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東京都は二十三区内、もっというと丸の内からそれほど離れていない場所に俺は来ていた。
言うまでもなく都心の一等地であるここは、ダンジョンが現れてから二十年ほど経った頃、その姿を大きく変えた。わかりやすい話だが、政府がダンジョン探索のために色々と策を講じ、オフィサーの住宅を用意したのだ。
もちろん全国各地にそうした場所は用意されているのだが、都心にあるここはオフィサーの中でも上位の者がメイン。
地方にあるものは、その地域のダンジョンで主に活動するオフィサー向けで、ここは関東地域がメインであると同時に、日本全国だけでなく海外のダンジョンへ派遣されることもある者が主に住んでいる。
わかりやすい例が俺の家族だ。
俺が物心ついた頃には既に両親が日本でもトップクラスのオフィサーだったこともあって、俺が育ったのもここ。なので、なじみの場所であると同時に、あまり他では知られていない事にも色々と詳しい。
そもそもなぜオフィサー用の住宅を用意するのかと言うと、主な理由は三つ。
一つ目は、オフィサーが公務員に準じるため、福利厚生というか住宅手当というか、そういう位置づけ。
二つ目は、何かあったときに素早くオフィサーに連絡をつけやすく、動かしやすい場所にいさせるため。
そして三つ目は、防犯的な意味合い。
ダンジョンから得られる物は高額で取引される物が珍しくないのは言うまでも無い。
ゴブリンの魔石なんて二束三文だが、ある程度以上の魔石は何十万もする物がゴロゴロ。他にも希少な鉱物や毛皮、肉などの他に怪我や病気を瞬時に治すポーション、色々不思議な能力を持つ魔道具などがある。当然、そうした物品の値段は天井知らずで、嘘かホントかオークションで億からスタートし、桁が二、三桁増えてしまう物もあるという。
そして、上位のオフィサーはそうしたものを持ち帰ることが多いことも知られているし、物によってはニュースにもなる。
そうすると、良からぬ事を考える者がいるのだ。
が、オフィサーが公務としてダンジョンに向かった場合、手に入れた物は全て回収され、オフィサーの手元には残らない。下手をすると、臨時ボーナスみたいなのも支払われないなんて事もざらにある。元々が高給取りだし、だいたい昇給するらしいけど。ところがこうした事情はほとんど知らされていないので、オフィサーの自宅に侵入しようと試みる連中はあとを絶たないのである。
では、そうした窃盗を防ぐための措置なのかというとそうではない。
オフィサーと言えど人の子。自分の家に不審者が現れたら、必死に抗う。自分の身を守るため、家族を守るために。だが、その時振るわれる拳は、あるいは繰り出される蹴りは人間のレベルを超えていて、ともすればブロック塀くらいは簡単に粉砕してしまう。そんなのが人間に向けて放たれたらどうなるかなど言うまでも無い。
正当防衛といえど、結果として人が死にましたというのは、外聞もオフィサーの精神衛生上もよろしくないのは確かなので、こうして住む場所を限定する一方で、出入りの監視の他、各所に警官を配置し、良からぬ事を考える者が現れないようにして、不幸な事件が起きるのを防いでいるのである。つまり犯罪者を出さないため、もとい、犯罪者の身の安全のために色々と対策を講じているというわけだ。
俺も何だかんだで高校を卒業するまではここに住んでいて、出入りするたびに身分証の提示が求められる生活を送っていた。思い返してみると面倒だったが、当時としては日常の一部だったので面倒とは思わなかったなと思いながら、警備が数名並んでいる門の方をチラッと見るとそのまま車を走らせた。
そして、ちょっと離れたところにあるコインパーキングに停めて少し歩き、チェーンだけどちょっとお高めの喫茶店へ。
ここまで高速を二時間走ってきたからちょっと疲れたんだよ。新幹線の距離だから最初は新幹線にしようとしたんだけど、ちょっと次のターゲットの絡みがあったので、車移動にしたんだ。しかも車は特別製なので、ガソリンバカ食い。まったく今回のターゲット、迫本晴喜は出費が嵩む相手だな。
「ふう……さて、行くか」
思ったよりも高かったコーヒーにちょっとだけ後悔というか嫉妬。俺が真面目に働いていた頃の給料だったら、ここに来るのは月一でも躊躇するレベルだからな。
そんなことを考えながら向かうのは先程チラッと見た門の前。歩いている途中で光学迷彩を展開しているので俺の姿に気付いている者はいない。それでも念のため、他に通ろうとしている者の後ろからするっと入れば、あとは勝手知ったるなんとやら。俺の両親の家、要するに実家へ向かう。
「何年ぶりだろうな……」
高校を卒業してすぐに家を出て、それ以来戻ってきたのは祖母の葬儀の時くらい。
既に懐かしいを通り越して、他人の家のように感じるほど。
そんなことを思いながら門を飛び越える。無人で門が開いたら怪奇現象だからな。そして、周囲を確認。この家自体には防犯カメラの類いはないが……少々カメラに不思議な物が写っても俺が気にすることじゃないな。そっとドアノブに手をかけゆっくりと引く。この辺りの家は玄関に鍵をかけるのは出かけるときくらいと言うのがありがたい。何しろ、よからぬ事を考えて侵入しても物理的に排除できる者ばかり住んでいるからな。そんなことを考えながら、少しだけ開いた扉からスルリと中に滑り込んだ。
中に入ってしまえば後は勝手知ったる元我が家こと実家。リビングのソファにドサッとわざと音を立てて座ると、それを聞きつけた両親が顔を出した。
「お前な、普通に帰って来れないのか?」
「ただいまって言えばいいのか?」
「……おかえり」
「せめて帰ってくる前に連絡しなさいよ」
「戸籍がないからスマホも持てないんだよ」
「そう言えばお前、法的には死んでるんだよな」
「まあ、ね」
さて、何から話したものかと思ったが、二人の方が色々と言いたいこと、聞きたいことが山盛りみたいだな。
「陽、まず言わせてくれ」
「ん?」
「スマン」
「ええ、本当に申し訳なかったわ」
「え?な、何が?」
「えっとだな……その」
口下手な両親がポツポツと話したのは、レベル測定後の俺への接し方を間違えたことについての謝罪だった。
二人はダンジョン探索の法的な整備が整いつつある頃にレベル測定し、そのまま探索者の道を歩んでいたため、探索者以外の生き方を知らない。つまり、俺に探索者の素質がないとなったとき、親としてどう接すればいいのかわからず、ギクシャクした親子関係になってしまった。そのあともどうやって修復すればいいのかわからず、悩んだ。そしてそこに追い打ちをかけるように弟と妹が探索者の素質有りとなり、俺が孤立したようになってしまった。それでも分け隔てなく育てようと思ったのだが、ちょうど大きな探索が続くようになってしまい、そのまま俺が家を出てしまったという。
「なんていうか……うん……っと、ちょっと待ってくれ」
「ん?」
「じゃあ……なんで、あのときあんな突き放すようなことを?」
「あのとき?」
「その……俺が逮捕されたとき、「大人なら自分のケツは自分で拭け」って連絡があったって」
「「は?」」
「え?」
何この反応。




