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サービスエリアを出て走ること五分。時間帯的に交通量はほぼゼロで、後ろから迫本の車が迫ってくる位。反対車線も車は無し。
「実に良い!実に良いよ!」
舞台は整ったと、思わず拍手してしまった。
さて、そのまま走行車線、つまり左側の車線を走らせていたのだが、迫本はそのまま後ろにつけ、スイッと追い越し車線に変更して――ウィンカーを出していないのがポイント高いな――加速しながら俺の斜め前に。そしてそのまま――当然、ウィンカー無しで――俺の前に入り込んでくると、ブレーキをかけた。
煽り運転のお手本のような運転だな。
俺がダンジョンマスターになる数ヶ月前から、ネットで時折見かける、煽り運転を記録したドライブレコーダー映像。中には常連かよ、といわんばかりに同じ車によるものがいくつかあり、そのうちの一つが迫本だった。コイツの車、目立つんだよ。いわゆるSUVで黄色系という……なんでコイツ捕まらないの?と言いたくなるような。
もちろん、顔などを出すことなく、煽るだけ煽ったらそのまま走り去る感じなので、これが迫本だという確認には少し手間取ったが、こっそり空から見ている最終に煽っているのを何度か確認。手口そのまんまどころか、俺が見ていた現場がネットに載っていたりもした。
その時点で胸糞悪かったので、車ごと持ち上げてダンジョンに放り込もうとしたのをどうにか思いとどまり、何でコイツが捕まらないのか、念のために確認した結果もかなりクソだった。
コイツの親、ちょっとした会社の社長で、オマケに県議会議員なんだってさ。だから警察も忖度してコイツをつかまえたりしない……というのがネットのもっぱらの噂。警察が動かない理由としては、実に下らないというか酷い理由だが多分当たりだろう。俺を冤罪逮捕するのには全力出した癖に。しっかり仕事しろよ。具体的な被害者多数だぞ。
さて、コイツの煽り運転にはいくつかパターンがあるのだが、そのうちの一つ、追い越して強引に割り込んでブレーキという、まさに理想型が繰り出されたわけだ。
このタイプの煽り運転が成立するのは、煽られた側――つまり、今回は俺――が、慌ててブレーキを踏むから。そりゃそうだ、車同士がぶつかったら……修理費とか面倒臭い話になるし、怪我でもしたら、となるからな。それは煽っている側にも言えること。慌ててブレーキを踏むことを想定して、少しだけ減速してすぐにブレーキを離し、加速していくのが言わば王道で、今までもそうしてきたのがよくわかる、慣れた感じの流れだった。実際慣れてるんだろうな。ほぼ毎週のようにやってるんだから。
でもその流れは、今回のように、気にせずアクセルを踏み込むタイプには通用しないんだ。
良かったな。新しいパターンを体験できて。一回きりだぞ?
ガシャン!と派手な音をさせて激突し、迫本の車が一瞬跳ねて前に弾かれる。そしてそこにさらにアクセルを踏み込んで追撃。そして追撃。また追撃。
ちょうどカーブにさしかかっており、そのままカーブしている壁面へ迫本の車を叩き付けてやり、さらにもう一回ダメ押しして、車を止めた。
まだ死んでないよな?よし、ちょっとだけ手が動いたのが見えた。
今回用意した車、見た目は普通のミニバンなんだが、ボディ全体をオリハルコンにしてあるので、とても頑丈。多分俺の本気のデコピンくらいではへこまないくらいに。ただ、コストがアホみたいにかかっている上、重さもざっと十トン以上。正確なところは知らん。当たり前だが、改造した結果まともに走らなくなってしまったので仕方なくエンジンも換装。よくこのサイズに収まったと感心するしかない改造で、エンジンだけならデカいトレーラーをひいているトレーラーヘッドのエンジンと同クラス。ダンジョンポイントによる改造だから音と振動も静かです、という謎の車に仕上がっている。こんなのにぶつかられるって、戦車に追突される方がマシかもね、という感じだろうかね。普通に見かけるミニバンと比べて重さで五倍以上、馬力で倍以上。躊躇うことなく加速するオマケ付きだ。
しかもこの車、ダンジョンに回収しても、普通の車としてポイントに還元されるという残念仕様。オリハルコンはどこ行った?って感じだ。そして、オリハルコン製ボディに変えるという高価なカスタムをした結果、鈍い真鍮色の車が出来上がり。これじゃ目立ちすぎるので、慌てて適当な色のスプレーで全体を塗装と、手間もかかっている。ま、その手間暇もこの復讐のためと思えば……うん、今回のターゲット、迫本にはこのくらいやっても別にいいよな。
っと、迫本の車、長さが半分くらいになっちゃったか。
そりゃそうだ。「衝突安全ボディ」を謳う自動車メーカーもオリハルコン製の車に追突されるなんて想定しないだろうし。
「さてと……うん、いい感じになってるな」
運転席の迫本は時々痙攣するようにピクピクしている程度で、まだ生きているのを再確認し、ササッとドラレコからメモリーカードを取り出してノートPCへセット。中身を確認して前後を適当に切って保存し、「警察の皆様へ」と印刷した封筒の中へ。そしてテープで迫本の車に貼り付けてから、ドアを開けようとして……開かなかった。ちょっと潰しすぎたか。仕方ないのでバキッとドアを外して引っ張りだし、手足を縛って口も塞いで後部座席に放り込む。手足が折れてるから暴れたり逃げ出したりという心配はしてないが、騒がれるとうるさいからな。この車の運転、重いだけあって気を遣うんだよ。さて、帰ろうか……っと、迫本の車、どうしようか。残しておくと邪魔とかそういう意味ではなく……ま、いいか。警察の無能さが白日の下にさらされるだけだし。ま、個人的にフォローはしておくけど。
一応、交通の邪魔にならないように路側帯に押し込んでおき、外したドアもそばに立てかけておく。通りがかりの人がびっくりするかも知れんが、スマン。あ、通報はお願いします。
「迫本、起きろ」
「っ!な……ゲホッゲホッ!」
数発ゲシッと蹴りを入れてようやく目を覚ました。
「よし、起きたな」
「こ……ここは……っ!痛てっ!あ、足がっ!」
「足だけじゃないだろ?」
「ゲホッ!ゲホッゲホッ!」
足は完全に逆方向になっているので痛いだろうな。痛いを通り越してるかも知れん。そして肋骨も折れていて、多分どこかに刺さってるな。咳に血が混じってるし。
「さてと、簡潔に行くぞ。滝川陽、わかるな?」
「たき……」
「まあ、お前を痛めつけてる理由は簡単だ。お前、俺を取り押さえるときに何回か殴っただろ」
「……」
「ま、いい。お前は何もしていない無実の俺を殴った。おかげさまで俺は冤罪でダンジョン労働刑で法的には死んで、こうしてお前に復讐が出来る」
「……」
「ま、お前も今のままだったらいずれはこうなるはずだった……ならないか。警察が色々忖度するからな。ま、代わりに俺がお前に引導を渡すってだけ」
「……」
「ん?気絶したか。だが安心しろ、まずケガは治してやる」
手にした瓶の蓋を開け、中のドロッとした液体をドバッと全身に浴びせてやると淡く光り、全身の傷が癒えていく。健康に悪そうな色してるけど効果は確かだな。




