(8)
「クソッ!冴島!瀧川を追うぞ!」
「は、はいっ!」
周囲を気にする必要がないと判断した赤谷が吠え、それに答えるようにドアへ走る。
やや重い感じのするドアを押し開けて外に出てみると、店内から見えたとおりの洞窟のような場所。そして店に入るときにはいたはずの世戸の姿はない。
代わりに、二人の正面、数メートル先にある大きな岩に瀧川陽が腰掛けてこちらを見ていた。
「どうも、お二人さん」
「瀧川陽だな?」
「違います」
「嘘を言うな!その顔は間違いなく瀧川だ!」
「へえ……覚えていたんだ」
「ああ。捜査本部で何度も見直したからな。その胸くそ悪くなる顔を!」
「ふーん」
途端に気温がグッと下がったように感じた。
「俺の顔、クソ忌々しい誤認逮捕の時に覚えていたんじゃなくて、最近動き出した捜査本部で写真を見たんだ」
「そ、それの何が悪い?!」
「悪いさ」
そう言って瀧川陽が立ち上がり、ゆっくりと二人に向けて歩みを進める。
「お前らが何を考えているのかよくわかったよ」
「何?」
「捜査本部の写真、三日前にすり替えておいたんだよ。写真素材サイトで手に入れた写真に。お前ら……本当に証拠とか証言とかを軽く扱うんだな」
「ま、いいさ。仮に違いをお前らが指摘したとしても、俺のやることは変わらない」
「貴様!自分が何をしているのかわかっているのか?」
「わかってるよ」
「ならば!逮捕す「復讐だよ」
さらに気温が下がり、吐く息が白くなる。
「くっ!」
赤谷が飛びかからんばかりになったところを冴島が腕を掴んで思いとどまらせる。あれは何かヤバイ、と。
「かかってくるかと思ったけど、そちらは案外冷静?ま、どうでもいいか」
「何?」
「ここにお前ら二人を連れてきた時点で俺の勝ちだから」
「は?何を言っているんだ?!」
「さて問題です」
ビシッと陽が指を一本立てて、問いかける。
「ここはどこでしょう?」
「どこって……」
「どこ、なんでしょうか?」
「くっ……こんな場所、記憶にないぞ」
「ですよね。こんな広い洞窟、近所にあったら絶対知ってい……あ」
「お、気付いたみたいだね」
「まさか……ダンジョン?」
「正解!」
ぱらぱぱっぱらーというファンファーレが鳴り響き、二人の周囲に突然ヒト型のモンスターが現れ、クラッカーを鳴らし、紙吹雪が舞った。
「なっ!」
「きゃあっ!」
いきなり現れたモンスターに悲鳴を上げながらも身構えるあたりはさすがだと思いながら、ゆっくりと二人の周囲を歩きながらこれからのことを説明してやる。
「ここは俺の管理する竜骨ダンジョン。人類未到達の九層。世戸だっけ?お前たちの班のリーダー。そいつのスマホをちょっと拝借してお前ら二人にメッセージを送り誘い出し、お前たちから中に入る同意を得てここへ転移させた。ここまでいいか?質問があるなら聞くぞ」
「同意などしていない!」
「してるさ。二人にそれぞれの配置を指示しただろ?」
「え……」
「冴島はすぐ隣の席、赤谷は入り口近く、と。で、二人とも、そこがダンジョンであることには気付かなかったようだが、了承しただろ?」
「ぐ……貴様!」
「っと、落ち着けよ。まだ話は終わっていない」
歩く向きを逆にして話を続ける。
「瀧川陽はダンジョン労働刑になり、このダンジョンで死亡した。ここまではいいか?」
「生きてるだろう!」
「俺が瀧川陽だという証拠は?」
「え?」
「ロクに顔も覚えていないのに、よくもそんなことが言えるな」
「だが!状況的にお前がそうだろう!」
「なぜ?」
「え?」
「瀧川陽は竜骨ダンジョンの亀裂から転落したと聞いているんだろ?」
「だが!」
「それともあれか?アイツは何百メートルあるかわからん高さから落ちても平気な超人か?」
「ぐ……」
実は瀧川夫妻に同行した自衛隊員たちの一部が別行動を取っており、亀裂の深さを測れないか試行錯誤をしている。しかし、ロープを垂らして長さを測ろうとしたが、すぐにロープが切断されるために断念。仕方なく、大きめの石を落とし、音で推測しようとしたが底に落ちた音は聞こえなかった。深すぎて音が伝わってこなかったのではと判断された。
「事前の判定で、魔法のレベルはゼロと測定されていた上に、ダンジョン探索の経験もなく、特にスポーツをやっていたわけでもない一介のサラリーマンが落下して助かると思うか?」
実際には助かってるけどな。
「しかし……」
「っと、そんな話をするつもりはないんだよ」
「え?」
「俺が瀧川陽かどうか、この場ではお前らには証明できないだろう?」
確かにと赤谷と冴島は顔を見合わせた。顔写真がすり替えた偽物というのがどこまで本当かはわからないが、瀧川陽の顔を覚えていないのは事実。となると警察官らしく指紋採取だろうか?何となく「指紋を採らせてくれ」と頼めば「いいぜ」と答えてくれそうだが、この場で結果確認はできない。
「と言うことで、俺から提案」
「提案だと?」
うーん、この赤谷という刑事、いちいち俺の言葉を復唱するの止めてくれないかな?
