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  作者: ひじきとコロッケ
名里伸吾と宮吉真人
42/105

(2)

「ああ……うぇっぷ……飲み過ぎたか」

「おう……起きたか」

「おう」


 時計は昼過ぎ、というかもうすぐ四時。いくら何でも寝過ごしすぎたか?


「まだビールはあるぜ」

「飲むか」

「へへっ」


 ぬるくなっていたビールを隅へ追いやり、キンキンに冷やしておいたのを開けぐいっとやる。


「ぷはあああああ!」

「っかあああっ!……キンキンに冷えてやがるっ!」


 心地よく酔いが回ってきたところで、ピンポーンとチャイムが鳴った。


「んあ?」

「ああ。ピザ、頼んどいたんだ」

「そうか」

「食うだろ?」

「おう」


 寝てただけでも腹は減るからな。

 Lサイズピザにサイドメニューのチキンという、中々ジャンキーなものをテーブルに広げ、再び愚痴を言いながら食っていく。


「そう言えば」

「ん?」

「お前、覚えてるか?あの痴漢野郎」

「あのって、どの痴漢野郎だよ」


 だいたい二、三ヶ月に一回くらいは痴漢騒ぎがあるからな。いちいち覚えてられるかってんだ。


「あれだよ。あの……雨も降ってねえのに傘持ってた瀧川とか言ったっけ?」

「ああ……何となく覚えてる」


 クズ人間に割く脳の記憶領域は無駄だと思うが、一応覚えてる。みっともなく……そう、今までに見た中で一番みっともなく「無罪だ!」って言ってた奴だっけ?


