(5)
「ゲホッ……ゲホッ……これは」
「完全回復薬だ」
「かん……」
「どんなケガでも病気でも瞬時に治る。手足が千切れていても、首がもげかけていても生きてさえいれば治る。すげーよな、ダンジョンで見つかる薬って」
完全回復薬の存在は予想されているが実際に見つかったという話は公式には無い。見つかっても秘密裏に色々処理されるんだろうけど。んで、公表されている範囲ではこの十分の一くらいの効果を発揮する回復薬が年に一、二本見つかり、億単位で取り引きされると言うから、コイツの価値は……
「ざっと数十億?いやもっとかもな。こう言うのを欲しがる奴はいくらでも金を出しそうだ」
「それで……何が言いたい」
「ん?ああ、そうだな。周りを見ろ」
「宝箱?」
「そうだ。これ、全部完全回復薬が入ってる」
「え?マジで?」
「ここで嘘ついても意味ないからな」
用意した宝箱は全部で百。中身は全部完全回復薬。まったく今回はダンジョンポイントの消費が多いな。
「さて、ここからが本題。まずここの宝箱には罠とかそういうのは一切無い。開けたらモンスターが現れるなんて事も起こらない」
「信じられるか!」
「信じようが信じまいが俺には関係ないんだよ。さて、ここは滝川陽が死んだ竜骨ダンジョンで、俺はこのダンジョンの支配者だと覚えておけ」
「ダンジョンマスター?」
「おう。さてと……別にお前をここで俺が殺したりはしない」
「は?」
「俺の目的はお前をここに連れてくること。要するに滝川陽が味わったのと同じ絶望を味あわせるのが目的なんだよ。そしてここを脱出するのは自由だ」
「え?」
「俺は妨害しないぞ」
ダンジョン内のモンスターは自由気ままに人間を襲うが、それは俺が指示しているわけじゃない。俺はモンスターたちに「好きにしろ」としか指示していないからな。
「もちろんこの完全回復薬を何本持って行ってもいいぞ。自由だからな」
「マジか?!」
「じゃ、頑張れよ」
無理だと思うけどな、と心の中で付け加えてコア部屋へ戻る。
なぜ無理かって?そりゃあ……あの完全回復薬、瓶に説明が書いてあって、一人に一瓶全部使うことと書いてある。コレはいいだろう。二人で半分ずつ使って、ということをしても何の効果も発揮しないというだけだからな。問題は……あれ、メチャクチャ重いってこと。どういう成分かわからないけど、二リットルペットボトルくらいのサイズのくせに約三十キロ。鉄の塊みたいな密度のくせにごくごく飲める液体って、ホントに不思議だよな。瓶自体はせいぜいビール瓶よりちょっと重いかなという程度だから薬そのものが重いのは明らか。そして、そんな重い瓶を抱えてダンジョンを歩く?しかもオーバーハングの壁をよじ登って?できるわけないだろ。
ということで、既に俺は迫本のことを頭の中から消し去って、コアを操作する。後始末をしないとな。
「えーと、あった」
迫本が乗っていたのと同じ車種、グレード、色。ポチッとやってから担いで外へ転移。
「はあ……なんか、尻拭い感がひどいな」
ぼやきながら空へ飛び上がり、九州へ向けて出発。
迫本の乗ってた車、盗難車なんだよ。すごい人気車種らしくて納車まで一年以上待ちとか。そんなわけで盗難件数も結構あるらしく、念のために調べてみた結果がコレ。迫本の交遊関係の中に、車の窃盗をしている連中がいるらしく、その伝手で遠路はるばる九州の方から持ってきたらしい。その行動力、普通に働いて稼いで買う方向に向けられないものか……って、それができたら真っ当な人生を歩むか。
んで、ナンバーも別の盗難車と入れ替え済み。この辺の手際の良さからわかるとおり、相当な件数をこなしていたらしい。なんだけど、車検証は元の持ち主のまま車の中に入ってた。見落としていたというわけではないらしく、追及されたときに言い訳しやすく用意していたらしい。どういう言い訳なのか、知りたくないけどな。
車に細工でもしてやろうかと下調べをしたときに車検証に気付いて、おかしいなと思ってSNSで探してみたら、「盗まれた」というのを見つけた。俺が盗んだわけじゃないけど、廃車になるまで破壊したのは俺で、さすがに可哀想に思えたので、同じ車を本来の持ち主の元に届けようかな、と。
迫本が今までに乗ってた車も盗難車だったのかとか、車を盗んでいる連中の全容は知らん。だが、警察がまともに盗難車の追跡をしていないとか、ナンバーまではっきり映っている煽り運転の映像とかでも動こうとしていない時点で……なあ?
「よし、開けてみるか」
ダンジョンマスターとやらが姿を消したので早速手近にあった宝箱に近づく。罠はないと言っていたが慎重に……ちょっと蓋がギシギシ軋む程度で普通に開いた。中身はガラスでできた瓶が一本。念のため他の箱もいくつか開けてみたところ、全部同じ瓶が入っていた。
「これだけありゃ一生遊んで暮らせるぜ」
金はいくらあっても困らない。
最近ちょっと不景気らしくて親父の会社が少し経営が厳しくなり、自由に使える金が減った。そのせいで、買おうと思っていた車がなかなか買えず、オマケに人気車種とかで納車一年待ちとかふざけたことをディーラーで言われたから、伝手で車を手に入れた。色もグレードも思った通りだが、所詮は中古車の位置づけだからちょっと不満があった。だが、これを何本か持ち帰って売れば、ベ○ツもフェ○ーリも好きなだけ買える。
頭の中で同じグレードでも色違いを揃えてもいいかとか、車庫を大きくしないと……いや、どうせなら広い土地を買おうかとか、色々考えながら瓶を持ち上げようとして、ひっくり返った。
「何だよこの重さ!」
あのダンジョンマスターとやらが片手で持っていたから軽いかと思ったら予想外に重かっただけで、持ち上げてみると持てないことはないという重さだった。だが、これを持って歩くというのはそれなりに重労働。普通ならこんな者を持って歩き回るなんてしたくないが、これ一本でどれだけの価値になるか想像もつかない代物。
これを売って入ってくる金を考えれば、運ぶのにちょっと苦労するくらいの重さなどどうということはない。
近くの箱を開けて五本追加。両手に一本ずつ持って、ちょっとふらつきながら歩いて運び、ある程度のところで置いて元の位置へ戻り、と一人ピストン輸送で運べば行けるだろう。
「これで俺は大金持ちだぜ!」
迫本の父親は一人で会社を立ち上げ、それなりの規模にまで成長させた手腕の持ち主。そしてそんな彼を陰日向で支えた妻もかなりの才覚で、地元の商工会では名の知られた夫婦だった。
そんな両親から生まれた晴喜だから、それなりの素質はあったはずだが、何不自由ない生活と、忙しさでロクに厳しく躾けられなかったという環境が、おつむの足りない男に育て上げた。
彼が知るべきだった言葉は捕らぬ狸の皮算用か、二兎を追う者は一兎をも得ずか。それとも舌切り雀の昔話のような教訓か。
いずれにせよ、彼が宝箱から取り出して必死に瓶を運び続けること数時間。瓶を抱えていなくても登れそうにない壁を前にした彼の姿は、おもちゃ屋の前で欲しいおもちゃを買ってもらえずだだをこねる子供と大差なかったが、その様子を見ていたのはダンジョン内のモンスターだけ。
盗難被害者へ車を届けに行っていた陽に、そんな情けなさ全開の姿を見られなかったのは迫本にとって幸いだったのかも知れない。