(3)
「どこに置くかは任せる。罠が必要なら言え。あと、もう少しオークを追加しておこうか?」
「ありがたく」
さて、どんどん追い込んでいこう。
「や、やめろ!やめて!いやだああああ!」
「グギャ!グギャ!」
吉津が必死に這いつくばって逃げようとするが、両手足の関節が外されてしまっていてはまともに動くこともできず、すぐにオークたちに追いつかれてしまう。だが、ここで捕まってなる者かと必死にもがき、伸ばしてきた腕に力の入らない腕を叩き付けて逃げようとする。だが、すでに体力も底を尽きかけており、必死の抵抗も意味をなさない。
「グギャッガ!」
「ギャッギャッ!」
オークたちはそんな抵抗する様すらも楽しんでいるようで、ニヤニヤとまわりを囲み、やがて着ているものに手をかける。
「や、やめろおおおお!」
「ギャギャッ!」
「ブフォォォッ!」
抵抗むなしく衣服は引き裂かれ、あられもない姿をさらしたところへ一匹のオークが歩み寄る。
「グワッ!グヘッ!」
「ひぎぃぃぃぃ!」
ゆっくりと伸ばされた腕は……
「なあ、ナイトメア」
「なんでしょうか」
「あれ、何?」
「今現在、吉津という男が見ている悪夢の内容です」
「……だよなあ」
ナイトメアの上司である俺はナイトメアの能力下にある者が見ている夢をこうして見ることが出来るのだが、なんだこれ。
「なあ、お前が見せた悪夢って、俺が手足を切られ、あそこから落ちるまで、だよな?」
「はい」
「そこからあの状態まで発展するってどういうことだよ?!」
「人間の想像力はたくましい、ということでしょうな」
「ええ……」
想像力がたくましいで片付くレベルじゃないだろこれは。
「あー、えーと……今日はコイツの予定だったが、これはこれでいいや。放っておこう」
「では?」
「西和のところへ行く」
「はっ」
「や、やめろ!吉津!俺だ!西和だ!」
「ハアッ!ハアッ!」
「や、やめてくれえええ!」
とてもじゃないが直視できない映像だったのですぐに切った。
「次行くぞ、次」
「はい」
コイツもコイツでこのままで良いかと判断し、戸谷のところに行くことにした。
何かの台の上に寝かされ、両手足に鎖がつながれて身動きが取れないようにされているところに素引きのオークが迫る。
「いやあああ!やめてえええ!」
「ブモッ!ブモォォォォ!」
一部には需要があるのか?女戦士のくっころってヤツか?普通は女騎士だと思うんだが……まあ、女戦士と呼ぶにはちと体格がまだイマイチだし、特にスタイルが良いわけでもないので見応えはないというか……俺はこういうのを見て批評する趣味は持ち合わせてないので映像をすぐに切った。
「次!」
「ハッ!」
なんかちょっと楽しそうにも見えたが、まあ良いか。
「ひぐうぅぅぅ!や、やめ……て……」
「ブホッ!ブホッ!」
「お、お願いだから……もう……きゃあああ!」
即映像を切った。
「なあ、ナイトメア」
「なんでしょうか」
「知ってたらでいいんだが……オークが人間を妊娠させるとあんなに早く妊婦の腹が大きくなるのか?」
「さあ……」
そもそもダンジョン内のモンスターって繁殖しないよな?
