(4)
「ラッキーっと、じゃあな!」
「あ、クソ!待て!」
「追え!逃がすな!」
「待て!深追いするな!」
色んな意見が飛び交ってるが知ったことでは無いとその場を逃げ出し、距離を取ってからコア部屋へ転移。さて、とりあえず……よし。名里と宮吉は原型すら残っていない。というか、名前だけでもその大きさが簡単に想像出来るようなモンスターの胃の中だな。
「クソッ」
「ダメか」
ラージリザードという、体長二十メートルほどの巨大なトカゲをどうにか倒したが、その周囲に落ちていた残骸から察するに、ここにいたはずの人間は既に食われたあと。
地面に水たまりのようにたまったおびただしいという表現のぴったりくるほどの量の血は、その哀れな犠牲者の生存可能性が極めて低い事を示しており、実際トカゲの腹をかっさばいた結果見つかったのはズタズタに引き裂かれた二人の男性。
「所持品から……名里伸吾、宮吉真人」
「……どう見てもダンジョンに来るような格好ではないが、どういうことだ?」
自衛隊員たちがせめて何か身許でもわかればと探った結果、どうにか名前は確認できたが、どう考えてもこんなダンジョンの奥深くに来るような格好をしていない。そして、手許の資料をめくっていた者が資料の一箇所を指さす。
「あったぞ、名里伸吾と宮吉真人。瀧が……ゴホン、例の奴を取り押さえた駅員だ」
「何だと?」
瀧川陽のターゲットが裁判官、裁判員以外にも向けられる可能性があるとしてピックアップしていた一覧に載っていた名前に隊員たちがうろたえる一方、気を遣われて離れた位置にいる瀧川夫妻は複雑な思いでその様子を見ていた。
「情報が少なすぎて何とも言えんな」
「ええ。でも一つ確かな事が言えるわ」
「一つじゃない、二つだ」
「そうね。あの子が痴漢なんてするはずがないわ。親のひいき目と言われたら反論できないけど」
「ああ。そして、あの子は……私たちに似てやり返す時は徹底的にやる」
「全く……これは何者かに仕組まれている可能性が高いか?」
二人とも、高校卒業と同時に探索者となっており、物事の価値基準が探索者としての優劣に偏っている事は自認しているが、その一方で自分の子供たちが探索者となるものだとばかり思っていたために、教育方針が中々過激だった。
そして、陽が探索者に向いていなかったとわかった時には、やっちまったと後悔したが、気持ちを切り替えて普通の社会人として暮らせるようにするにはどうしたらよいかと考えた。そして、出来るだけ探索者の有り様に触れないようにと、変に意識してしまったのが裏目に出たと気付いたのは、陽が一人で進路を決めて大学へ進学し、一人暮らしをすると告げたときだった。おそらくその時に、「自身の意に沿わない相手には徹底的に刃向かうべし」という考え方でも持ってしまったのだろう。しかし、法を犯さない範囲ならある程度の仕返しもやむを得ないこともあるだろうと、矯正は断念した。何より、思春期特有の反抗期がまだ終わっていないような雰囲気もあったために、何を言っても無駄、と言う空気もあったからだ。
その一方で、幼い頃から「悪いことはするな」と徹底した教育は一応の成果が出ていた。一人暮らしをはじめたあとも、年相応に周囲に流されながら羽目を外すことはあっても、他人に過剰に迷惑をかけることもなく過ごしているらしいと知ったときにはホッとしたものだった。そして、少々厄介なダンジョン探索が一段落ついたら、しっかり話をしようとも考えていた矢先に、あの事件である。
もちろん、息子に対する尾行じみた監視はいくら二人がトップクラスのオフィサーだとしてもおいそれと認められることでは無いのだが、若手のオフィサーに「モンスターに気取られないように追跡する訓練」と言ってやらせていた時点で色々アレである。ただ一つの不幸は、陽が逮捕された日を挟んで数日は若手のオフィサーが報告のために東京に戻っていて、逮捕された事実はもちろん、逮捕された経緯もきちんと確認できていなかったことだろう。
そして、同時に末恐ろしさも感じている。
現状、瀧川陽は死亡したと扱われている。
日本に限らず、だいたいの国において、法というものは生きている人間に対して適用される。出生を届けられなかった人間ならともかく、死んだ人間が死んだあとに何かをやらかすという事は考えに入れていないため、現時点で陽が法を犯すという事は起こらないとも言えるのだ。
もちろん、ある程度の良心の呵責というものがあるだろうから、何でもかんでもやりたい放題という事はないだろう。しかし、その一方でこの状況に追い込んだ連中への復讐に関しては手加減無用となっている可能性が高い。
以前、鬼火ダンジョンで会った時、そしてつい今し方会ったとき、それぞれでわかる事は一つ。
「あれは人間の手に負えない存在になっている」
ダンジョンマスターの存在は、一部のラノベ好き、ゲーム好きな連中が言っている噂だけで、実際に確認された例はない。
だが、噂を拾っていくとどうなるか。
曰く、ダンジョンの創造者、管理者。
曰く、ダンジョンで最も強い。
曰く、人間がまともに戦って勝てる相手ではない。
誰も確認できていない事だから言いたい放題言える内容だが、自身を「ダンジョンマスターです」と宣言して見せたアレはどうかというと、もはや理解の範疇を超えているとしか言い様がない。
ダンジョンの中で会うというシチュエーション故にこちら側からは常に警戒して隙を見せないどころか、隙あらばという態度であったにも関わらず、あちらは終始余裕を見せていた。と言うよりも、鬼火ダンジョンで会った時同様に、こちらの事を歯牙にもかけないというか、象が足下のアリの事を気にして歩くか?という疑問に対する答えというか、こちらが何をしても全く問題ない、という空気を垂れ流していた。
日本政府が所有していて、非常にやばい時にこの夫妻に貸し出す以外、外に持ち出される事のない、その存在自体を秘匿されている魔剣がある。よくもまあ見つけてきたものだという逸品で、過去に数回試した限りではドラゴンですら一刀両断しかねないほどの威力を誇る武器だ。だが、現在の陽にそれを持って立ち向かっても、傷の一つすらつけられないと確信できた。
恐らくこちらの攻撃を回避するという事すらしないだろう。こちらが出来るのはせいぜい着ている服を切り裂く程度で、その肌に切りつけた痕跡を残す事はもちろん、髪を切り落とす事すら出来ずに……デコピンの要領で刀身を砕かれそうだ。
「とにかく一度戻るぞ」
「しかし」
「……俺たちは戻る。お前たちがどうしてもアレと戦いたいなら止めはしないが、結果を見届けるつもりはない」
「何?!」
「アレの実力は、気まぐれで情けをかけてもらえば死体が残るかもな、と言う次元だとだけ言っておく」
「そんな危険な者がダンジョンの外を出歩けるという情報を持ち帰る。既に私たちの任務はそう言う種類のものに変わったと私たちは判断したわ」
返事を待つ事なく二人は元来た道を歩き始める。残りの者たちは少しだけ迷ったようだが、世界レベルでも五本の指に入るほどの二人が言う事に見間違いだとか誇張がないだろう事はわかるので、おとなしくついていく。
「さてと」
そんな様子を眺めながら、体当たりと同時にポケットに入れられた紙を開く。あの短い時間でこんな物を用意するとは器用なもんだな。
「俺たちが外に出たら一度家に顔を出せ、か」
色々と話す事がありそうだな。