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  作者: ひじきとコロッケ
冴島彩花と赤谷弘幸
49/105

(5)

「ここか」

「えーと、ここです102号室」


 ドア横のボタンを押すと、中でピンポーンと鳴っている音は聞こえるが、応答はない。


「留守……なのか?」

「これ、水牧の車ですよね?」

「えーと……そうですね」

「ちょっと出かけている、とか?」

「どうだろうな……隣、聞けそうなら聞いてくれ」

「わかりました」


 不動産屋が鍵を持ってくるまでの間に出来ることはしておく。が、大して出来ることがあるわけでもない。


「そうですか、わかりました。ありがとうございます」

「いえいえ。あの人、何かやったんですか?」

「え?いえ、そういうわけでは」

「ふーん」


 隣の住人に話を聞くにあたっては、こちらの身分を明らかにしなければまともな答えは得られない。今回ここへやって来たのは五人だが、そのうち三人は反社な人と言っても通りそうな強面。正体を明かさずに話をしたら妙な噂が立ってしまう。

 とは言え、警察が事情を聞きに来た時点であらぬ噂は立ちそうだが。


「どうだ?」

「あまり付き合いはないそうで、詳しくは何とも。ただ、ここ最近姿を見ていないというか、部屋からも生活音はしていないそうです」

「なるほどな」


 ちょうどそこへ不動産会社の名前(ロゴ)が大きく入った軽がやって来た。


「すみません、お待たせしました」

「いえ。お手数おかけします」


 鍵の束を持ってきた男性に挨拶をして、早速ドアを開けてもらう。


「はあ……これで死体なんかが見つかったらと思うと気が重いです」

「ご安心ください。我々がついてます」


 警察立ち会いの下で死体発見なら、諸々の手間はだいぶ省略されるが、それでも事故物件になってしまうのは不動産会社としては痛手になる。


「えーと……これだ」


 ガチャリとドアが開き、むわっと熱気があふれ出す。

 何かが腐ったような臭いはするが、極端にひどい物ではないのに全員がホッと胸をなで下ろす。この程度だと、放置された生ゴミ系だろう。


「よし、入るぞ」


 念のため手袋をした世戸が先に入り、その後にゾロゾロと続く。


「そっち、風呂だな。見てくれ」

「はい」

「トイレ……いないな」

「押し入れ……うわっぷ……いない」

「こっちもいない、と」


 ある程度、つまり人が入れそうな大きさの戸口は全て開いて回るが、雑然と物が入っていて埃が舞い、ひどい臭いがする程度で、肝心の水牧はもちろん、その体の一部すら見つからない。もっとも、体の一部が見つかったらそれはそれで面倒なのだが。


「どのくらい経ってるんだ、これは」

「おそらく二週間ほどかと」

「どうしてそう思う?」

「この惣菜の日付です」

「なるほど」


 奥へ進み、裏へ出る窓を開いてみると雑草が生い茂った小さな裏庭。特に手入れもしていないのは見るまでもない。


「特に何か目につく物も落ちていない、と」

「雨戸……閉める習慣はなかったみたいですね」

「ま、男の一人暮らしなんてそんなモンだろ」


 ざっと見て回ったが、ここ最近、帰ってきていないということくらいしかわからない。


「どこかへ行った手がかり……もないな」


 と、世戸のスマホに着信が入った。


「はい、世戸です……ええ、ええ……わかりました」


 ピッと通話を切ると苦い顔をする。


「どうしました?」

「……後で話す。とりあえずここは出よう」


 不動産屋のいる場では話せないと撤収を告げて外に出ると施錠してもらう。


「刑事さん、これ、どうすればいいんですか?」

「現時点では何も」

「そうですか……この人、家賃が振込だから、今週末には振り込まれないと困るんですよね」


 不動産屋としては困るかも知れないが、警察的にどうすることも出来ないので曖昧に返して見送る。




「で、どうだったんです?」

「スマホの位置情報が割れた」

「お!」

「が、二週間ほど前にレンタカー屋に来たのが最後だ」

「レンタカー?」

「ああ」


 車があるのにレンタカーとは?と首をひねりかけるが、こういうときはこうすればいい、と言うのがある。


「そのレンタカー屋にいくぞ」




「ああ、その人ね……えーと、これだ。どうぞ」

「どうも……えーと?」


 レンタカーの貸し出し記録を見せてもらい、そこに書かれた誰でも知っているであろう高級車の名前に一瞬思考が停止する。


「たまにいるんですよね。デートかなんかで見栄張るために高級車を借りる人」

「ああ、なるほど」


 だいぶボロくなっていた国産車よりも、比較的新しい年式の高級外車の方が見栄は張れる。ナンバーがレンタカーの「わ」だが、そこに気付く女性がどの程度いるか、というやや分の悪い賭けでもあるが。


「え?ぶつけ……た?」

「ええ。バンパーにちょっと大きめの傷がありまして」

「なるほど」

「修理代金、見積もろうとしたんですが、ポンと札束をおいていったんですよ」

「札束?」

「ええ。こういうの困るんですよね。修理代金の請求は普通に処理できるんですけど、残金が面倒なことになるんですよ」


 数百円なら雑収入、つまり数え間違いなどで増えてしまったという処理も出来るが、数十万単位だとそうそう簡単な話にならない。

 いつでも返金できるように封筒に入れてあるが、何度電話をかけてもつながらないので困っているとこぼされた。


「収穫らしい収穫はゼロといったところですか?」

「いや……あの男の収入的に、レンタカーを借りるまではまだいいが、修理代金として札束放るのは無理があるだろ」

「そうッスね。むしろ値引き交渉をしてもおかしくないと思います」


 実際の修理費用は大した金額にはならなかったようなので、値引き交渉までは行かないだろうが、「釣りはいらねえぜ」が出来るような額ではないはずだというのが全員の一致した認識となった。


「……とりあえず一旦戻ろうか」


 指紋が採取出来るかも知れないので封筒ごと預かって捜査本部へ引き上げることとなった。



「手詰まりだな」

「どうしたものか」


 大々的に捜査本部が設置されて五十名を超える捜査員が投入されて三日、特にこれと言った進展はなし。あえて上げるなら、今まで行方不明だった者が、攫われてダンジョンに放り込まれた可能性が非常に高くなったという程度で、どうやって攫ったのかが今ひとつわからない。

 だいたい共通して言えるのが、ダンジョンの周囲十キロメートル程度で誰かと会う約束をしていたらしい、と言う程度。これはその後発見されたスマホの予定に登録されていた事から発覚した程度で、信憑性に関してはある程度のものがある。

 実際、ファミレスで誰かと待ち合わせと言う予定があった上平に関しては、確かにその時間帯に予約が有って個室を押さえており、上平が来店してその個室に案内したと店員が証言している。その後、十分ほど経っても注文をする気配がないので店員が様子を見に行ったらもぬけの殻だったのだが、店内の防犯カメラには何も映っておらず、店の外の防犯カメラは軒並みあらぬ方角を向いていたため、何も確認できず。ただ、スマホの位置情報の履歴を見ると、そのわずか十分ほどの間にファミレスを出たのは間違いない。ただ、最終的にスマホは軽トラの荷台から発見されており、何者かが放り込んだであろうことは間違いない。

 ただ、その何者かが誰なのか、見当がつかないのだ。

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