ナイトメアが介入して悪夢を見せる。これはわかる。
ダンジョンに潜る度、オークがなぜか襲ってくるので恐怖がすり込まれていく。これもわかる。
ダンジョンをまともに探索できないから稼ぎが減る。これもわかる。
日々追い詰められた結果、精神的に追い込まれ、ナイトメアが介入しなくても悪夢を見るようになる。これもわかる。夢ってのは色々な要因が絡んでいるが、過剰なストレスがかかり続けるとそれだけでも悪夢を見る要因になるからな。
その悪夢の中でオークとか仲間に襲われる夢ばかりに見るようになるってのがよくわからない。
悪夢って他にも色々あるだろ?少なくとも俺たちが当初見せていたような、俺の味わった恐怖の追体験、みたいなのとか。それがどうして連日、襲われる夢なんだよ。しかも性的な意味で。
「そう言えば聞いたことがあります」
「ん?」
「生物は命の危機に瀕すると、子孫を残そうという本能が強く表れると」
「ああ、確かにあるらしいな」
「これはそれでは?」
「違うだろ」
「どうしてですか?」
「誰ひとり、人として子孫を残せるシチュエーションにないんだが」
「そう言えばそうですな」
ナイトメアが少し首をかしげ、何かに気付いたのか、ポンと前足で地面を叩く。
「では欲求不満なのではありませんか?」
「欲求不満?」
「ええ。あんな生活です。色々と発散したくても発散できない状態に追い込まれているのではないでしょうか」
「やだなー、そういう鬱屈した精神状態とか」
幸いなことに(?)俺が勤めていた会社はいわゆるブラックではなかった。仕事のストレスはあるにはあったが、多分常識の範囲内だったはず。だから、休日に色々リフレッシュすれば問題ないレベルだったので、夢見の悪い日ってそんなに無かったと思う。逮捕されてからは、うなされて自分の叫び声で目を覚ましたことが数回あるけどな。
つまり、今のあいつらの状況は俺よりも追い込まれた状況か。うーん、やり過ぎたか?でもな、加減が難しいんだよな。
「ま、いいか」
ナイトメアのどんな夢を見ているか覗ける能力を使わない限り、あいつらが夢の中でどんな目に遭ってるかを知る術は無い。つまり、俺が精神的にダメージを受けることもない。
そして、勝手にあそこまで悪夢を進化させた――いや、悪化させたのか?――のなら、ナイトメアの出番はなくなったかな?
「え?よ、用無しですか?クビってことですか?」
「待て待て落ち着け。お前みたいな優秀なのをクビにするわけ無いだろう?」
「よかった……」
心底ホッとしたような顔になった。馬なのに。
そしてそんな悪夢を見たにもかかわらず、翌日も律儀にダンジョンまでやってくる四人。男二人は何か視線を合わせようとしていないし、女二人はダンジョンに早く入りたいけど入りたくない、みたいなソワソワした感じ。
もうどうにでもなれ、としか言えんな。
「お、おい、見ろ!宝箱だ!」
「嘘でしょ?だってここ二層に入ったばかりのところよ?」
疑うのも無理はないだろう。
基本的に宝箱の配置はランダムなので、一層にだって超レアアイテムの入った宝箱が置かれる可能性はある。まあ、うちのダンジョンの場合、レア度が高いほど深い階層に配置されやすいように調整しているから、一層でレアアイテムが見つかることはほとんど無い。
そして、階層を移動した直後に見つかるなんて、それこそ不自然、というのもわかる。他の探索者が気付かないなんてあり得ない、という意味で。
もっとも、他の探索者が通り過ぎたあとに宝箱が出現したというならあり得る話。
というか、そもそもの話として宝箱が出現した瞬間を見た者はいないと言われているので、信憑性はイマイチな話だ。
そう、つまりこの宝箱は罠、というふうに吉津は考えていて、四人全員が同意見のようだ。
だが、宝箱だ。
探索者として、そのまま素通りできるようなものではない。
「よ、よし……まずは罠がないことを確認しよう」
吉津がそう告げると、この四人の中では斥候役になる西和が恐る恐る近づく。
安心しろ。宝箱には罠はない。宝箱には、な。
一歩、二歩、三歩と、西和が慎重に宝箱に近づいていく。
宝箱の罠としてメジャーなのは近づくと爆発したりモンスターがでたりするタイプ、開けようと触れると刃物や毒針などが飛び出すタイプ、そして開けると実はミミックでしたとか毒ガスが中に充満してましたというタイプなど、様々。
近づくのに慎重になるのも当然だ。