「警察から連絡があったんだけど」

「警察?俺んとこには無いぞ」


 スマホを見ると……


「スマン、着信あったわ」

「ハハッ……まあいいか。何かそいつの関係者に聞き取り調査してるから協力してくれってさ」

「協力?」

「何か知らんけどな」

「ふーん」

「お前の分も代わりに答えといたよ」

「へ?」

「明日、駅まで話をしに来るってさ」

「ああ……そういうことか」


 それも業務の一環、と。


「ま、いいだろ……さて、タバスコかけるぜ」

「ちょ!かけ過ぎ!」




 翌日、さらにしこたま飲んだために酔いが抜けきっていないが、それでも律儀に起きて、駅事務所まで向かう二人。


「頭いてえ」

「俺も」


 時刻は午前九時をまわったところ。話なんて大して長いものでもないだろうから、終わり次第寮に戻って寝てしまえばいい、と言う程度の気楽さで事務所へ入る。


「おはようございます~、呼ばれたんで来ましたけど~」

「お前ら、酒臭いぞ」

「久々の連休っすから、しこたま飲みました!」

「こんな日に呼び出す警察が悪いんです!」

「それはそうだが……まあいい。もう来てるからさっさと行け」

「「うい~っす」」


 酒臭いから何だというのだと、文句を言いながら廊下を進み、刑事が待っているという部屋へ。


「お待たせしました」

「ども」


 二人が声をかけると、こちらに背を向けて立っていた刑事が振り返る。


「おはようございます。すみません、お休みだったとかで」

「いえいえ」

「警察の方にはいつも色々お世話になってますから」

「このくらい、どうってことないですって」


 適当な受け答えをしながら椅子に座り、刑事にも座るよう勧めたが手で制されてしまった。まあいい。


「で、お話しというのは何ですかね?」

「警察なんてしょっちゅう呼んでるからアレですけど、いつも話す事は全部話してるつもりなんで今さら話す事なんて無いと思いますよ」

「ははは、まあ大したことじゃないんですよ」


 そう言って刑事は名刺を一枚手渡す。


「私、赤谷と申します」

「あ、ども」


 トン、とテーブルに手をついて続ける。


「瀧川陽、ご存じで?」

「あー、えーと」

「あ、アレかな?痴漢で捕まった」

「……」

「そんな目で見ないでくださいよ。いちいち名前を覚えておくとかしませんからね」

「うろ覚えになるのも仕方ないんですよ」

「ま、そうでしょうね」


 赤谷が苦笑しながら答える。


「ま、私も事件がある程度片付いたら名前なんて忘れちゃいますし」

「「でしょう?」」

「ただ、困った事に……あの事件の関係者がことごとく行方不明になっているんですよ」

「え?」

「マジで?」


 さすがに二人の表情から笑みが消える。


「これは非公開の情報ですが……どうも瀧川陽の遺志を受け継いで復讐をしている者がいるようなんです」

「復讐?」

「えっと……どんな?」


 赤谷が「全て確認できているわけでは無いのですが」と前置きして告げる。


「どうもダンジョンに引き込んで殺しているようです」

「ダンジョンに?」

「引き込んで……って、どうやって?」

「名前は教えられないのですが、ある程度の実力があるダンジョン探索者が二名、とあるダンジョンに呼び出され、強引に奥の方へ連れて行かれて」

「連れて行かれて?」

「モンスターに食われて死にました」

「うげっ」

「マジかよ」


 想像してしまったのか、二人が少し青い顔をしているところに赤谷が続ける。


「まあ、そんなことがあると……あの事件、もう一度洗い直そうという話にもなっていまして」

「はあ」

「そこで実際に対応したお二人に確認なのですが」

「は、はい」

「瀧川陽はあの日、上り列車と下り列車、どちらに乗っていたんでしょうか?」

「えっと……」

「どっちだったかな」


 即答できないのは想定済みですといった感じでさらに続ける。


「まあ、いちいち覚えていないのは仕方ないとして、一つ見つかっていないというか……確認できていないのが、彼の乗車記録です」

「「!」」

「通勤用に定期を購入しているはずなのですが、その乗車記録をたどろうにも定期券が見当たらなくて、と言う話なんです。何か心当たりありませんか?」

「刑事さん……済みません」

「え?」

「その……」

「定期は俺たちが処分しました」

「処分……した?」

「はい」


 二人が重い口を開いて語った内容は、ひどいと言えばひどいが、わかると言えばわかる話だった。

 全国的に普及しているICカードタイプの定期券は、当然この路線でも使われており、瀧川が持っていたのもICカードタイプだった。そして、それは「どの改札をいつ通ったか」がわかる仕組みとなっている。

 そしてそれを使えば、瀧川が傘を持っていた理由として話していたのも証明できるかも知れないのだが……


「社内規定が面倒なんです」

「面倒?」

「ええ」


 定期券のデータはいわば個人情報。

 つまり、個人情報保護とかそう言う話になるので、おいそれと情報を見る事は許されない。しかし、警察による犯罪捜査という名目で情報開示が求められたら当然応える事になる。


「しかし、その場合でも色々と手続きが面倒なんですよね」

「へえ」


 開示するデータの日時、開示する目的、相手方での保管期間など様々な情報を添えて許可申請をしなければならないのだが、犯罪捜査に関わる場合はこれまた色々とついてまわる。

 殺人事件の容疑者をとなると、警察も色々な書類を調えてくるが、痴漢となると警察も「出せる程度でいいんですがね」となるという。

 そうなると、社内手続きの面倒くささが一段上がり、労力に見合わないんですよね、と二人が付け加えた。


「なるほどねえ」

「と言う事で、定期券は所持しておらず切符を購入したとしておいて、切符はゴタゴタしている間に落としてしまって風に乗ってどこかへ飛んで行ってしまった、というのが一番楽なんですよ」


 悪びれる様子の無い二人を見る限り、そう言うことが日常的に行われているだろうというのが容易に推測できる。


「まあ、こう言っちゃ何ですが……痴漢程度だと、って事ですかね」

「ええ。どうせ人間のクズですし」

「わかりました」


 赤谷が手をパンと叩いて立ち上がる。


「これ以上新しい情報は無さそうですね……」

「すみませんね」

「いえいえ」


 赤谷が二人に背を向けてポツリと呟く。

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