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つまり、ナイトメアが実際に悪夢を見せているのは六日に一度のペースのくせに、毎日悪夢にうなされているということで、コスパもタイパも最高だ。ちなみにナイトメアが直接見せている場合はリアリティがハンパないらしく、絶叫するだけでなく、ドタンバタンという音も聞こえるので、ベッドから転げ落ちているのかもな。
そんなわけで、四人とも単純な寝不足という肉体的なダメージだけででなく、精神的にも追い詰められつつある。
しかし、それだけでは終わらせないのが俺だ。
連中、なんとしても稼がねばと、毎回二層に降りて俺が落ちたあの橋のあたりまで行くんだ。
そしてそこには……常にオークが待ち構えている。集団で。
その集団の先頭にいるのは、俺の手足を切り落としたオーク。
俺がダンジョンマスターになり、何となくあちこちを見て回っているときに慌ててこちらに駆け寄ってきたんだ。
「よもや我らがダンジョンのマスターの知己であり、新たなマスターになる方とはつゆ知らず、取り返しのつかないことをしてしまいました」
土下座だった。
そして、オークってこんなことを言えるほどに知性があったのかと驚いて硬直している俺を見て勘違いしたらしく、
「かくなる上はいかなる処罰も覚悟しております。こんな首では釣り合わぬと思いますが」
と、首を落とせとばかりにこちらへ差し出してきた。
いやいや、この流れで首を落とせるかっての。
と言うことでこのオークは、上位種に進化させた。ただし、カスタムして見た目はそのまま。
そしてこのオークが率いる集団にはただ一つだけの任務を与えた。
四人が来たら、この橋で出迎えること。ただし、追い返すだけで危害は加えるな、と。
結果、四人はほとんどゴブリンの出てこないところを丸一日かけてウロウロし、ようやく二、三匹を狩ってどうにか、という生活が続いている。
精神的にも肉体的にも追い込み、金銭的にもどんどん厳しい状況へ。さて、コイツらはどこまで耐えられるだろうか。
「クソッ!撤退だ!」
「おう」
「また?!」
「もういや!」
文句を言いながらも逃げていく。全力で走って脇道に逃げて姿が見えなくなるとオークたちはそれ以上追わなくなる。
追うだけ追ってそれだけという、体力を奪うだけの嫌がらせだが、繰り返されると精神がガリガリと削られていく。
「ハアッ、ハアッ……」
「クソ……今日も……かよ」
「もうダメ、動けない」
「畜生!」
既に追いかけていないのに四人は必死に逃げ続けてダンジョンの外へ。途中で振り返れば追われていないと気付いたろうが、振り返ったらその分速度が落ちて追いつかれるのではという恐怖からか、逃げ続けるという選択をした結果がこれだ。
ちなみに今日の彼らの稼ぎは……ゼロ。
なんとこれで五日連続。
ゴブリンすら狩れていないというのは彼らのレベルではあり得ない出来事だ。
「おい見ろよ。吉津たち、またなんか逃げてきたみたいだぞ」
「おいおい、あんまりからかうな」
「お?あいつらの味方すんのか?」
「違う」
「じゃあなんだよ」
「寝るときに思い出し笑いして寝られなくなるだろうが」
「ぎゃはははは!」
「確かに」
周囲にいる、今日はダンジョンに潜る予定は無いが、諸々の用事――だいたいが、この周辺のあり得ないほどに安い飲み屋――のために来ているだけで、完全に酒の肴にされていると言えるだろう。
「これで何日連続だ?」
「知らねえよ。もう一ヶ月ずっとこんな感じに見えるし」
「じゃあ、一ヶ月連続でいいか?」
「駆け出しのワーカーでもそこまでひどいのは珍しいぜ?」
「ソロならあり得るんじゃね?」
「ソロならな。じゃああいつらは?」
「四人もいるぜ?」
「ぎゃはははは」
