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とはいえ、警察もここまで来ると相当にこちらを警戒していて、関係しそうな者全員に厳重すぎるほどの警備をつけている。
樽谷と坂和の他に、もう二人、取り調べをした刑事が二人、俺がターゲットとしているのはそれだけなんだが、そいつも含めて二十名弱が二重三重のチェックを抜けないと入れないところにいる。警察関係者という意味では残り四人なんだが、俺の顔を見た者全員、みたいな数え方になってるのは、ちょっと過剰反応ではないか?ま、苦労するのは彼らだからいいけど。
で、実際彼らがどこにいるのかというと、駅の近くのホテル。宴会場フロアとすぐ上の階を警察が全部貸し切りにして、エレベータ、階段を常に二名以上が監視し、フロア全体も数名が巡回し続けているという、どこかのVIPでもきたのかと言わんばかりの体制だ。
ちなみにホテルには「機密事項のため、詳細は言えない」として規定以上の料金を支払っているんだが、税金の無駄遣いは止めて欲しいよな。あ、俺はもう納税者じゃなかったか。納税は国民の義務だけど、法的に死んだ時点で義務はないからな。
さて、これだけ厳重な警戒体制を敷いていても、光学迷彩を纏った俺は比較的自由に動ける。すぐ目の前を横切るのを避ける程度でいいのだから楽なもんだ。
ということで、ターゲットである樽谷と坂和の部屋を確認。憔悴しきって別人のようにやつれているのを見ると、ちょっと可哀想に思う。そう、可哀想だから早めにケリをつけてやろう。俺は優しいからな。経費節約にもなるし。
さて、これ以上「自分が狙われているのでは?」と怯え、家族にも心配される生活を終わらせてやろうとホテルの非常階段をゆっくり上る。非常階段という位置づけだが、実際には普段使いも可能な階段で、扉が閉まったりはしていないので実は出入り自由。
当然警戒厳重だが、ホテルのスタッフがここまで食事を運んできたりするので、全面通行止めにはなっていないのをいいことにゆっくりと廊下に出て、反対側の突き当たりの方を見る。
一番奥とその一つ前が今回のターゲットにした樽谷と坂和が家族とともに入っている。その手前に次回以降のターゲット予定が二人いるが今回はスルー。光学迷彩がキチンと機能するようにゆっくり落ち着いて歩いて行き、二つの部屋の中間で立ち止まると光学迷彩を解除。
龍神になったので水を操るのは得意だが、これからやることって、幻覚を見せてごまかせるほどおとなしくないからな。
「なっ!」
「貴様!どこから入った!」
「応援を呼べ!」
警戒していた警官たちが騒ぎ出すがこちらに来るまでに二、三秒。その僅かな間に大量の水を出し、警官たちを全てその中へ。
溺れないように頭の周りだけ空気があるようにしてやれば、騒いでいても何か言ってるかな?と言う程度。どんなに水をかいても全く動かない無力感を少しだけ味わってもらおう。
さて、廊下が静かになったところで彼らの部屋の前に。水を生み出し、腕のようにしてそれぞれのドアノブに手をかける。ノブを回そうとしても回らないのは想定通り。だが、問題は無い。まずドアの隙間に水を流し、太いネジをスパッと切断。普通ならこんな狭い位置に水圧カッターなんて、となるところだが、水を自在に操る龍神の前では児戯に等しいな。
「よっと!」
かけ声と同時にドアを無理矢理引きちぎる。
ちょっと、ドアのラッチ部分が引っかかってバキバキッと鈍い音がしたが気にせずにドアを引きずり出し、そのまま中へ水を伸ばす。
「なんだ?!」「クソッ!」という本人の声と、「キャァッ!」という、女性と子どもの悲鳴。妻子ある男性を手にかけるというのは心が痛むが、仕方ない。彼らに正義がないのが悪いのだよと心の中で謝りながら二人を引きずり出すとそのまま階段へ向かう。そう、俺が引きずられてパトカーに乗せられたように。
「動くな!」
「動くと撃つ!」
これだけ騒いだのだから上下の階からワラワラ出てきて銃を構えるがお構いなし。
先ほどつかまえて人質のようにしている者を盾にするのではと彼らは思ったのかもな。でも、俺にとってターゲットの二人以外は特に意味のある相手ではないので、盾になどせず、後ろへ放り投げておしまい。ゴン、と実に痛そうな音がしたのはご愛敬。
そしてターゲットの二人も前に出して銃で撃たれてケガでもされたら困るので、俺自身が先頭に立ってズンズン進む。
「う……撃て!発報を許可する!」
偉そうな人が叫び、一瞬の間を置いて俺に向けて一発。その直後、他の連中が撃ってきた。おかしいな。最初に威嚇で撃って、という手順だって聞いた気がするが……ま、いいか。どうせ効かないし。
普段からキチンと射撃訓練をしているようで、彼らの弾丸はほとんどが俺への命中コース。しかも心臓のある左胸付近が多い。次いで眉間が多いのはなんの冗談だと思うが、どれもこれも無駄。
今回、ここに来るために新調した服――といってもユ○クロだ――が少しほつれる程度で、俺自身には弾丸に付着していた煤がつく程度。なんなら指でつまんでパチンと弾き返してやっても良いが、彼らは俺のターゲットではないので怪我をさせたり致命傷を与えたりといったことは避けたいのでグッと我慢。
俺は犯罪者ではないし、無差別殺人者をしようともしていない。ただ単にやられたことをやり返すことで、自分の主張の正当性をわかってもらいたいだけなのだ。
もっとも「お前の言い分はわかった。瀧川陽は無実だった」と今さら宣言されても「もう遅い」けどな。
あと、跳弾で廊下の壁に弾痕が残るのもマズいだろ?修理すればいいだろうけどさ、基本的に銃の所持が認められていない日本でそんなことになったら、ホテルもいい迷惑だろう。
そんなことを考えながら一歩ずつ歩みを進める。
銃弾が当たっているのになんの効果もないのを見て、少しずつ後ずさりしているが、こちらの方が少し速いので、一歩進む毎に距離が少しずつ縮んでいく。
「な、なんで止まらない?!」
「当たってるんだぞ!なんで平気なんだ!」
中には思い切った狙いを付けて、目に当たるのもあるが、まったく問題なし。
そしてついに二メートルほどの距離に近づいた時点で一旦足を止める。
これ以上近づいたら効く、というわけでは無く、ただ単に邪魔。
俺はターゲットをダンジョンに連れて行くことに関して手段を選ばないが、ターゲット以外に危害を加えるつもりは無い。
とは言え、こうやって廊下いっぱいに立ち塞がられると、さてどうしようかとなる。
「よし、こうしよう。しっかり逃げろよ」
「「「は?」」」
俺の唐突なひと言に、銃を撃つ手が止まり、ポカンとした顔になる。そしてその目の前にいきなり水の壁が現れると、ギョッとして一歩下がった。
「もう少し下がった方がいいぞ」
「「「え?」」」
そのままグルグルと水を回転させてやるとわずかに飛沫が向こうに飛ぶ。そして、
「熱湯になれ」
ボンッと音がして一瞬空気が爆ぜ、刑事たちのいる側だけ湯気があふれ出す。直後、
「熱っ」
「お、お湯だ!」
「ちょ!下がれ、下がれ!」
水の壁が熱湯の壁に変わり、熱気に危険を感じた一列目が下がろうとするがその後ろがなかなか動かないので、コレは少し可哀想かと助け船を出してやる。
「これ、八十度くらいだからまともに浴びると、ちょっとひどいことになるぞ」
慌てて下がっていった。よしよし、聞き分けがいいな。