(4)
「答えてやろう。お前らが信じるかどうかは勝手だが、俺は瀧川陽本人だ」
「嘘をつくな!」
「この期に及んで、嘘を並べ立てるとは!」
もうやだコイツら。
人の話は聞かない、質問に答えようとすると遮る、どうにか答えると嘘だと決めつけて怒鳴り散らす。もう人としてどうかしてる。
ま、このくらいのことは予想していたことだ。一応、コイツらが所属している県警本部に何度か出入りしてわかったのだが、コイツら根っこの部分から腐ってるんだよ。
警察官って公務員だよな。地方とか国家とかあるけど、公務員というのは変わらない。そして警察って税金で運営されている。
ここまでは良いだろう。
民間企業は、自分たちの事業で物を作ったりサービスを提供したりして売上を得て、その中から従業員の給料を支払っている。極端なことを言うと、従業員が全員働かず、売上がゼロだったら給料もゼロになる。
ところが彼らは……働かなくても税金から給料が支払われる。なので、ひどい部署は本当にひどく、「おいおい、コレ報道されたらマズいんじゃないの?」というくらいに働いてない。
その際たる者がコイツらを始めとする刑事部って連中だ。
一応、強盗とか殺人とかいう物騒な事件が起きれば現場に駆けつけて色々捜査はする。するんだけど……現行犯に近いレベルで容疑者が確保できないと、その後の捜査はかなりおざなりで、ぶっちゃけ逃げ得みたいになってる。
まあ、強盗も殺人も連続していないなら、その後の被害がなく、事件からしばらく経てば報道もされなくなって、住民の関心も他へ移る。となれば「捜査する労力が無駄」という発想になるのもわからなくは……わかってたまるか。お前らの仕事は治安維持だろうに。
今コイツらが一番熱心に取り組んでいるのが、瀧川陽に絡む諸々。
警察が色々と対策を講じているにも関わらず、あっさりと出し抜いていくだけでなく、警官を次々連れ去っているのだから……って、ただ単にメンツだけじゃねえか。なんなんだよコイツらは。
俺が逮捕されたときの扱いで、だいぶ警察には幻滅したけど、それよりさらにひどい実態とか、気持ちの持って行き場がない。
とりあえずこれ以上相手をするのも疲れそうなのでさっさと切り上げることにしようか。
「仮に!仮にだが、お前が瀧川陽本人だとしたら!」
「したら?」
え、この問答、続けるのか?
「貴様は、ダンジョン労働刑に服しているはず!」
「まあ、そうだな」
「それがのうのうと外を出歩いているというのはどういうことだ?!」
「どうって……」
「説明しろ!」
話が通じない奴に何をどう説明するのだろうか?
「確認だが……俺、ダンジョンで死んだことになってるよな?」
「それがどうした!」
「いや、そこ一番重要だろ?!」
「は?」
「は、じゃねえよ。俺を社会的に抹殺したのはお前ら警察で、法的に死んだことにしたのは刑務所。俺が自分で「俺は死にました」って自己申告したわけでもなく、誰かが俺の死体を見つけて「死亡確認」ってなったわけでもない」
王○人はここにはいないんだよ。あの人の場合、生存フラグだが。
「だが、生きているなら名乗り出るべきだろうが!」
「なんで?」
そこ重要。
俺が生きているのは偶然と幸運が積み重なった結果。そして、俺が何をどうしたところで冤罪を認めてもらえそうにないなら、名乗り出るメリットってないよな?
「貴様!法律をなんだと思ってる?!」
「その言葉、そのまま返すぞ」
「は?」
「ダンジョン内で日本の法律がまともに適用されると思ってるのか?」
もちろん、ダンジョン内でも物を盗むのは犯罪。人を傷つけたり殺したりも犯罪。だが、現実的には警察がダンジョン内で現場検証して捜査というのは出来ない。モンスターが闊歩していて危険というのもそうだし、捜査するために必要な機材がダンジョン内ではまともに動かないというのもある。
一応、探索者同士で申告し合う、みたいなのはあると聞くが、まともに運用されているかというと……無い。
だいたい「ダンジョンのココでこういうことが」という説明が非常に面倒なんだよ。まともな地図がないから。そして「○○が××に△△をした」と言っても、物的証拠を用意するのがほぼ不可能。
伝え聞くところによると、一部の反社会的な方々がダンジョンを色々落とし前を付けるに都合のいい場所、として使っているとも聞く。なにしろ、ゴミを捨てても勝手にダンジョンに吸収されて跡形もなく消えるからな。
ダンジョンってのはそういう無法地帯なんだよ。
「そもそも俺、戸籍がなくなっていているから、法律の適用範囲外だと思うんだが?」
「無戸籍であっても犯罪者は犯罪者として裁くのが法治国家だ!」
お前らに法治国家を語られるとはね。
「うーん、そもそも俺、人間じゃなくなってるし?」
「馬鹿なことを言うな!」
「人間でないなら何だと言うんだ?!」
うん、話がかみ合わない。
ギャアギャアとわめいているのがいい加減鬱陶しくなった。
「黙れ」
「ぐっ!」
「な……なんだ……これ」
ちょっと威圧してやった。
「黙って聞いていればピーチクパーチクとうるさい奴らだな」
「な……なに……」
「俺はこのダンジョンを管理、支配しているダンジョンマスター。このダンジョンでは俺が正義だ」
「ふ、ふざけ……」
「黙れ」
ちょっと頭にきてしまったので、全身から冷気が吹き出してしまった。だいたい氷点下三十度くらいか。コイツらがガタガタ震えだしたのは恐怖だけではないだろう。生命の危機に瀕しているのは間違いないのだが。
「俺は俺で好き勝手に復讐を続けていくだけだ」
「き……貴様っ……」
「だが、俺も鬼ではない」
龍神だけどな。
「お前らがここから無事に脱出できたら」
「でき……たら?」
「いいよ。警察に出頭してやる。いくらでも俺を逮捕するといい」
出頭どころか中に入り込んで色々情報収集したり攪乱したりしてるんだけどな」
「そ、そうか……ククッ……いいぜ、俺たちがここから出たらどうなるか、覚悟しておけ」
「吐いた唾を飲み込むなよ?」
コイツら警察じゃなくてそこらのチンピラじゃないか?
「はあ……ま、いいや。とりあえずそういうことで」
「フン……」
少しずつ俺から距離をとっていく二人に一応注意事項を伝えておこう。
「言っとくけど、ここ、俺の両親ですら辿り着けてない階層だからな」
「え?」
「世界トップクラスのオフィサーですら辿り着けない階層から、頑張って外に出てくれ」
「ちょっ」
「待て!」
言い残し、コア前へ転移。色々文句を言っていたのは無視。やれやれ、精神的に疲れた。
ボフッと布団――フカフカ度合いだけで選んだ結構いい奴――に飛び込んで少し休む。疲労回復には睡眠が一番だ。
結局そのまま寝落ちして、起きたのは翌朝。
つい先日、ちょっと広くして隠れ家的温泉旅館風に改装した風呂に浸かる。
「あ゛~」
温泉で無くてただのお湯ってところが実に残念。温泉の元入浴剤を入れるというのもいいが、総檜風呂に入れるってちょっとな、と思う。
そして風呂上がりにはコーヒー牛乳。もちろんガラス瓶に入ったヤツ。紙の蓋は針のついた道具を刺してキュポンと開け、腰に手を当てて一気にグイッと。
「ふう」
さて、昨日のアレはもう考えないことにして……もう一度警察に行ってみよう。情報収集は大事だからな。




