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裁判員を続けて始末したのはいいのだが、この結果、警察による警戒が強まった……と思う、多分。そこで一旦裁判員、裁判官を外し、俺を取り押さえた乗客の残り二人にかかることにしよう。
と言うことで水牧雄二の自宅前に来ている。俺を取り押さえたときに、散々俺のことを「三流以下の生活しか出来ない貧乏人」とか抜かしていた奴だったと記憶しているが、そう言うお前はどうなんだよって言いたい。壁とかトタンが貼られている二階建てのぼろアパート。錆び付いた階段の手すり。経年劣化で歪んだ結果、開け閉めにコツがいるようになった玄関ドア。築何十年だよって感じ。多分、家賃も三万円しないレベルだろうと勝手に推測……外れていたらスマン。
セキュリティのセの字も無いようなところだが、立て付けの悪いドアや窓は、ここから連れ去るときにちょっと面倒だ。ちょっと観察している間に住人が出入りしているのだが、ドアの開け閉めのたびにでかい音がしていてアパートどころかその両隣の家でも聞こえるレベル。深夜に連れ去るとしてもバレやすい。やはりここはどこかに呼び出して、と言う方法にしよう。
さて、どうやろうかなと言うことで尾行して、現在、奴の務める会社の近くのファミレス。奴はちょうど真後ろの席について、日替わりランチを食った後、スマホをいじっている。
「くっそ……誰もいないか……ったく……」
ぶつくさ言っているその画面をそっと確認。平日の昼だが、住宅地に近いせいかあまり客はいないので、結構堂々とみていられる。防犯カメラ?死角になる位置なのは確認済みだ。
で、こいつが見ているのは……マッチングアプリか。ふーん……アプリの名前は覚えた。あとは……こいつが入力している相手に求める条件をチェック。うん……その……何だ。俺一人でこの条件を見ていたら大爆笑していたよ。高望みというか分不相応というか……まあいい。このマッチングアプリに俺も登録して、こいつの条件に引っかかるようにして誘い出すというベタな作戦で行こう。
大まかな方針を決めたところで、奴が出て行くのを見送り、少し間を空けて俺も出る。
さて、細かい詰めを……と思ったら、妙な感覚に襲われた。
「うん?これは……ウラ?」
俺のダンジョンの領域に他のダンジョンマスターが来た、と言うことが感覚として伝わってきた。相手のダンジョンマスターはウラ。ふーん、俺が鬼火ダンジョンの近くに行ったときも、こんな感じであいつに伝わったのか。
あいつがわざわざ俺のダンジョンまで足を運ぶとは……何の用だろう?とりあえず急いで帰るか。
「よお、お前が来るとは珍しいというか、予想外だったぞ」
「ああ、ここにいたか……ってのも変な話だな。転移してきたわけだし」
「はは……で、何だ?」
「ああ、うん……その……立ち話も何だ、どこかで」
「込み入った話か」
「出来れば誰にも聞かれたくない話だな」
「そうか……ならこっちだ」
俺が地上であれこれするときに使っているアパートの一室へ向かう。
「スマンな、ここには何も置いてなくて……ポイントでコーヒーでも出そうか?」
「じゃ、アメリカンで」
「ただの缶コーヒーだけどな」
「リクエストの意味が無いのか」
「ま、お前の持ってきた話次第ではコーヒーメーカーを出すのもやぶさかではないが」
文句を言いながらもプルタブを開けて一口飲むあたり、義理堅いというか何というか。
「で、俺が来たのは……お前の両親についてだ」
「俺の両親?」
「お前……俺のダンジョンに置き去りにしただろうに」
「そ、そうだな。うん、置き去りにした」
「お前……忘れてただろ」
「忘れるわけないだろ、自分の両親だし」
うん、ほぼ忘れてたぞ。気にするつもりもなかったから。
