(3)
そんな感じで酒と食い物の匂いの中を抜けた向こうでは、割と真剣に紙束の山と格闘している神様たちがいた。
「えーと……これは……何?」
「ん?ああ、新神か。これは、アレだ。アレだよ、アレ」
「お前、アレじゃわからんだろうに」
「だっはっはっ」
話が進まない件。
「これは縁結びよ」
「縁結び?」
「そう、知らないのか?ここで集まってする話し合いって、だいたい縁結びだぞ」
「ああ……」
そう言えばそんなことを言ってたような気が。
手近な一枚を拾い上げてみると、名前に生年月日、住所に職業と言ったプロフィールが書き込まれていた。
「これを?」
「ん、そうだな……例えばこれ」
近くの神様が別の紙を拾い上げ、紙に開いた穴に紐を通してまとめる。
「こうやって、紐で括れば縁が結ばれるのさ」
「お手軽だな」
「はっはっはっ」
ここで結んでやると、少々歳が離れていようが、住所が遠かろうが、果ては互いに好みのタイプでなくても、何となく縁ができるのだそうだ。もちろん、その後どうなるかは本人次第らしいけど、余程のことがない限り縁が途切れることはないという。
「よくあるだろ。全然関わりが無さそうな組み合わせがくっついたりするのが」
「その原因がコレさ」
「へえ」
ここに山と積まれた紙束は、大きく分けて二種類。一つは、いわゆる縁結びの神社なんかで良縁祈願を願ったりした者。もう一つは、とりあえず来年どころかこの先数年にわたり、特に誰とも縁が無さそうな者。
ちなみに後者には小さな子供も含まれる。つまり、縁が結ばれるのが子供同士だと、幼なじみとして知り合ったりするらしく、その後何となく続いていくと、紐がボロボロになっても切れずに文字通りの腐れ縁になるのだそうだ。
「もちろん、ここに並ぶのはある程度の選定基準を満たした者だけだぞ」
「選定基準?」
「あまりにもひどい悪事を働いた者は除外している」
「一応は、良縁を結びたいからな」
「縁結びにも評判ってのがあるからな」
「なるほど」
「と言うことで、これ、押してくれ」
「え?」
紙を木箱に放り込み、「いいよ」ボタンを押すと完了だとか。
もちろん、ここで結ぶのが全ての縁ではないので、どこぞのお姫様が大泥棒に心を盗まれちゃうなんてことも起こるわけだが、少なくとも神様たちが意図的に結ぶのは、周りからも祝福されやすいタイプの縁らしい。
「それにしても……多いな」
「そうだな。だいたい良縁祈願するのだけでも数万どころか数十万人だからな」
「どういう基準で結ぶんだ?」
「え?適当だけど?」
「は?」
いちいち個別の好みだの似合うかどうか何て考えずに「じゃ、コイツとコイツ!」みたいな感じで選ぶらしい。
確かに何十万件となると、一人一人じっくりやってたら終わらないか。
「まあ、できるだけ色々と考慮するけどな」
「色々?」
「おう」
要するに、それなりに似合いの組み合わせになることは考える、らしい。
ただし、
「この組み合わせだと面白いかもな、というのが基本だけど」
ひでえ話を聞いた気がする。
「これさ、特定の誰かに肩入れするとか、あるの?」
「特定の誰かねえ……」
神の立場になると、人間の事なんて些末なこと過ぎて、考え無しに適当に選ぶのかな?
「あるよ」
「え?」
「たまに聞くだろ、すごい人気のある芸能人が、どこにでもいそうな普通の人と結婚するケース」
「あるねえ。特に幼なじみでも無い相手と結婚したりとか」
「あれ、ここで結んでるから」
「へえ」
「話題性があって面白いかなって」
「人の人生なんだと思ってんの?」
「はっはっはっ」
「何を細かいことを言ってるんだ?」
「俺らは神だぞ?」
「それはそうだが」
「それに、その後の人生もしっかりサポート!」
「死ぬときに「いい人生だったな」で死ねる保証付きだぜ」
「ありがたいと言えばありがたいけど、なんか聞きたくなかった保証だな」
神議の目的の大半がコレらしいのだが、参加した方がいいのか?
