(2)
諦めて、ナイフをスライムに突き立てる。確か、内部に丸い核があってそれを潰せば良いはず……お、あれが核か。
ズブリと突き立てるが、核はニュルンとナイフを避けていく。ズブリ、ニュルン。ズブリ、ニュルン。埒が明かないが他にやりようも無い。何度かやっているウチに、核がニュルンと逃げていく先をうまく誘導できると気づき、壁際に追い込んでプチッと潰す。
ジュッと音がして、全体の弾力が無くなり、デロンと全体が伸びた。
それだけ。
それでスライム討伐完了。
一応、スライムの粘液が残っているが、何の使い道も無いし、ポイントにもならない。ゆっくりと立ち上がり振り返ると、四人がヒマそうにしていた。
「終わったか。じゃ、行くぞ」
何を説明するでも無く、コツを教えるでも無く。ただ連れて歩けば良いのだから、会話も
「こっちだ」
「さっさと来い」
くらいしか無い。
こうして五人は無気力にダンジョンを進んでいった。
「ここを降りたら第二層だ」
そう言ってずんずん降りていく。いきなり階層を進んで大丈夫かと思ったが、「どうでもいい」らしい。
彼らの目的地はこの二層を進んで亀裂を越えて、そこから上った、反対側の一層。
亀裂の向こう側に渡るためには、二層に降りなければならない構造で、いきなり二層に降りるのは危険だが、それでも向こう側の一層の方が稼げるのだそうだ。
だが、この二層は、スライムとゴブリンしかでない一層と違い、オークも出る。
オーク一匹ならこの四人は対処できると言うが、複数出てきたらどうするつもりなんだろう?
「気にしても仕方ないか」
その時はその時だと覚悟を決め、さっさと歩いて行く四人を追いかける。
そうしてしばらく歩くと、明るく開けた場所に出た。
「ここが竜骨ダンジョン名物、亀裂だ」
「これが……」
ダンジョン内では東西南北は無いが、便宜的に東西南北が設定されていて、竜骨ダンジョンを南北に走り、全体を東西に分けているのがこの亀裂。
このような構造になっているダンジョンは今のところここだけで、どうしてこんな亀裂があるのかは当然謎。そしてこの亀裂の長さも深さも不明。
推定で、長さは十キロ以上、深さは百メートル以上と言われているが、勿論誰も確認したことが無い。
そしてこの亀裂は、東西を繋ぐ橋のように岩が突き出して繋がっており、それを渡って東西のダンジョンを行き来するのがこの竜骨ダンジョンの特徴。
現在確認されているのは五層までだが、最短ルートで行こうとすると、東から入り、二層で西へ移動。四層で東へ戻り、三層へ上がり、西へ移動、といった順序で行かないと五層まで行けないというなかなか性格の悪いダンジョンでもある。
「行くぞ、落ちるなよ」
岩でできた百メートルほどの長さの橋は手すりなどは無い。
だが、全体的に平らになっていて、余程端の方を歩いたりしない限りは落ちる心配はなささそうだ。
「ここをわたればすぐに上に……ん?待て、何かいるな」
橋を三分の二渡った辺りで、吉津が足を止める。戸谷がうなずいて少し先行し、そっと橋の反対側に開いた穴の様子をうかがい、戻ってきた。
「マズい、オークが複数だ」
「戻るぞ」
即断即決し、戻り始めたところで背後から足音が聞こえた。
「え?」
全員が後ろを振り返ると、オークが数匹橋のたもとに並んでいた。
「急げ!」
吉津に言われるまでも無く、全員が走り出す。
「ガアッ!」
「ゴアッ!」
軽く十を越えるオークが雄叫びを上げて追い始める。
「クソッ!」
「走れ!走れ!」
追いつかれたらどうなるかなど考えるまでも無い。とにかく走るしか無い。
逃げ切れない。陽以外の四人はそう考えていた。
そして、吉津が即座に決断をした。
「うわっ」
いきなり足元に何かが引っかかり、転倒する。防具が役に立って何よりだ。
「何だってんだ?!」
すぐ横を並んで走っていた吉津が足を払い、転倒させたのだと気付いたときには、既に先頭を走っていたオークが追いついていた。
「ガッ!」
「ギャッ!」
ドンッと何かが振り下ろされ、右足に強烈な熱を感じ、直後に激痛が走る。
「ぐあああっ!」
オークが手にした斧で右足が切り落とされたのだとわかった直後、同じ衝撃が右腕に走る。
「ああああああっ!」
叫び声を上げるが、四人はこちらを振り返ることも無く走り去っていった。
「ちくしょおおおおお!」
叫びながら、何かを感じ取り、ゴロンと転がると、さっきまで首のあったところにオークの斧がゴキン!と振り下ろされた。
「ひぃぃ!」
仰向けになった所にさらに斧が振り下ろされるのでさらに転がる。ガン!ゴン!と振り下ろされる斧から逃げるために転がった結果……転がる先が無くなった。
「嘘……だろ……」
一瞬の浮遊感の後、あっという間にさっきまで立っていた橋がはるか上になり、すぐに見えなくなった。