「つい二時間ほど前、ダンジョンから出た。十一層の転移魔法陣を使うかと思ったが、普通に上ってきた」
「へえ」
「何だかんだでダンジョン内のモンスターを狩りながら、各種物資を調達して、な」
「さすがトップレベルのオフィサーだな」
「全くだ。順調に地上を目指していたからな、ちょっとどうにかしようかなって進路上に強いモンスターを配置してみたが簡単に突破しやがった」
「お前、何やってんの?」
「いや、だって……始末したかったんじゃないのか?」
「別にどうでもいいって言っておいたろ?」
「それは……そうだが」
「ま、いいや。で、ウラのご自慢の鬼火ダンジョンから五体満足で外に出て、俺のところに来るかもしれないと警告のためにここに来たと」
「ま、そういうことだ」
「心配しすぎだぞ」
「え?」
「この前の戦い、見てたろ?」
「まあ、見ていたが……」
「あれ、全力どころか数%以下の力だぞ。小さすぎて逆にコントロールが面倒なレベルで調整していたくらいの」
「そう……か……って、本当にそうなのか?」
「何度も言ったろ?ドラゴン倒す程度の力じゃ、俺に与えられるダメージはせいぜい着ている服がダメになる程度だって」
「ふむ……なら、ここに来ても?」
「何の問題もない。と言うか、わざわざ俺が出向く必要、あるか?」
「え?」
「俺はコア部屋にいるだけでいいだろ」
「いや、でもお前のダンジョンレベル、十だろ?突破されるんじゃ?」
「無理だな……あ、そうか」
俺のとこのダンジョンの構造、教えてなかったっけ?と言うことで、軽く俺のダンジョンのコアまで行く手順を教えた。
「お前、それマジか」
「マジだぞ」
「はあ……それ、他のダンジョンマスターが仮に攻めてきても手こずるタイプじゃねえか」
「そうなのか?」
「ああ。ダンジョンマスターと言っても、言ってみればメチャクチャ強い人間、って程度だからな。海なんかにダンジョンが出来て魚がダンジョンマスターになったとかでもない限り、水中で長時間行動できる奴はそうそういないぞ」
「逆に魚からダンジョンマスターになった奴なら攻略できると」
「そもそもその迷路みたいな構造の通路を通りたがる奴がいるとは思えないんだが」
「そうか?」
「しかもトラップだらけだろ?」
「まあな」
ウラが軽くこめかみをトントンとやってからため息をついた。
「お前、えげつないな」
「褒めても何も出ないぞ?」
「いや、褒めてねえし」
さてと、とウラが立ち上がる。
「ん?もう帰るのか?」
「ああ。用件は済んだしな」
「そうか」
「それじゃあ、俺は帰るぜ」
「おう、ありがとうな」
「え?」
「いや……なんで礼を言われて意外そうな顔をするんだよ」
「う……うん……その……ま、まあな……それじゃ、頑張れよ」
「おう」
ウラを見送ってからコア部屋へ移動。さて、俺の両親の今後の動きを予想しようか。
まず、あり得るのが……竜骨ダンジョンへやって来る。うん、あり得るというかそれ以外なさそうだな。そして、これまたあり得ない速度でダンジョン攻略にかかる。まあ……そうだろうな。
でもな、だからと言って何をするでもない。
確かに両親の俺に対する当たりは酷いと思うが、別に死にはしなかった。それに、疎まれてはいたが……出て行けと言われたわけではない。俺が何となく居づらくなって勝手に出ていったようなものだし、帰ってくるなと言われた事も無い。まあ、逮捕されたときには親子の縁を切ると言われたが、息子が痴漢容疑で逮捕されましたなんて連絡が来たら、普通の対応だよな。
それに、竜骨ダンジョンが攻略出来るかというと無理だろう。現状で、最下層までのルートは見つかっていないし、ダンジョンコアまでの道に至っては時々改良して長さを伸ばしている。正解ルートがどうなっているのか、俺もわからないくらいに。