「俺の目的は、瀧川陽の冤罪に関わった者をダンジョンに連れてくることなんだよ」
「え?」
「連れてくるだけ。それ以上は何もない」
「ただ、連れてくるだけ?」
「そう」
「と言うことは……え?」
「ここで解散。あとは好きにしていいぞ」
「そ、そうか」
「それじゃ、頑張って」
そう言い残しその場を立ち去ると、呆けた顔の二人が残るだけとなる。
「赤谷さん、これは……どういうことでしょう?」
「俺たちは、とんでもない勘違いをしていたかも知れん」
「え?」
「そこにいたのが瀧川陽かどうか、それはわからん」
「はい」
「だが、奴の目的は「誰かを殺すこと」ではなかった」
「え?」
「アイツは、ここに連れてくるのが目的だと断言した」
「そうですね……って、つまりどういうことです?」
「サッパリわからん」
そう言って赤谷は一般論を告げた。
まず、今回のケースはどういう関係か不明だが、瀧川陽に何らかの思い入れのある人物による復讐。
そして、一般的に復讐というのは「殺す」か「それ以外」のどちらか。今まで警察は「復讐されたと思われる相手の所在がわからなくなっている」ことから殺害が目的だと思っていたら、そうではなかったと言うことが示された。
「ダンジョンに連れてくるのが目的って、どういうことなんでしょうか?」
「観光案内じゃないよなあ」
「あの」
「ん?」
「さっきの人が言ってましたよね。ここは九層だって」
「おう」
「確か竜骨ダンジョンって七層までしか辿り着いていないとか」
「そうだな」
「九層って七層より危険な場所ではないかと」
「……つまり、どういうことだ?」
「根拠のない憶測というか、ぶっちゃけ勘ですけど」
「おう」
「同じ目にあわせる、という事ではないでしょうか?」
「つまり、瀧川陽は九層まで来たと言うことか?」
「来たというか、落ちたというか。それで、運良く死なずにさっきの謎の男?女?に恨み辛みを吐き出して、代わりに復讐してくれと頼んだとか」
「ここに連れてくることが復讐か……意味がわからんな」
「ええ」
「とにかくここを出よう……こっち……いや、こっちだ」
「はい」
この状況下でも絶望するどころか冷静に判断し、問題解決を図ろうとするその姿に冴島は少しだけキュンとした。運命の人って、こういうときに見つかるのかな、と。
コア部屋に戻って様子を見ていたが、笑えるというか呆れた。
警察って、ダンジョンをなんだと思ってるんだ?
お前ら現在進行形で危険地帯にいるってわかってるのか?
思わず戻って突っ込みを入れてきたくなってしまうレベルだな。
ちなみに二人は今「じゃ、ここから戻ろう」「はい……って、どっちに行けばいいんでしょうか?」「こっちに行こう、俺が先に行く」「は、はいっ」とかやっている。ここをお化け屋敷みたいなアトラクションと勘違いしてんのかと突っ込みを入れたくなる。つか、ここに来てリア充かよ。
「こんな連中に俺は人生を引っかき回されたのかよ」
つくづく世の中ってままならんと思いながら、監視を切った。どうせこの先にあるオーバーハングの壁を越えることもできなくて一日経たずに終わるからな。




