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  作者: ひじきとコロッケ
樽谷恭平と坂和太一郎
63/105

(6)

「なら……念書書いてよ」

「念書?」

「そ。ダンジョンではモンスターとの戦闘は避けられないし、どんな罠があるかわからない」


 あの兄貴のことだから、何を用意しているやら、とは口には出さない。


「だから、何があっても(・・・・・・)私に責任追及しないって」

「貴様、それでもオフィサーか?!」

「オフィサーだからよ!下手すりゃ新宿よりヤバそうなダンジョンに入るのよ?こんな素人集団、三層までいって半分残ってりゃいい方よ!」

「ぐ……」


 ダンジョン行きとして選抜されたメンバーは柔道を始めとする格闘術に優れている者ばかりだが、そんなものはダンジョンでは何の役にも立たないと頑として譲らない梢に仕方なく折れることとなった。


「念書は書く。だが、できるだけ気を配って欲しい」

「前向きに善処することを検討するわ」


 何もしないと同義である。




 遠目に見てもわかるが、梢はだいぶ機嫌が悪そうだ。あの状態の梢には近寄らないに限るのというのが我が家の男性陣の統一見解なのだが、あの警官たちは勇者だな。そんなどうでもいいことを考えながら見ている間に、警官たちがダンジョン前で整列する。あまり広くもないところにいきなりやってきて整列するもんだから、他のワーカーたちが迷惑そうな顔をしているが彼らはお構いなし。

 そして、整列した前に踏み台を一つ置き、偉そうな奴が立った。


「えー、それでは……ってちょっと待て!」

「何よ」

「なぜ整列しない?」

「は?」


 おいおい、火に油を注ぐな。このあと会って話をする()のことを考えてくれ。


「貴様!警官としての規律「知らないし」

「何?!」

「アタシ、警察官じゃないから」


 そりゃそうだという当たり前のことを言うと、梢はさっさとダンジョンへ入ってきた。とりあえず待ち合わせ場所に急ぐことにするが、何か手土産の一つでも持っていかないとおっかなくて話ができねえよと、慌ててちょっとお高いチーズケーキをダンジョンポイントで交換する。

 行列二時間待ちの店の奴。確か梢はチーズケーキが好きだったは……ず……大丈夫だよな?大人になって好みが変わってチーズケーキが嫌いになってたりしたら火に油を注いだあとにニトログリセリンをまくことになっちまう。




 本当は警察としてはダンジョンに入る前に激励というか訓示の一つでもたれておきたかったようだが、梢にしてみれば足手まといを引き離す絶好の機会。念書を書かせたことで、警官たちを守るというのは仕事の内容から切り離したが、それでもまだ油断ならない。

 ダンジョンの中は基本的に自己責任。だが、オフィサーは例外的に、特別な事情が無い限り、危機的状況に陥っている他の探索者を助けなければならないという努力義務がある。

 オフィサーは手ぶらで帰っても給料が出るから生活はできる。だからその分まわりに気を配れと言うことで、実際これまでも何度か梢は他のワーカーを助けたことがある。そういうとき、助けられた側は「ありがとう」と礼を言ってくれるので、梢としても「助けられて良かった」と思えるが、あの警官たちはどうだろうか?

 両親の見立てではこの竜骨ダンジョンの五層程度までなら梢が一人で無双できるので警官がモンスターに手こずっているところを助けるくらいは朝飯前だ。が、助けられた彼らは何と言うだろうか?

 多分、礼の一つも言わないだろうというのが梢の予想。そして、おそらくゴブリン相手にも結構苦戦しそうという予想もしている。距離をとってしまえば「近くにいなかったから気づけず、助けられなかった」という言い訳が成り立つ。だからさっさと離れる、それだけだ。

 それに、今回のダンジョン探索、梢は最悪一ヶ月かかると見込んだ準備をしてきていて、背負った荷物の半分以上が食料だ。もっとも、実際には日帰りできそうな感じになっているが。が、あの警官たちは水と食料を半日分程度しか持っていない。日帰りできる位でどうにかできると考えているらしい。馬鹿なんだろうか?

 ギャアギャア騒いでいるのをあとにしてさっさとダンジョンへ飛び込む。この先の進み方は、少し前に道順が届いていたのでその通りに進む。最短ルートらしい。


「次はこっち……で、右……まっすぐ……で、行き止まり」


 すぐ足下にある小石を軽く踏むと、地面に魔法陣が現れ、軽い浮遊感の後に長い通路の端に出ていた。そしてそこに梢が探していた陽が待っていた。




「陽兄!」

「よう……っと!いきなり飛びつくな!」

「だって、本当にいるか心配だったし」

「はは……」

「でも本当にダンジョンマスターってのになってたんだね」

「まあな」


 話はしていたが、実際に見るまでは信じられるものではないだろうからそこは仕方ないか


「ね、ね?」

「ん?」

「転移魔法陣って、転移する先を自由に設定できたりするの?」

「できるぞ。ランダムなのもあるけどな」

「そっか。これは新発見だね」

「え?」


 俺が知らなかったのも無理はないのだが、転移魔法陣は基本的にどの探索者も警戒するトラップだ。常に固定された場所へ転移するという場合でも、転移した先にいきなりモンスターがいて、臨戦態勢だったらいきなり死にかねないから当然と言えば当然か。たとえ転移先にモンスターがいないとわかっていても、魔法陣自体が小さくて一度に一人ずつしか転移できないとしたら、一時的とは言えパーティが分断されるわけだし。

 そんなわけで転移魔法陣にわざわざ乗って「お、これはランダムじゃないんだな」なんて検証をする馬鹿はいないとのこと。なので、ついでだから情報提供しておこう。


「設置したままでも切り替えできるからな」

「え?」

「ランダムと固定を切り替えたり、固定でも転移先を変えたり」

「マジで?うわ、「これは転移先が固定の魔法陣だから安心だよ!」なんてやらなくてよかった」

「はは……」




 立ち話もなんだからと椅子とテーブルを用意しておいた小部屋へ。


「こ、これ……は……」

「梢が好きかなと思って用意したんだけど、嫌いなら片付け「大好物っ!」


 四切れ用意しておいたんだけど、俺が一切れも食えそうにないんだが。


「で、いきなりこっちに来た用事はなんだ?」

「ん?顔を見に来ただけ」

「お前がそんな殊勝な事を言うとはね」

「てへ」


 チーズケーキを全て平らげたところで梢が言う。


「紅茶とかないの?」

「お前な」


 結局俺はチーズケーキを食えていない。昔からこう言う奴だよ、こいつは。


「冗談よ。あのね、これ」


 差し出してきた封筒には聡の名前が書かれていた。


「聡?」

「そ、聡兄がちょっと面白い情報をつかんだの」

「ふーん」


 中に入っていた資料にざっと目を通す。


「え?木瀬美晴の父親って、ワーカーだったの?」

「うん」

「と言っても、それがなんだって話だよな」


 確かに親の職業がワーカーというのは珍しいといえば珍しいだろう。だが、親の職業が医者ですとか、教師ですとかいったものはどうかというと、これだって珍しいだろう。

 同じように警察官だってそうだし、どっかのメーカーの研究職とか営業職とか、「会社員」でひとくくりにするかどうかという次元であって、ワーカーということ自体は珍しいといえば珍しいがよくあることといえばよくあることだ。

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