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という事で、水牧の対応に専念する。水牧の使っていたマッチングアプリをスマホにインストール。スマホ本体だけをダンジョンポイントで出してWiFi接続すれば使える。なぜかSIMカードの刺さったスマホがダンジョンポイントで交換出来ないのは、多分……携帯会社と契約が必要になるからなんだろう。世知辛いな。
そして、こちらのプロフィールを入れていく。アイツの出していた条件は……年齢二十代、年収二千万以上……それから……馬鹿らしくなってくるような内容だな。こんな人間がもしいたとしても、マッチングアプリなんか使うかよって思う。それから、最後に一言書くのか……えーと「上場企業の社長をしています。いつでも連絡くださいね」と。さて、これで登録、と。
こんなのを信じる奴がいるのかと思ったが、あっさり食いついて、夜七時くらいにアプリのメッセージが届いた。えーと……「陽子さん、はじめまして。小さいながらも会社を経営している水牧と言います。よろしくお願いします」か。うん、最初に送ってくるメッセージとしては常識的だが、お前会社なんて経営してないじゃん。
とりあえず、当たり障りのない感じで返事を送ると、すぐに返事が来た。ちなみにこのアプリ、メッセージを送るのにポイントが必要で、無料で送れるのは五回。なので、その五回の内に会う約束を取り付けなければならないが……まあ、なんというか、簡単だったよ。ただ単に「直接会ってお話ししたいですね」とやったら「是非」となって、「それではこの日に」と送ってやったら即OK。平日の昼間なのに、コイツわざわざ殺されるために有休を取るんだろうな。
とりあえず予定の日に向けて準備を進めておく。上場企業の社長という設定だからということで安直にでかい家を一軒作った。ダンジョンの範囲内だが、入り口の反対側なのでダンジョンとは認識していないだろう、と言う場所に。ま、田舎だからというわけではないが、塀で囲まれた家というのは結構あって……空き家のままという家もチラホラ。そのうちの一軒を丸ごと改築。外からの見た目では全く変わったように見えないが、門をくぐると別世界。実にわかりやすい形の日本庭園に高級感があるが、程良く質素な見た目の屋敷。いわゆる古くからある地主の家のような感じに仕上げた。
「うん、生活感ゼロだな」
普通、生活感のない家ってのは何も置いてないフローリングに、壁も真っ白なまま。家具すらモノトーンで統一し、座る椅子すらデザイナーズチェアみたいな感じを指すのだろうが、この家の場合、和風なくせに生活感が出ていない。何というか、人が住んでいる匂いのような物がない、と言えばいいのだろうか?ま、いいか。ここで生活するわけではない。あくまでも水牧を誘い出すだけの場所だからな。
そんな準備を整えて約束の日。「いよいよ今日ですね、楽しみです」とかいうメッセージに「私もです」なんて返事を出して、むずがゆくなった全身をかいていたら……ウラが来たな、何だろう?
スマホ使用中に居座っているアパートのドアを開け、認識阻害かけた状態で歩いてくるウラを出迎える。
「認識阻害、バレバレなんだが」
「お前のダンジョンだからな。この姿を見られないようにするだけだからいいんだよ」
「ふーん、で、用件は……って、上がれよ」
「おう」
一応、この周囲にも普通に人が住んでいる。つまり、俺が盛大に独り言を話すという状況になるのは恥ずかしいので、部屋に入れる。
「お前、ここに住んでるわけじゃないよな?」
「ダンジョンの中だとスマホの電波が届かないんだ。不便だろ?」
「いや、全然」
「え?」
「えって……スマホ使わないし」
「そうなのか」
「必要ないだろ?」
まあ確かに。映画もゲームもダンジョンポイントでいくらでも交換出来るし、探索者を見ているとそれだけで時間が潰せるくらい面白い連中はたくさんいるからな。
「俺の復讐には必要なんだよ」
「まあ、いいが……で、朝メシの最中だったのか?」
「まあな。食うか?」
「食うかって……何だよそれ」
「オートミール」
「オートミールって……あの?」
「そう。簡単だぞ」
笑顔のオッサンの描かれた箱を開けて一袋取り出すと水とコンソメ、ミックスベジタブルと軽く混ぜてからレンジでチン。
「これでなかなかうまいんだ」
「そ、そうか……」
「で、今日は何の用だ?」
「何の用って……ニュース見てないのか?……って意外にうまいな、これ」
「ニュース?今朝は見てないな……だろ?お手軽簡単な朝飯だ」
「そうか……んぐ。テレビ付けてみろ、どこでもやってるぞ」
「ふーん……ポチッとな」
八時台のニュース番組だが……ん?どこかで見たような……テロップは……
「凶悪!探索者を二名殺害した犯人がダンジョンに立てこもり……なんだこれ」
見慣れたダンジョンの入り口付近でマイクを持ったレポーターがスタジオと何やらやりとりしているが……そりゃ見慣れてるはずだよ。俺のダンジョンだし。
『加藤さん、何か後ろに来ていますね』
『あっ、今自衛隊のダンジョン特選隊が到着したようです。重装備の隊員たちが下りてきて、周囲は物々しい雰囲気に包まれています』
ゴツいバスが横付けされ、迷彩服の男たちがゾロゾロと下りてきて、周囲はワーカーの野次馬も集まり、なかなか騒がしくなってきている。
「いや、物々しい雰囲気にしたのお前らだろ、ってあそこで言いたい」
「確かにな。竜骨ダンジョンって、ちょっと田舎だからダンジョンの難易度の割にのどかなとこなのに、雰囲気ぶち壊しだよな」
「その辺はな。先代がそういうコンセプトでダンジョン作ってたみたいだし、俺もそれを継いでいくつもりなんだが……ん?」
マイクロバスが到着し、下りてきたのは
「お前の両親か」
「お前のダンジョンから出てきたばかりだろ?ケガとかしてなかったのか?」
「ポーション大量に回収していたからなぁ」
「お前のダンジョンってさ、難易度は高いけどドロップもいいんだっけ?」
「そうだな。ハイリスクハイリターンだ」
竜骨ダンジョンはモンスターの強さ的にはローリスク。で、ドロップはそこそこ。ローリスクミドルリターンくらい?ダンジョンの複雑さでは他の追随を許さないという自信があるが。
「で、今からあの人数で突入か」
「今までにこう言うのって無かったよな?」
「……俺のダンジョンが世界初か。胸が熱くなるな」
「自慢できることじゃないだろうに」
ざっと数えて百人ほどが並んでいる前に両親が立ち、突入前に何やら話しているが……興味はない。それよりも、だ。
「今日さ、一人始末しようとしていたんだけど……どうしてこう、邪魔が入るかな」
「日頃の行いだろ」
「もうお前帰れよ!」
全くコイツは。
「で、どうするんだ?」
「別にどうもしない」
「え?」
「俺の復讐は両親には関係ない話だからな」
「そうか」
「だいたい、俺のところまでたどり着けるとは思えないし」
「だろうな」
「と言う事で、俺はそろそろ準備をするのだが、お前はどうする?」
「どう、って言われてもな。俺も特にあの連中に用は無いが……そうだな、俺もダンジョンに入れてくれ」
「は?」
「あの連中がどうなるか、観察するだけだがな」
「まあ、いいけど」
ダンジョンコア経由でとりあえず第一層へ送り出してやる。
「入り口はあっち。見つかるなよ?」
「了解」
「言っておくが、お前は手を出すなよ?」
「ああ。認識阻害かけておく」
さて、とりあえず水牧の相手をするか。




