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  作者: ひじきとコロッケ
冴島彩花と赤谷弘幸
45/105

(1)

 両親とダンジョンで出会った翌日、俺はダンジョンの外、入り口のある山の上にある池のほとりに来ていた。

 ダンジョン発生に神社が飲み込まれた関係で、誰も来る事のなくなった池は草が伸び放題だが、元々自然にあった池だったというせいもあるのか、荒れているという感じはなく、厳しい残暑の中でも涼しげな風の通る気持ちのいい場所として残っていた。

 俺があの夏の日に直したっていう、祠がある池。祠はダンジョン発生時に飲み込まれてしまったらしくて残っていないが、その代わりと言っては何だが大きめの石をドン、と置いてある。

 で、ここにいる理由だが、別に池を見に来たわけではないのだ。


「来た」


 見上げたそこには広げた翼が一メートル以上ありそうな真っ黒なカラス。ただし足は三本ある奴が、俺めがけて舞い降りてくるところだった。


「へえ、お前が辰神の後継者か?」

「え?ホントに辰神さんって呼び名があってたのか?」

「そこからか……って、元人間のくせに俺が喋ってても驚かないんだな」

「まあ、今更のことだしな」


 池のほとりの石に舞い降りた八咫烏(やたがらす)流暢(りゅうちょう)に喋る。驚くかと聞かれたら驚くけどさ、俺自身が龍神になっちまってる時点で色々吹っ切れてる感じもするんだよな。


「で、だ……俺の領域(・・・・)に突然()を持った奴が入ってきたから何事かと思ってきてみたら、八咫烏がやって来たというのはどういうことなんだ?」

「まあ、アレだ。ここんとこ辰神は全然出席出来ていなかったからな。今年の神議(かみはかり)に出席するかどうかの確認をしてこいって言われたのさ」

「かみはかり?」

「ほら、もうすぐ十月だろ?出雲に集まるか?って話さ」

「おお!」


 八咫烏によると、元々ここにいた辰神さんは、他の神社にいる神様同様、毎年十月に出雲に集まってキチンと神議に参加していたらしいのだが、ダンジョン化によって外に出られなくなってからは欠席していたという。そうしたダンジョン化に伴って身動き出来なくなった神様はあちこちに在るらしく、辰神さんだけが特別扱いでは無かったのだが、ここへ来て急に神が交替したと出雲の方で把握したと言うことで、出席確認に八咫烏を派遣したのだそうだ。


「八咫烏って、そう言う連絡とかの役割をしてるんだっけ?」

「違うぞ。だが、今回は急ぎだったんでな」

「急ぎ?」

「神の交替がしっかり確認出来たのが先月で、出席確認しようって決まったのが昨日だ」

「そうか」


 もう九月も下旬なんだが、神様の世界でも物事を決めるのには時間がかかるモンなのかね。「そうだよ」と答えられるのが怖いから聞かないけど。


「で、どうすんだ?」

「出席しないとどうなる?」

「別にどうもならないぞ」

「そうなんだ」

「ただ、出席するならするで宿の準備とか、メシの支度とかあるからな」

「意外に世知辛い理由で確認に来たんだな」

「まあ、そう言うなよ」


 神やそれに類する者というのは、世界各国で信仰の対象となっているのは言うまでも無いだろう。世界三大宗教と呼ばれる者を筆頭に、それこそ部族単位でしか信仰されていない神までさまざまで、それらが現在の形になった経緯もさまざま。

 それこそ考古学に端を発する歴史学とか、民俗学など文化人類学全体に広がる学問分野である。そして、だいたいにおいて神というのは敬う対象であり、信仰することによって救いをもたらす文字通り神聖な存在、というのが共通しているのだが、こと日本に関しては少々事情が異なる。

 日本の神道というのは正式に宗教という形で体系だったものはないとも言われており、それだけでも大きな研究テーマになるのだが、注目すべきはその守備範囲だ。

 海や山、太陽や月などの星、野生の動植物や偉業をなした人物。それらを神とするケースは世界的に珍しいものではないし、神道でもその傾向はもちろん在る。

 あるのだが、同時に何にでも神が宿ると考えるため、トイレはもちろん、竈にだって神様がいるし、何なら米の一粒にだって神が宿る。さらに言えば貧乏神なんて言う、一般的には不幸な状況も神によってもたらされるなんて例もあり、実に奥が深いというか、身近にあるのが日本の神道の特徴だ。

 そしてその特徴は、神様のありようにも見て取れる。

 一般的な宗教における神はだいたいが万能、全知全能で、およそ人間が思いつくことは何でも出来る存在だ。

 一方、日本の神様は、特定の範囲にその権能を絞っていると言える。竈の神様は竈以外のことはほとんどノータッチ、と言った具合に専門性を発揮するのが日本の神様。だからこそ「出来ることは出来るが、出来ないことは出来ない」と言う、妙に人間くさいところがあり、こうした出欠確認もその一環だと言われれば納得するしかない。


「じゃ、出席と言うことで……これ」


 折りたたまれた紙を渡された。ちなみに、どう見てもただの鳥の羽根なのに、折りたたんだ紙を懐から取り出して渡してくる一連の流れには突っ込まないでおく。

 これで神様なのだから、そのくらいはやってのけるんだろう。そもそもカラスの懐って何なんだって突っ込みもしたいが、グッと堪える。


「多分、まともな引き継ぎもされていないだろうからって、案内を渡しておこうと思ってな」

「案内?」

「神議のしおり、みたいなもんだな」

「修学旅行かよ」

「似たようなもんだろう?出雲大社を参詣する修学旅行だってあっちの方にはあるんだし」

「まあいいや。日程は……うん、わかった」

「質問があるなら聞くけど?」

「そうだな。食いもんの持ち込みは?」

「基本、お断りだ」

「道中も?」

「仮にも神なら少しくらいは空腹でもいいだろうに」

「そうは言うけどさ。見ての通り、基本的には普通に体があって空腹感もあるんだよ」

「難儀だな」

「ま、便利な部分も多いけど」

「そうか」

「ちなみにおやつは五百円までか?」

「いや、そこは何も制限しないが、バナナはおやつに含まないからな」

「厳しいな」


 案外ノリのいいカラスを見送り、コア部屋へ戻ると改めて案内の中身を確認。


「ふーん……毎年十月に集まってるのは良く聞く話だったけど……決まり事とか案外緩いんだな」


 とりあえず参加してみるか。

 さてと、それはそれとして両親たちは……よしよし、いい感じに迷ってるな。

 あそこからさっさと戻るってのを選択し、帰ろうとしているのだけれど、七層を移動している間に六層を巨大迷路――時間で通路が変わる――に作り替えたので苦労しているようだ。

 六層に上がって早々に、「なんてことしやがったんだ!」とか叫ぶ声が聞こえたけど、このくらいは予想して(しか)るべきだろう。もちろん、六層に誰かがいる状態だったらこんな作り替えは出来ないんだが、彼らが中に入るときに色々と騒ぎながら入ったせいで、他のワーカーが入るのを控えてしまい、四層と五層も現在は無人。そっちに手を入れるつもりはないけどな。

 あとは、近くの県警へ。色々動き始めているようなので少し攪乱(かくらん)してやろうと色々と小細工していく。主に俺に関する資料の書き換えだ。

 俺が住んでいた安アパートの住所を変え、勤めていた会社名も変え、ついでに写真も入れ替えておいた。裁判資料はそのままだから、俺のことを正確に知りたかったらそっちを調べればいいが、どうせ気づきはしないだろう。

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