という解釈だ。