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「クソッ!まだわからんのか?!」
「それが、やはりいつも通り指紋の一つも検出できていません」
「封筒も印刷したと思われるプリンタも量産品で、どこでも買える物。購入者の特定は不可能です」
「映像の入っていたメモリーカードもどこでも買える物ですし」
「記録に使われたドライブレコーダーの機種は特定しましたが、手頃な値段と取り付けの用意さで売れている商品のようです。これも購入者の特定は難しいかと」
警察署の様子を見に来てみたら大騒ぎになっていた。予想していたけどな。
逮捕に協力した民間人、裁判員、駅員。ここまではいい。問題は自分たちのお仲間である警察官、それも俺のことを調べようとしていて本人の警戒感も相当にあったはずの刑事が二人同時に行方不明。もちろんダンジョンに連れ去られたのは間違いないと判断していて、それは正解だと花マルをつけてやりたい。
そして新たに入ってきた情報。
高速道路で大破した車に「警察の皆様へ」と書かれた封筒が貼り付けられており、その中を見たら煽り運転の一部始終に、その車が盗難車でナンバーも偽造ということが書かれたファイル。そして、その本来の持ち主が「盗まれた」と書き込んでいたSNSのスクショなども入っていた。
これまでのことも合わせて考えると、この事故――事故と呼ぶかどうか疑問だが――を引き起こしたのは滝川陽関連の謎の人物。迫本は滝川陽逮捕時に協力した民間人の一人で、同じように行方不明になっている者がいることを考えると、狙われていることは明らかだったので、警護をつけようかという提案もしていたのだ。それを断っていたのは、盗難車を乗り回しているとか、煽り運転の常習者とか、そういう理由だったのか。ということをわからせにきたと同時に、警察を嘲笑っているようにも思える。
「福岡県警から情報来ました」
「やはり盗難車で間違いないと」
「そうか」
「ただ」
「ん?その……盗難車の届けを出した方のところへ伺ったところ」
「どうした?」
「その……今朝、同じ車が届いていたと」
「は?」
「なんでも……「盗まれた車は大破してしまいましたので、代わりに新車をお持ちしました」とか言って置いて行かれた、と」
「す、すぐに調べろ!」
「それが……きちんと登録されているとかで」
「何?!」
「車内に残っていた書類から、販売店にも問い合わせたのですが」
「わからなかったのか」
「はい。販売の記録はあったのですが、対応した記憶が無いそうです」
ハア、とため息をついて捜査本部長の久貝賢哉は改めて世戸の方を見る。
赤谷と冴島のグループを率いていた世戸も何が起こったのかさっぱりといった状況だ。朝、二人が出勤してこなかったのを不審に思い、世戸が電話をしたが繋がらず……どころか、なぜか発信した履歴が残されていた。もちろん、同じグループで捜査をしているので、それまでにも何度か通話した履歴は残っていたのだが、この発信履歴はおかしい、と。
何しろ、その時間帯、世戸自身は他のグループのリーダーと相互の情報交換、今後の捜査方針の意見交換をしており、スマホは机の上に置いたまま。十名ほどのベテラン刑事が見ていたのだから信憑性は高かったのだが、それでも発信履歴があったのは事実。ということで世戸に事情を聞いているのだが、本人も何が何やらという状態。無理もない。本人は話を始める少し前に捜査中に撮影した何枚かの写真を警察のサーバへアップロードした後、話をしている間は使わないからと机の上に出しっぱなし。他のグループのリーダーも似たり寄ったりで、自分のスマホに触れていたのは二名ほど。それも、聞き込みをしたときの内容を録音したものを再生しただけで、誰も通話、通信はしていない。つまり、誰かが「ちょっと借りるぞ」と使ったりもしていないのに、発信履歴があるのだ。
明らかに怪しいのだが、追及する意味が感じられないという実に面倒な状況。これを滝川陽の関係者が造り出したのだとしたら、なかなかの策士かも知れない。
「車を調べるよう手配だ。さすがに指紋が残ってるだろう」
「それが」
「どうした?」
「協力を拒否されました、と」
「ハア?」
警察の捜査協力を拒否。公務執行妨害で引っ張れるだろうと思ったが、どうやらそうは行かないらしい。
「車の中に迫本のものと同じようなメモリーカードがありまして」
「同じような?」
「はい。こちらは車検証の写真や、ナンバーを付け替えたときについたらしい細かい傷、あとは……我々に残されたものよりも長い事故の映像」
「それがどうした?」
「我々の映像では煽り運転は二分弱でしたが、こちらの映像では十分以上続いていたと」
「だからそれがどうしたんだ?」
「「警察が捜せなかったのを見つけて、犯人も罰してくれた上、車を新車で持ってきて下さった。私が信用するのはどちらかわかりますか?」と言われたそうです」
事故に遭って大破した車は盗難車だった。だから盗難の被害届を出した本人の元へ向かったら、既に別の車に乗っていた。ただそれだけでしょう?と。
なるほど確かに警察が「車が見つかりましたが……」と行ったときに既に別の車に乗っていてもおかしな話ではない。それが同じ車種、同じ色というのも不自然ではない。それをどのように入手したとしても、その新しい車を警察が調べるには相当な理由が必要だ。
「車を持ってきた人物が重要事件の容疑者だ、というのは?」
「人当たりの良さそうな方だったそうです。なんでも「偶然、盗まれたあなたの車らしいのを見かけまして。ええ、大破していました。で、たまたまある伝手からこの車をいただいたのですが、来週から海外へ引っ越すもので、持って行けないのです。良かったら受け取っていただけませんか?」と渡されたそうです」
「ぐぬぬ……」
「さらに「最新のセキュリティ機器をつけているので今度は盗まれないと思いますよ」と付け加えられたとか」
「ふざけるなっ!」
とりあえず福岡県警には猛抗議しておくこととし、この件は一旦置いておくこととなったようだ。
ちなみに最新のセキュリティといっても、ダンジョンポイント的にはそれほどすごい物はついていない。ただ単に車検証に書かれた本人とその家族プラス許可された人物以外はドアを開けることすらできないようにしただけ。日常使いには全く問題ないし、点検に出したときも整備員に一時的に許可するだけになるので、数日間点検に出している間に盗まれる、という心配も無いようにしておいた。まあ、持ち主が結構若いので、この先一生あの車を使うわけでは無いが、少なくともあの車を使っている間は盗まれる心配は無いというわけだ。防犯意識が下がりそうなのが難点かな。
そんな感じで捜査本部を刑事たちが右往左往して大騒ぎになっているのを確認し、一旦警察署を出る。
「さて、次のターゲットは、樽谷恭平と坂和太一郎だ」
どちらも俺を逮捕した警察官だが、俺の言い分を聞かないどころか、親の仇かというくらいに腕をひねり上げて拘束し、「自分で歩くから」と言ったのを無視して引きずりながらパトカーに押し込んだ奴らだ。
疑わしきは罰せずとか、容疑者と犯人の違いとか、そういうのを通り越していて、いっそ清々しいくらいにひどい扱いをしやがったので、同じ目に遭わせずにいられない。そういう相手だ。
これが、少しでも聞く耳を持ち、それなりの扱いをしていたのなら、「通報を受けた以上は対応しなければならない」という彼らの職責に免じて、とも思ったんだけどな。日頃の行いがこうして返ってくる。自業自得だな。