(2)
「ええとな、お前が逮捕されたって連絡は確かにあったんだよ」
「一応私たちはオフィサーとしては上位だから、周りが色々と配慮するの」
「へー」
「父さんも母さんも、お前のことが心配で面会に行こうとも思っていたんだ」
「は?」
「お前が家を出たあとに性格がねじくれたんでもない限り、お前がそんなことをするはずがない、何かの間違いだって」
「そう信じていたのよ。だから「こうなったのはお前たちのせい。お前たちとは親子の縁を切る」なんて伝言があったって聞いて」
「え?」
「「え?」」
色々おかしい。
「俺の弁護士が、突然こんな連絡があったって言ってたんだが……」
「俺たちはすぐに面会を申し入れたんだが、お前の弁護士が「縁を切る」って言いながら、会うつもりはないと言っていると……」
「アイツが諸悪の根源かよ」
そろって頭を抱えるしかなかった。
「弁護士……氏間だったか」
「ああ。といっても国選弁護人だから俺に選ぶ余地はなかったんだけどな」
「他に何かあるか?」
「何かって?」
「お前の裁判で他にこう、普通ならこう言うことを調べるだろうとか証拠に出すだろうとか」
「ぶっちゃけて言うといっぱいありすぎる」
「は?」
「いっぱいあるってどういうこと?」
「そうだな……とりあえず俺が逮捕されたいきさつから説明しておくか」
俺が逮捕された件はただ単にどこの馬の骨とも知れぬ高校生に痴漢行為を働いたという程度しか知らない両親に、俺が夜勤明けで傘がぶつかっていただけで……と言うことを説明したのだが、話している間に二人の怒りゲージが上がっていくのが目に見えるようだった。
「乗っていた電車の向きが逆と言うことが一切扱われていないのが不自然すぎるな」
「樫川高校って……確かに陽が会社から帰る方向ね。どうして誰もそれを指摘しないのかしら?」
「会社も夜勤明けだったと答えたんだろう?それがどこにも出てこなかったというのもおかしい」
「陽」
「ん?」
「確かにお前は成人して、独り立ちした大人だ」
「あ、うん」
「そして、見た目はずいぶん変わってしまった。それでも、お前は俺たちの息子だ」
「……」
「そうよ。かけがえのない、大切な家族よ」
「かぞ……く」
「そうだ」
「これだけは言わせて。私たちは親としてはとても未熟かも知れないけど、それでも陽のことを聡や梢と同じように大切に思う気持ちだけは胸を張って誇れるわ」
「親父……お袋……」
視界が突然滲んできた。
涙が溢れてきた。
「陽。俺たちのこと……まだ親と呼んでく……れる……んだな」
「ああ……うん……うん」
「心配したのよ……ダンジョン労働刑なんて、って」
「ゴメン……心配かけて……ゴメン」
「いいんだ。親ってのは子供の心配をするのが生き甲斐なんだからな」
「そうよ」
そんなふうにいい歳した大人が三人揃ってちょっと涙ぐんでいたら、玄関が開く音がして、足音が二つ近づいてきた。
「ただいま……って、誰?」
「おかえり聡、梢」
「うん、ただいま……ってそれ……あ!陽兄っ?」
「え?嘘だろ?え?マジで?」
俺の弟と妹の聡と梢だった。
「はあ?何それ?意味わかんないんだけど?」
「俺も全く意味がわからん。ってか兄貴のその姿も意味がわからん」
「それに関しては俺にもどうにもならないんだよな」
なんだかちょっとふわふわした感じがする。そう、これは……俺がレベル測定を受ける前の頃の我が家の様子に近い。あの頃は両親が一流の探索者という以外はごく普通の、仲のよい家族だった。
それがちょっとしたボタンの掛け違いで、互いの心がすれ違って。
本心を互いに告げられないままバラバラになってしまって。
それが最悪の形で終わったかと思ったら元通りに戻って……いや、完全に元通りなんてないか。なんのトラブルもなく暮らしていたって、年月が流れれば子供は成長して学校を卒業し、自分で働くようになっていくわけだし。