「とりあえずやってみないか?」
「気軽にやればいいんだよ、気軽に」
「はあ」
言われるままに空いている所へ座り、目の前の山を見つめる。
「すげえなあ」
「時代がどう変わろうとも、こう言うのは変わらないモンなのさ」
「ふーん」
自分はさてどうだったかと思い出そうとしてやめた。虚しくなるので。
「惚れた腫れたは世の常さ」
「一部の人間が色々言ってるみたいだが、それはそれ」
「男女がくっつくのは自然なことなんだよ」
「そりゃまあ、そうだろうな」
生物学的に言えば、そういうものだ。
「例えばコレ」
「ん?」
一枚の紙が差し出されてきた。名前に住所と簡単なプロフィールが書かれていて、顔写真もついている。名前も顔も見覚えはない。こう言っては失礼だが、どこにでもいると言っていい、ごく普通の女性だ。
「良縁祈願してきた人間だ」
「お、おう」
年齢的にはそう言うのを意識する感じだな。
「そうだな……コイツ、コイツとくっつけよう」
別の山から引っ張り出された紙が目の前に。
「ん?」
プロフィール欄になんか人権団体がどうの、と言うのが書かれている。
「なあ、これ……そういうマイノリティのアレに直撃するタイプの相手じゃね?」
「うん」
「そうだよ?」
「それ、マズくないか?」
「全然」
「何も問題ないぞ」
「いやいや、だってさ」
嗜好がそういう傾向みたいに書かれてるんだが。
「よく考えろ」
「俺たちは神だ」
「お、おう」
「神が縁を結んでくっつけるんだぞ」
「えーと?」「
「神は言っている。くっつく運命にあると」
「は、はあ……」
紙に開いた穴に紐が通され、しっかりと結ばれる。そしてさらにトドメ。
「これで良し」
パチンとホチキス留め。神がホチキス使うのかよ。
「便利だしな」
「うんうん」
後日、気になってこの二人のSNSを見たところ……女の方はともかく、男の方は過去の活動記録(?)を全部削除していたようで、コメント欄が少々荒れていた。「活動やめるんですか?」とか「法案成立まで頑張りましょうよ!」とか。
まあ、神の力には逆らえない。ましてやホチキス留めなんかした二人を引き裂こうとすると、天罰が下るほど強力らしい。
「ふーん……じゃ、やってみるか」
「おう。好きに選べ」
「またいい加減な」
「それくらいでいいんだよ」
「はあ」
袖振り合うも他生の縁。何がきっかけで結ばれるかわからないのが人生で、そのきっかけを作ってゴールまで誘導する組み合わせ抽選なんだから適当に選べ、らしい。
うん、全くわからんわ。
そう思って手を伸ばしかけ……ふと気付いた。
「なあ、これってさ」
「ん?」
「特定の誰かを探すとかできるのか?」
「できるぞ」
日本では神様は身近な存在。氏神様などと言う仕組みで担当区域が決まっているなどもあり、「そろそろ○丁目の××を」という事はしょっちゅうあるんだとか。
本人にその気が無くても結んでしまうのはどうかと思うが、その後の幸せ保証付きならそれはそれでアリか。
「探してみるか……って、どうやるんだ?」
「名前がわかるなら名前を唱えるんだよ」
「ふーん」
それじゃあ……次のターゲットを。
「冴島彩花」
口に出すと、スルリと山の中から紙が出てきた。まさか出てくるとは思わなかったが、良縁祈願していたのか。
「お、誰だい?」
「まあ、ちょっとね」
「気にかけてるんだ?」
「ああ。行く末が心配な一人だ」
「はっはっは!いい相手を見つけてやれ」
「お、おう」
行く末と言っても、ダンジョンでいつまで生きのこれるかどうかって意味だけどな。
相手はどうしようか……いいや、釣り合いがとれそうなのを適当にあてがおう。
「赤谷弘幸」
呟くと、山の中ではなく、目の前に紙が現れた。どうやらこちらは良縁祈願をしていなかったらしい。
「ふーん、歳の差はちょっとあるけどいいんじゃないか?」
「だ、だろ?」
「ホレ、コイツで結んでやりな」
「ああ……死が二人を分かつまで、俺が責任持って結んでやるよ」




