(7)
やれ「ダンジョン労働刑の是非が」とか「個人的な怨恨の線が」とか、見当違いも甚だしい。俺は冤罪で殺された復讐をしているだけだからな。
そして、その様子を少し離れたところで見ている男。俺が復讐する相手である、赤谷と冴島のいるグループのリーダー、世戸だ。
赤谷と冴島が捜査上の同じグループになっているのはもちろん偶然ではない。俺が直接何かをしたわけではないが、これがいわゆる縁結びという奴だと思う。
と言うことで、世戸のそばへ。無造作に置かれているスマホの周囲に幻影を被せ、素早く電源を切る。俺が備品庫から持って来たスマホ入れ替えて終了だ。
そしてそのまま警察署を出て、光学迷彩をそっと解除しながら近くのス○バへ。あまり長くない呪文で出てきたカップを手に隅の席へ座るとスマホを確認。よし、思った通り。
警察はスマホも独自の物を導入しているのはわかっていたが、やはり独自のメッセージアプリを入れていて、こういう捜査の時には同じグループの者でグループチャットを作り、情報共有をしているようだ。
が、今回用があるのはそこではない。
「えーと、あった」
メッセージでやりとりできると言っても、やはり電話、つまり会話する方が早いと言うこともあるから、番号は登録されていた。
周囲を確認。時間帯的に人は少なく、こちらを気にかけている者もいない。
これなら大丈夫だろう。
まず、赤谷の番号をタップして通話開始だ。
とりあえず今日はこのくらいにしよう、となって解散。帰宅しようとしたところで着信があり、あわてて赤谷はスマホを取り出した。
「世戸さん?」
何かあったのだろうかと、通話を押す。
「赤谷です、どうかしましたか?」
「すまないが、すぐに来てくれないか。確認したいことがある」
「え?今からですか?」
「そうだ……と言うか、今でないとマズい」
「ええと」
「瀧川の件」
「!」
「偶然だが、瀧川がいたんだ」
「え?まさか」
「すぐに来てくれ、場所は……」
さて、スマホを返してくるか。
捜査本部ではまだ不毛な議論をしていた。そして世戸の姿勢もさっきと変わらず。念のためにスマホを入れ替えておいたけど、もしかしたらそのまま持っていっても気付かなかったかもな。
そんなことを考えながらスマホを元に戻す。発信履歴が残ってしまっているがあえて消さない。どうせ通話記録が残っているだろうし、残っていれば残っていたでいろいろと攪乱できそうだし。
備品庫に返しに行くのは明日でいいよな。まずは……赤谷と冴島の始末からだ。
赤谷が世戸から指示された場所に向かうと、店の前にちょうど冴島も来たところだった。
「赤谷さん?」
「冴島もか」
「どういうことでしょう。瀧川がいたというのは」
「わからんが……あ」
ちょうどすぐそばのファミレスのドアが開き、世戸が姿を見せた。
「こっちだ」
「あ、はい」
「出来るだけ静かにな」
外側のドアをくぐり抜け、その奥にあるドアをくぐろうとしたところでところで世戸が足を止め、そこからは見えづらい一角を示す。
「あの奥に……見えるか?瀧川らしき人相の男だ」
「えー、ここからだとよく見えませんね」
「あまり近づくと気付かれるおそれがある」
「ええ」
「誰がが一緒にいるようですね」
「ああ。何者かわからんが……冴島、お前はすぐ隣の席を確保。会話を録音しろ。だが、動くなよ」
「え?」
「相手は多分、世界トップクラスのオフィサーを軽くあしらうような化け物だろう。泳がせて何者か探るべきだ」
「はい」
「赤谷は入り口近く。瀧川が単独で外に出るようなら即確保する」
「了解」
「俺はここで他のメンバーが来るのを待つ。到着次第それぞれ配置していく。行け」
「はい」
二人がそれぞれの席に着くのを確認すると世戸は一旦外の様子を見に出ていった。
「ご注文はタブレットからお願いします」
「はい」
世戸からファミレスの店長に話は通してあるとのことだったが、席について何も注文しないのは怪しすぎる。が、最近はコーヒー一杯という注文も「ドリンクバーで」となってしまうのがやや面倒。席を離れてしまうと言うのは持ち場を離れることになるからだ。
しかし、いつどのような動きになるかわからないのでがっつり食べるメニューは頼めず、軽食系を二、三点頼むことにする。
『会話の録音、開始しました』
冴島が録音開始と同時にグループにメッセージを送信する。赤谷の方は周囲に気を配るのに集中しているらしく、世戸は世戸で他のメンバーの到着を待つのに専念しているようで返答はないが、録音状態にしたスマホをさりげなく隣の席に向けながらじっと待つ。
「そうか……やっぱりそうだったか」
「ああ。警察の捜査能力なんてその程度。先入観とかそういうのに凝り固まっている、冤罪製造機関だよ」
「はあ……そういう連中に俺は殺されたのか」
「ははっ、生きてるじゃねえか」
「戸籍がないんだぞ」
「安心しろ。日本にも無戸籍ってのはある程度いるって話だし」
「そうじゃねえってば」
会話の内容に思わず声が出そうになるのをこらえてメッセージを送る。
『瀧川でほぼ間違いないようです』
メッセージを送信し、赤谷の方を見ると、一応スマホを手にしているのでこちらのメッセージを見て……既読がつかない?
よく見るとスマホには「圏外」の表示が出ている。そんな馬鹿な。市街地にあるファミレスの店内で圏外なんて事がある……はず……が……と窓の外を見て冴島は固まった。
さっきまで、比較的交通量の多い県道と街並みが見えていたはずなのに、今見えているのはゴツゴツとした岩壁しか見えない。
「な……こ……これ……」
スマホの画面を何度かタップし、本体を数回振ってみるが圏外は変わらず。一体何がどうなっているのか。思わず立ち上がりかけ、今の自分の役割を思い出してどうにか踏みとどまる。が、それでももう一度メッセージを送信する。
『赤谷さん!外!外見てください!』
だが、圏外の状態ではスマホ自身は送信した画面になるが、実際には――つまり内部的には――送信待ち状態のまま。送信されないから既読になることもない。
そうこうしている間に背後で一人が立ち上がる気配がしたので、慌ててメニューを見ているフリをしながら身を屈める。
(バレませんように……)
その願いが通じたのか、立ち上がった人物はそのまま冴島の横を通り過ぎていった。どちらが立ち上がったのかチラと見ると、瀧川陽の方。そのまま店の外に出そうだったので、慌てて立ち上がる。
(しまった!)
なんのために離れた位置に赤谷がいるのか、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。仕方ない。ドリンクバーを頼んだように見せかけてそちらに行こうと歩きかけたところで、視界の隅に違和感を覚えた。
ゆっくりと、ごく自然な動きを装ったつもりで振り返ったそこには誰もいなかった。
(いつのまにかもう一人も消えていた?!)
思わず立ち上がったまま赤谷の方を見ると、指をクルクル回している。えーと、あれは……俺が先に追跡するからあとからついてこい、のサインだったか。軽く頷くと、赤谷がゆっくりと立ち上がり、外に出ていった瀧川を追おうとして立ち止まった。何か気になることがあるのか、少し周囲を見ている。
(何が……え?)
ここで冴島も、赤谷が足を止めるに至った違和感に気付いた。
店内に自分たち以外、誰もいないのだ。
店に入ったとき、少ないながらも他に客はいたし、席に案内する店員もいたし、厨房からはカチャカチャと作業している音が聞こえていた。
それが全て消えている。