(5)
「聡、コレは本当か?」
「ああ。間違いない。ここと……ここにもそういう記録が残ってる」
「どういうこと?」
瀧川哲平と知里は聡が持ってきた紙を何度も読む。
とあるダンジョンのダンジョンセンターに残されていた、約十年前の記録。
「陽に連絡……クソッ、ダンジョンにいたら電波は届かないか。直接行くか」
「ちょっと!私たち、明日から札幌なのよ?」
「そうだった」
あと二時間後の飛行機に乗ることになっているから、竜骨ダンジョンに行ってる余裕はない。
「俺もこの後鹿児島行きなんだよな」
「アタシ、行ってこようか?明日から三日間、休暇だし」
「「「任せた!」」」
さて、警察に行く前にホテルの様子を見に来たわけだが、なんと撤退していた。
結構な人数がここに缶詰になっていたはずなんだが、一人残らず撤退していて、修理をしている業者ばかり。壊してしまったのは俺なので申し訳ないと思いつつ、ホテルの従業員の立ち話を聞いてみたところ、引き上げたことは間違いないらしい。
他のもっと遠いホテルに移動したなんて事になるとまた面倒だな。とりあえず警察へ行ってみるか。
「まだつかないのか?」
「今から東京を出るという話だそうで」
「使えん連中だな」
何を苛立っているのかと思ったら、さらわれた樽谷と坂和を救出すべく、ダンジョン庁へ協力を要請。だが、日本トップクラスの瀧川夫妻は別件で動くことになっており、こちらには来られない。そこを何とか、とゴリ押しした結果、これから休暇に入る予定だった者をこちらに派遣することになったらしい。誰が来るのかと思ったら妹の梢だった。よくもまあ休暇返上を聞き入れたものだと思う。
梢がどれほどの実力かよく知らないが、こうやって急遽派遣されるくらいだから相当なものなんだろう。何をどうしたところで既に手遅れだが、こちらに来たら手厚くもてなしてやろう。
そしてホテルを引き上げた理由もわかった。俺があそこから二人だけ連れて行ったのが理由っぽい。俺の運び方だと、二人どころか十人くらいは余裕で運べるはずなのに二人しか連れて行かなかった、と。つまり、用があるのはあの二人が最後で、警察関係はこれで終了だろうと考えているらしい。
そう考えるのは勝手だが、俺としてはさらうのに手間がかからなくなっていいので、ありがたいと思っておく。
そして、俺の襲撃のおかげで(?)活気づいている『瀧川陽関係者による脅迫事件対策本部』には、これまた危機管理がなってないというか、機密情報の扱いがなっていない、検察官と裁判官、裁判員をどこで保護しているかという情報が貼られていた。
バカなんだろうか?
探す手間が省けてありがたいと思わず拝みたくなってしまった。
とはいえ、今すぐに取りかかるつもりはないので、定期的にチェックに来ようと決めて一旦引き上げる。
警察署を出たところで自分のスマホの電源を入れる。姿を消している状態で音が鳴ったり振動したりすると一発でバレるから切っていたのだが、電源を入れた途端、メッセージ受信の通知が入っていたから切ってて正解だったな。
梢からだった。
「ええと……新幹線でこっちに来てる最中。話したいことがある、と」
駅で話せればいいが、無理そうならダンジョンで話したいことがあるらしい。
いやいや、駅で話すのはダメだろ。目立ちすぎるというか、警察の連中が出迎えに行くのは間違いないので見つかる。
見つかったところでどうなるということもないが、それで俺の家族に悪評が立つのはちょっとな。せっかく長年の誤解が解けたのだから、波風立てずにすませたい。
ということで……
「多分、警察が大騒ぎするから駅は無理。ダンジョンで話そう。適当に歩いてくれれば俺の方から行くよ……送信、と」
すぐに既読がついて、スタンプが返ってきた。謎の可愛げのないキャラクターが満面の笑みを浮かべながらビシッと両手でサムズアップしているのは、「了解」なのか、「うれしい」なのかよくわからんな。
新幹線が到着したかな、という時間から一時間弱。梢がダンジョンに入ってきた。完全武装した警察官を大勢引き連れて。どうやら警察側が「早くしないと助かるものも助からない」と急かしたようだ。急かしたってどうなるものでもないのにな。
普通に考えたら、俺が両親と遭遇したくらいの深さまで行かなければならないし、そこまで行くには何日もかかる。
その間、武器はもちろん、水も食料も持たず、モンスターと戦う術も無いような人間が生き延びられると思ってんのかね?
その辺は梢も同じように思っているらしく、うんざりした感じで聞き流している様子。それなら来なけりゃいいじゃないかと思ったが、どうやらもともと休暇を利用してこっちに来るつもりだったらしい。そこへダンジョン庁から緊急の話が来て、「交通費がういてラッキー」と考えているのは我が妹ながら現金だなと思う。
さて、ダンジョンに入ってしまえばこっちのもの。
聞いた限りでいうと、梢の実力も相当なものだから完全武装して動きの遅い警察など振り切るくらいは容易い。
あらかじめ、ダンジョンに入ったらこうやって進め、という指示を送っておいたので、最短最速で来るだろう。
「は?意味わかんない」
「何?!」
警察署に着いておとなしく説明を聞いていた瀧川梢はそれまで被っていた猫を完全に脱ぎ去って素で突っ込んだ。
「アタシが聞いてたのはえーと、樽谷?と坂本「坂和」そう、その坂和の二人がさらわれてあのダンジョンにいるから探してくれって話。ダンジョン素人の警察官二十人連れて行くとか聞いてない」
「命令だ」
「知らないわよ」
「何?!」
「命令なんて知らない、って言ったの?おじさん耳遠いの?」
「この……」
「まあまあ」
梢に限った話ではなく、全てのオフィサーはダンジョン内での行動について自由な判断が許されている。もちろん、今回の梢のように「○○を捜索せよ」という指令があった場合にはその達成のための行動が優先されるが、それ以外は現場のオフィサーの判断に委ねられる部分はとても大きい。なにしろダンジョンでは何が起こるかわからないのだから。
つまり、今回の場合、梢は「さらわれた樽谷と坂本の二名の捜索」のために必要な行動を取り、不要なものはバッサリ斬り捨てて良く、その不要なものの中に警察官が同行するという件が含まれているというわけだ。
以前、陽の両親が来たときのように自衛隊が同行する場合、同行するのはダンジョンでの訓練を重ねた部隊。最悪ダンジョン内ではぐれて孤立しても自力で生還するための行動を取れる者ばかり。そうでなければ二人が自衛隊を引き連れてダンジョンに入るなどはしなかったし、実際陽との遭遇というアクシデントはあったものの、全員がほぼ無傷で帰還している。
一方で、警察官は……ごく一部を除けばダンジョン内での行動を想定した訓練などは受けていない。そのため比較的難易度の低いダンジョンの浅い層ならともかく、イマイチ難易度がつかめていない上に深い層まで行くことが予想される竜骨ダンジョンの捜索では足手まとい以外のなにものでも無い。
「どうにかお願いします。我々も仲間のことが心配で」
「ならなおのこと着いてこないで」
オフィサーにとって最優先されるのは自身の安全。ロクに動けもしない足手まといが二十人では自身の安全は確保できないというのが梢の見解で、それは県警上層部も重々承知していることだった。