だが、ちょっと当時のことを思い返すと……測定を受ける少し前くらいから、新宿ダンジョンの難易度が恐ろしく上がり、何が起きたか原因調査――調べたってわかるはずもないが――のために両親が忙しくなって、あまり話が出来なかったように思う。
アイツがダンジョンマスターになった頃か。偶然とは言え、恐ろしいな。
「ま、意味がわからんってのは俺もそう思うよ。だけど事実、俺は逮捕されて問答無用で有罪になって、竜骨ダンジョンの亀裂から落ちてこの姿になった」
「んで、俺たちよりも強い……親父やお袋も軽くあしらえるような強さになった?」
「そういうこと。やるつもりはないが……そうだな」
ガタッと立ち上がり、指を二本立て、有名な漫画に出てくるマッチョ系キャラのマネをする。
「「クンッ」ってやったら関東一円を更地にするくらいできるぞ」
「マジかよ」
「ええ……陽兄がそんなこと……あ、できそうね。うん」
物わかりのいい弟と妹で兄ちゃんは嬉しいよ。
それからしばらく、話し忘れたことがないか確認し合ったが、これ以上新しい情報が出てくることは無く。結局のところあの弁護士含めた周辺が何かをやらかしたのでは?くらいしか結論が出なかった。となると、できることは限られてくる。
あの裁判、弁護士と裁判官が色々おかしいのは明らかだろう。
いい加減な証拠しかないくせに起訴に踏み切った検察も色々アレだが、それ以上にロクに弁護していないというか、被告の利益のために動いたとは言えない弁護士に、疑わしきは罰せずの原則通りに動かなかった裁判官。
裁判員?ぶっちゃけどうでもいいと思ってるよ、俺は。
「とは言え、裁判官はお前が二人始末してるだろう?」
「まあね。だが、残り一人が問題だ」
「問題?」
俺が残り一人の所在は掴んでいること、そしてどう見ても裁判の時に見た人物と別人だと言うことを告げると全員が「え?」となった。
「その……髪型がちょっと違うとか、そういう違いではないんだな?」
「そうだな。裁判中は背の高さまではよくわからなかったが、明らかに体型が違う。俺が裁判の時に見たのは……そうだな……親父、親父みたいなガッチリした体型だった。だが、当人を見に行ったら、それこそどこにでもいる、ごく普通というと何だけど、特に鍛えているわけでもない、年相応って感じの人物だったんだよ」
「ふむ……なるほどな」
「さすがに別人過ぎるんで、対応は後回しにしてる。別人だったらマズいからな」
「そうだな。弁護士は?」
「あー、見た目が別人なのはソイツだけ。あとは全員俺の記憶通り」
「と言うことは?」
「全員、俺と同じように竜骨ダンジョンの奥深くを体験してもらうよ」
「そうか……はあ、ま、いいか」
「え?」
普通は「いい加減にしろ」とか止めるんじゃないかな?
「好きなようにやれ」
「いいのか?」
「ああ。お前の話を聞いて、いろいろと合点がいくところがあるんだよ」
「いろいろ?」
「そうね。そもそも……あのダンジョンに私たちが行くことになった経緯もおかしいし」
「どういうこと?」
オフィサーは公務員。これは間違いない。だから、ダンジョンに行くのは公務で、どこのダンジョンに行くかは管轄しているダンジョン庁が決める。そして、ほぼ全ての都道府県にある程度の実力のオフィサーが配置されていて、余程のことが無い限り県をまたいで向かうと言うことはない。
それが今回行われた。
鬼火ダンジョンも竜骨ダンジョンも、ここ東京都からは新幹線の距離。車だと三~四時間で、東京を担当しながら、状況によっては海外へ派遣されることも多い二人が行くというのはそもそもおかしいという。鬼火ダンジョン周辺を担当しているオフィサーは五、六人いるそうだが、十層くらいはピクニックするみたいに行ける実力者だと言うから、確かにおかしいな。