(7)
「ふーん、程々に稼げていた……ん?」
「どう?」
「なあ、これ……なんて読むんだ?」
「え?」
「名前」
そこには「木瀬志采」と書かれていたが……
「し……さい?」
「うーん、違うと思う」
「ま、いいか……で……ん?おい、これ……十年くらい前に新宿ダンジョンで行方不明って」
しかも、同行していた仲間によると、
「転移魔法陣で飛ばされた?」
「うん、三枚目くらいに書いてあると思う」
「確かに」
新宿ダンジョンの五層目を探索中、モンスターと遭遇し戦闘へ。撃退後、装備を調えるため、少し歩いたところで地面が光って姿が消えた、と書かれている。当然仲間は慌てたが、転移魔法陣に慌てて飛び乗っても追いかけられる可能性は非常に低い。仕方なく、万に一つの可能性、すなわち五層よりも浅い層に転移させられた可能性にかけ、できる限り見て回りながら戻ってみたが、どこにもいなかった、と書かれていた。
どこかで聞いたような話だな……
「どう?何かの参考になりそう?」
「参考というか……なんでこれを持って来た?」
「とにかくあの忌々しい事件に関連しそうなモノはかき集めてるのよ。で、自称被害者の父親がダンジョンに関わっていたとか、ちょっと気になるし」
「なるほどな」
おそらく、木瀬美晴の父親はこの行方不明の直後、新宿ダンジョンのダンジョンマスターになったのだろう。もちろん梢にそんなことは言えないが。
「これが何の役に立つかはわからん」
「ええ」
「だが、ちょっと調べてみたいことができた」
「お!何?何を調べるの?」
私も手伝う、と言う意味だろうか?
「落ち着け。梢に手伝ってもらうことはないよ」
「ええ」
「その、なんだ。手伝いたいって気持ちはとてもうれしいよ。だけど、ハンパなく危険なんだ」
「そうなの?どのくらい?」
「んー、とりあえず言えるのは……新宿ダンジョンに行ってみる、くらいかな」
「それなら私だって!」
「無理だって。九十層以上潜るぞ……多分」
「う……それはさすがに無理」
「だろ?」
日本有数の難易度を誇る新宿ダンジョンの人類未到達という次元を超えた先に行く、というのは俺の両親だってついてこれないからな。
「あ、もしかして」
「ん?」
「新宿ダンジョンのダンジョンマスターと戦う、とか?」
「なんでいきなり物騒な話になるんだよ。梢も知ってるとおり、俺は平和主義者だぞ」
ダンジョンバスター=バトルジャンキーみたいな思考はやめてくれ。
「そうなの?」
「まあ、ちょっとお話をって感じで行くだけだよ」
「そうは言うけどさ。なんか……もめそう」
「ま、まあな……」
アイツとは色々あったからな。
「最悪は拳で語り合うことになるのかな」
「陽兄、勝てるの?」
「余裕だな」
「そっか」
なら安心、とにへらと笑うので、思わず頭をなでてやったら、さらに顔が崩れていく。家族以外が見たらドン引きする顔だな。だが、俺にとっては見慣れた、それも懐かしさを感じる顔。やっぱり家族っていいよな。
「さて、名残惜しいが、あまりここに長居するのもマズいだろ」
「うん。残念だけど」
「ま、色々落ち着いたらまた行くから」
「うん、待ってる」
あまり姿を見せないでいると警察がうるさいだろうしな。
「さて、どうやって警察をごまかすか」
「うーん、ごまかすというか、二度と入りたくないって思わせた方が良くない?」
「何考えてる?」
「ちょっとな」
「ハアッ、ハアッ」
「だ、ダメですっ!これ以上はっ!」
数名が軽傷を負った時点で警察はさっさと撤退をしていた。まあ、撤退の判断は正解だと思う。ゴブリンが同時に二匹出た程度で苦戦しているようではオークなんてでてきた日には秒殺されてしまうだろうからな。そういう意味では突入部隊の指揮官は優秀だな。突入させた指揮官は無能だが。
そんなことを思いながら、梢と共に一層へ戻る。
「梢、大丈夫か?」
「な……んとか」
「もう少しの辛抱だ」
「うん……」
俺に担がれている梢はズタボロだ。
何がどう大丈夫なのかというと、実際には無傷。だが、血まみれ。その血の元は?聞かない方がいいぞ、ということで、梢がプルプル震えているのはそのひどい臭いに耐えているだけだ。
少し足早にダンジョンの入り口を目指し、外の眩しさに少し目を細めながら出ると、死屍累々になっていた警官たちが慌てて起き出した。
「な!き、貴様!」
「待て!その担いでいるのはまさか?!」
外にいるせいか、一斉に銃をこちらに向けてきたが、一応は一般人のはずのオフィサーを抱えている俺に銃を向けるとか、ホントにここの警官の質はどうなってんだろうね?
「コイツには偶然はち合わせてな。探索者としちゃなかなか強かったが、俺とやり合うにはまだまだ全然足りない。言っておくが殺しちゃいないぜ?」
そう言って、梢を下ろし、小瓶を取り出して中の液体を振りかけると、梢の体が微かに光った。
「そうだ、この前のアイツらだが」
「「「!」」」
「ダンジョンの奥で解放したらあっちこっち逃げ惑って面白かったぞ。お前らにも見せてやりたかった」
「き、貴様!」
「で、こんなのを落としていったぞ。大事な物なんだろ?」
そう言って、血まみれの警察手帳を二冊、放り投げる。血で汚れて見づらいが、樽谷と坂和の名が記されているそれは、もちろん、本物ではない。さすがの俺もモンスターの胃袋から取り出すような非情なことはしないよ。コスプレグッズとして売られていた物だから、じっくり見られるのは困るので、手に取ろうと近づいてきたところで、ボンッと火を放って瞬時に灰にする。「ひっ」とかいって後退っているが、それだと俺がいじめてるみたいに見えるじゃないか。心外だな。俺の方が被害者なんだぞ?
「じゃ、俺はこれで。っと、言っておくが……次にお前らが組織だって入ってきたら、容赦しない。生まれてきたことを後悔したくなるような死に方をさせてやるからな」
そう言い残してダンジョンへ戻った。
ちなみに梢に振りかけたのはほんのり光って、汚れを少し洗い流せるだけという微妙な液体。傷を治したりという能力はないが、端から見たら回復薬を振りかけたように見えたはず。
そして梢の方も「う……クソッ、待て!逃げる気か!」とか演技している。程々にしておけ。戻れなくなるぞ。
「クソッ!オフィサーというのは無能揃いか!」
「落ち着け、聞かれたらマズいだろ」
「わかってる!」
県警上層部は大荒れだった。
警察の厳重な警備を真正面から破って警官を二人誘拐。
それだけでも充分にマズいのだが、おそらくダンジョンに連れ込まれたと判断し、国内でも指折りのオフィサーと共に――彼らの認識と事実は違うが、彼らは共に入ったと思い込んでいる――ダンジョンへ向かった。しかし、モンスターの猛攻に遭って断念しただけでなく、頼みのオフィサーも重傷を負った。しかも、相手に「別にお前には恨みとかないし」と情けをかけられて、治療までされる始末。オフィサー自身は「もう一度行く」と息巻いていたが、ダンジョン庁から帰還命令が出たらしく、渋々引き上げていった。
つまり、警察のメンツは叩き潰されて原形が残っていない。いい機会だからメンツをイチから作り直すってのはどうだろう?作り直す物なのかどうか知らんけど。




