(6)
瀧川陽本人ではないかと言う意見もあるのだが、彼の指導にあたったワーカーたちの証言によれば、彼は竜骨ダンジョンの亀裂に落ちている。
あの亀裂に落ちたのは何も瀧川陽が初めてではなく、過去に落ちた者が助かったという事例もないため、普通に考えれば助かっている可能性は限りなく低い。
また、彼の足首には簡単には取り外せないようにはめられた発信器が取り付けられている。内蔵バッテリーは二年はもつので、ダンジョンの外に出てきたならすぐにわかるはずなのだ。
一方で、その他の行方不明者でも、行方不明になる直前に誰かと接触した痕跡があり、そちらも徹底的に調べているのだが、特定が出来ていない。
巧妙なのか偶然なのか、各地にある防犯カメラにはそれらしい後ろ姿が映っていればいい方で、だいたいの場合人混みに紛れてほとんど判別できない人影がある程度。
画像解析でどうにか鮮明にして、ということも試みられているが今のところ収穫はゼロだ。
「何よりも、ある程度映っている人影の体格が全部違うというのが厄介だな」
「共通しているのが成人していて高齢過ぎない男女。背の高さはまちまちですが、だいたい日本人の平均身長前後。横幅も特に特徴はなし」
「服装もし○むらかユニ○ロかという量販店レベルでは探しようがないな。せめて常に半袖とか、共通して何かの色が入っているとかがあればいいのですが」
他にもレンタカーを返すときに大金を置いていったという何とも怪しい話があり、紙幣などに指紋が残っていないか確認したのだが、レンタカー屋の店員以外で検出された指紋はなく、それ以上はどうにもたどれなくなってしまった。
今のところ、警察が一番間近まで近づいたケースが小住なのだが、それだって現場から逃走した車は見つかっていない。当然、すぐにナンバーの照会はかけたのだが該当する車両は別に存在しており、なおかつ竜骨ダンジョンから遠く離れたところにあったことも確認できている。
ナンバープレートだけ外していたのではという可能性はNシステムに走行の記録があったため否定された。あれは完全な偽造ナンバーだったと。
偽造ナンバーなら偽造ナンバーでしょっ引くのは簡単なのだが、肝心の車が見つかっていないので捕まえようがないのである。
「唯一の望みは瀧川の両親か」
国内どころか世界レベルでもトップクラスの探索者の二人が鬼火ダンジョンで今回の騒動を引き起こしている本人と対峙したらしい、とされている。
らしい、というのは二人揃って「断定は出来ないが」という前置きをしているためであり、確証を得るために竜骨ダンジョンに潜っていて結果待ちだからである。
と、そこへ一人の捜査員が飛び込んでくる。
「瀧川夫妻が竜骨ダンジョンから戻りました!」
「よし!」
何人かが立ち上がり、瀧川夫妻の案内された部屋へ向かう。これで進展するはずだ。
「なるほど、名里伸吾と宮吉真人を発見……」
「死体は検死に回してありますが、損傷がひどい状態で」
「そして、彼らを発見するより前に、怪しい者と遭遇した」
「ええ」
「どんな奴でした?」
「身長は百六十前後……ま、背丈を比べたわけではないのですが。体格は一言で言えば華奢。顔立ちは……何て言ったっけ、あのアイドル。ほら、お前の好きな」
「御影大気?」
「そう、それ。それにそっくりな感じ」
知里がスマホで画像検索したのを見せるが、これは参考になるのだろうか?
「はあ……他には」
「とんでもない強さ」
「とんでもない?」
「ああ。俺たちが二人がかりでも勝てない」
「そんな……」
「そうね。勝てないどころか、全力で攻撃してもかすり傷一つ負わせられない。そのくらいに差があるわ」
馬鹿な、という感想を持ったものが多いのは当然だろう。この二人、単独でも世界トップクラスの探索者で、二人が組んだ状態ならおそらく勝てる者はいないのではと言われるほどの実力者。それが軽くあしらわれるだけでなく、「勝てない」とまで言わせるような相手。果たしてそれは人間なのだろうか。
「とりあえず質問はこのくらいでいいかな?疲れたので休みたい。報告資料はまとめて提出するし、質問などはまた受け付けるので」
哲平が告げた言葉に偉そうな人があわてて頭を下げながら謝罪する。疲れているところ申し訳なかったと。
「では、私たちはこれで」
立ち上がった瞬間、とある一点に二人が視線をやったことに気付いた者はいただろうか?まあ、俺は気付いたんだが。光学迷彩で姿を隠すのも随分上手くなったはずだし、音も立てずにいたのに気付くのかよ。自分の両親ながら、あれは本当に人間か?と疑いたくなる。人間やめた俺が言うのもアレだけど。
さて、俺がここに忍び込んでいた理由は、別に両親がどういうことを話すのか気になっていたからではない。両親と鉢合わせになったのは完全に偶然。俺の本来の目的は地下にある備品庫だ。
今回狙うのは俺の取り調べをした刑事赤谷弘幸と、どうやら木瀬美晴の話を聞いていたらしい冴島彩花の二人。それ以外に俺のことを調べる捜査本部なんてのがあって結構な人数がいるが、そちらは無視。
俺は「今」やっていることが、法的に正しいことだとは思っていない。少なくともこの国の法律は「やられたらやり返す」ために殺すことを正当化していない。だから、一連の失踪が事件として扱われ、捜査本部なんてのが設置されることに異を唱えるつもりはない。捕まるつもりもないけどな。
ついでに言うなら、俺は戸籍上は死んだことになっているはずなので、死んだ人間が悪事を働いたとして、彼らは俺を逮捕できるのだろうか?法的な意味で。
ま、そんなことはどうでもいいか。こうして警察署の中に堂々といるのに気付いたのが多分両親だけ。その時点で俺を逮捕するのは諦めた方が税金の無駄遣いと言われないと思うんだが、どうだろうか。
そんなことを思いながら備品庫へ。既に何度か備品庫には来ていて、どこに何があるかまで把握済み。
場所柄、長時間中に入っていられないのと、出来るだけ気付かれにくいタイミングを考えた結果、今日がベストと判断してやって来たら思わぬ人物と遭遇したんだが、変なフラグではないよな?そう考えること自体がフラグのような気もするがと、堂々巡りのようなことを考えながら備品庫へ。思った通り、扉が開いているのでそっと中へ。
中ではここの担当らしき職員が三名、在庫の確認をしている。
「よし、次はこれだな」
「ちょっと待ってくださいね……えーと、書類上は」
「十個」
「合ってます」
警察が使う備品、消耗品はノートやペンと言った、どこでも買えるありふれた物から、拳銃の弾みたいに外へ出たら大変なことになる物まで様々。そしてここは外に出たらヤバイ物の倉庫で俺がちょっと拝借したい物もここにある。
「次は……十二個」
「ちょっと待ってくださいね……ん?十三個」
「それ、ついさっき一個出したのをまだ記録してないだけ。これが書類」
「ええと……問題ないですね。十二個」
いわゆる棚卸しという奴だが、その真っ最中にも物を取りに来る職員がいるので、現物と帳簿の微妙なズレは起きやすいのだろうか。もう少し考えて作業すればいいのにな。
さて、お目当ての箱の前に来たな。
「一、二……八個」
「はい、八個、と」
段ボールの蓋が閉じられ、次の棚へ向かったのを見送りながら、蓋の隙間に手を入れて中の物を一つ取り出す。そして、そのまま捜査本部へ向かうと、刑事たちが見当違いの議論を戦わせていた。