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「またダメ、と」
ベッドに倒れ込み、スマホをそのまま放ると冴島彩花は大きくため息をついた。
教育熱心な両親に言われるまま、中高一貫の女子校に通い、その後も何だかんだと男性との接点のないまま警察官となった。別に男性恐怖症とか苦手意識があるとか言うこともなく、同僚と仕事上の会話は普通に出来る。ただし、男女交際的な意味での付き合い方というのがわからない。もっとも多感な時期というか、そういうのに触れておいた方が良い時期に触れる機会を失った結果がこれである。と、自分で思っている一方で、ただの言い訳だともわかっている。現に、高校の同級生の中には既に結婚して子供が出来てと言う者から、「また別れた」と愚痴メッセージを送ってくる者まで幅広い。そもそもまた別れたとは何だ、またとは。私なんて一度も別れたことがないぞ。付き合ったことがないからな!と胸を張った時期もありました。
それでも何となく、そのうちいい人が見つかるでしょう、と受け身な姿勢でいたら、いつの間にやら三十が見えてきて、焦りを感じるようになってきた。で、マッチングアプリに手を出してみたが、これがまあ何というか。
別に高望みをするつもりはない。外見より中身!と強く断言するつもりもない。警察官という、ちょっと特殊な職業に就いていると言うほかは、取り立ててどうと言うことのない自分。せいぜい、日々の業務のおかげで、体型的にはそれなりを維持しているが、そのほかはまあ……お察し。
同期に「彩花の似顔絵描けって言われたら困りそう」と言われるほど、目立った特徴の無い顔立ちは、裏を返せば不細工ではないが、美人と言うほどでもないと言うことで、男性の目を引くことはない。
では、体型はと言うと、母と五つ上の姉を見れば歴然だが、「着痩せするタイプ」と自分で自分に言い聞かせている。
外見で勝負できないなら中身はと言うと、警察官という職業柄、ちょっとだけ正義感が強いせいもあるのか、癒やし系にはほど遠く、かといってキツいタイプでもない、中途半端。誠実さだけが取り柄ですとも言えるが、そのくらいなら掃いて捨てるほどいるだろうとも思う。
と言うことで、これと言った特徴の無い自分がマッチングアプリに手を出したところで、大した成果が出るわけでもなく、本日もまた空振りで終わったというため息である。
翌日、出勤したら課長から呼び出され、会議室へ連れて行かれた。
「瀧川陽関係者行方不明事件捜査本部?」
捜査本部はわかる。それなりの事件の時には設置されるし、何度か駆り出されたことがある。瀧川陽も知っている名前。電車で痴漢を働いた卑劣な男で、事情聴取に関わったから覚えている。その後ダンジョン労働刑という実刑を食らって初日に死んだとか言う話だ。そしてもちろん行方不明もわかる。文字通りの意味だ。
だが、「瀧川陽」の「関係者」「行方不明」とは?
確かに、裁判員がどうしたとか言う話は小耳に挟んでいたが……と言うことを考えているうちに、時間になったらしく、捜査一課長が立ち上がり、挨拶を始めた。
「……と言うことで、現状では、生死が確認できている者は……」
ある意味蚊帳の外にいた自分にとって衝撃的な内容が語られていた。
あの痴漢野郎がダンジョンで死んだ後、裁判官、裁判員が軒並み行方不明になっていると。
そして死亡が確認されているのは二名で、その他は生死不明。だが、行方不明になってからかなりの期間が経過していることと、非常に高い確率でダンジョンの奥へ連れて行かれているだろう事から、生きている可能性は低いとされている。
また、裁判官、裁判員以外にも同じようにダンジョンへ連れて行かれただろう者がいるのはほぼ間違いないとされており、一番わかりやすいケースとして、駅員が二名、行方不明。
「現在……国内トップクラスのオフィサーであり、瀧川陽の両親でもある、瀧川夫妻が瀧川陽が消息を絶った、竜骨ダンジョンへ調査に行っている。当初の予定では明日か明後日には戻ってくることになっているが、その結果によって改めて捜査方針を立て直すことにもなる」
いくつかの質疑応答を挟みながら説明が進んでいったのだが、はて、私がここに呼ばれた理由は何だろうか?
そう思い、適当な質問を考えながら手を挙げた。
「そこ……えーと」
「冴島です。質問を」
ギィと椅子を鳴らしながら立ち上がり、どうしても気になることを確認する。
「先程、瀧川陽が消息を絶った、とのことでしたが……死亡したのではないでしょうか?」
竜骨ダンジョンに底の見えないほど深い亀裂があることは先程の説明にあり、そこから転落したことをワーカーが確認したとも言っていた。底が見えないという深さがどの程度か想像もつかないが、構造的に五メートルやそこらではないだろう。仮に二十メートル前後と思ったよりも浅かったりしたら、落ち方によっては生きている可能性もあるが、その直前で手足が切断されていたとの話もある。落下の衝撃で死ななかったとしても、失血死は免れないのではないか。誰でも思うことであるが、実にシンプルな返事が返ってきた。
「ダンジョンでは何があってもおかしくない」
ダンジョンからは数こそ少ないものの、どんな傷でも瞬時に治してしまう薬も見つかっている。
手足の欠損まで治せるかどうかは確認されていないが、そのくらいのことが出来てもおかしくないと、薬の効果を目にした医者が言うほどにドン引きの性能らしいから、もしも落下した先にそういうものが落ちていたら、生き延びている可能性は高いと。
「では、それぞれの担当の対応を。それから……」
一回目の今日の内容は「一体何が起きているのか」の共有と、まず何から手をつけるかという指示。
「えーと、知元文代の担当、こっちへ集まってくれ」
「守道成弥はこっちだ」
瀧川陽本人がどう関わっているかは不明だが、色々な事態を引き起こしている人物はいるだろうと言うこと。そして、その何者かは事件の関係者を狙っている。だが、その関係者の範囲がわからない。そしてわからないならわからないなりに範囲を広げ、該当者の安否を確認し……と言うことで水牧雄二の担当にリーダーとして世戸憲一が割り当てられ、メンバーとして冴島彩花、赤谷弘幸の他、大森篤志と坂本孝子が割り当てられて、一旦一つの机に集まり、これからの動き方などを相談し始める。
「資料を見たが、これだけじゃサッパリだな」
「ですねえ」
「本人確認からしてみようか」
リーダーとなっている世戸が、まず動いてみようと提案する。
「自宅と職場、どっちにいると思う?」
まずは本人に話を聞いてみようとなった。もちろん、生きているなら、である。
「そうですか。わかりました、ありがとうございます」
チン、と電話を切り、後ろを振り返る。
「どうだった?」
「それが、このところ出勤していないそうです」
「そうか」
「なら、自宅に行くか」
「会社の方も上司が自宅を訪ねたらしいですが、鍵がかかっていて返事はなかったと」
「事件性としては充分だな」
赤谷が椅子にかけていた上着を掴み立ち上がる。
「とりあえず行ってみよう。冴島は不動産屋に連絡して鍵の手配を」
「わかりました」