響き渡る笑い声に吉津がぶち切れ気味に立ち上がる。
「うるせえぞてめえら!」
「お、怒った?」
「怒っちゃいやん、吉ちゃん」
「そうそう。新人以下ってのは事実だし?」
「うるせええええ!」
吉津に続いて西和も立ち上がると、笑ってる連中のところへ大声上げて飛び込んでいった。
あとはお決まりの流れ、大乱闘だ。そしてこのくらいのことはここでは日常茶飯事。毎日のように続くのはあまり見ないが、普通の社会生活を送りにくい者がなりやすいのが探索者ということで、罵り合い、煽り合いはよくあること。そして乱闘は一分も続くと、誰と誰、というのがなくなり、誰彼構わずの殴り合いに変わっていく。
そこら中でガシャンと窓が割れる音が聞こえ、バキッとテーブルがたたき折られる。ドゴッと床や壁がぶち抜かれ、その様子を見ながら誰が何をやったか冷静に店員たちが記録を付けていく。あとで修理費を請求するために。
といっても、ここ最近は毎日のことなので、修理らしい修理はほとんど行われていない。
いないので、主に吉津たちに本来ならこのくらいの売上になるはずだった、という損害賠償の計算だ。
「田所と江島も来てたか」
「ええと、田所と江島は注文してますね。じゃあ、生ジョッキと唐揚げ、あとはモツ煮あたりか?」
「ですね」
だいたいいつも頼んでいるものをリストアップしていき、一通り殴り倒されて静かになったところで合計して四で割り、吉津たちに請求する。
「来月中に払えよ」
「……」
「文句あんのか?」
一回の額面はせいぜい十万を超えるかどうかと言う程度。だが、これが続くと重くのしかかってくる。四人揃って、そろそろ今までの蓄えもなくなるので節約してどうにか、という微かな望みが断ち切られる音を聞いた。
片付いたところでオークたちを呼び寄せ、本日の反省会を行う。
「今日はどうだった?」
「そうですね。もう少し奥に来るまで待つべきだったかと」
「だな」
あまり入り口に近いとすぐに逃げ切ってしまうのでつまらない。どうせなら全力疾走して疲労困憊した状態でどうにか外に、というのがベストなんだよな。さじ加減が難しいけど。
「特に今日は少し、慢心していたかと」
「慢心?」
「連続して手ぶらで追い返していましたので、正直余裕だろう、となめていました。改めて気を引き締めなければというところがいくつもあります」
「なるほどな」
コイツらの方が人間よりもはるかに客観的に自分たちを見ている気がする。
「マスター、ひとつお願いが」
「なんだ?」
「宝箱を一ついただきたいのです」
「宝箱?いいけど、なんに使うんだ?」
「彼らに見つけさせます」
「フム……見つけて喜んで近づいていったところを襲う、とか?」
「ええ。色々と応用できると思いますが、基本はそれで。連中の動きをコントロールできれば、挟み撃ちなども出来ますし」
向上心、創意工夫。いいね。
「中身はどうする?」
「空っぽというのもいいのですが、ポーションっぽく見えるただの水、とかもいいかと」
「そうだな……制限時間内にダンジョンから出さないと消えちゃう金銀財宝なんてのもあるぞ」
「いいですな。あとは罠だけ、というのも」
「いいねえ」
アイデアが次々出てくるな。いい傾向だ。
どうせならと、大小様々の宝箱を出す。中に入れるのは色が青くて変わった香りのする水――ただし激マズ――とか、重さだけなら本物同様の金塊――五分以内にダンジョンからでないと消滅する――とか、すさまじい切れ味の剣――モンスターなど生きている者は一切斬れない――とか、使い道がないというか、そういう物の他、いい感じに腐敗の進んだ生ゴミとかを入れる。あとは開けようと近づいた瞬間に紫色の煙――洗っても一週間くらいひどい臭いが落ちない――を噴くとか、殺傷力のない罠も仕掛けておく。