(4)
「えーと、この前は灼熱の業火とかそう言うのをもらったんだっけな」
少し離れてそう呟きながらその倒れた姿にそっと手をかざす。
「色々食らえ」
火炎が、風雪が、雷光が、地割れが、ありとあらゆる災害が俺の手のひらから放たれた力によって引き起こされ、ユキトを飲み込んでいく。十秒ほどその状態を維持してから解放すると、そこには何だかよくわからない状態になったユキトが転がっているだけだった。
クルリと背を向けて、反対側の地面に手のひらを向ける。
「せいっ!」
気合い一発で闘技場の半分が底が見えないほどにえぐり取られ、一瞬遅れて衝撃が観客席を襲う。一応結界のようなもので守られていたが、その結界はヒビ割れ、観客席も崩れ落ちる一歩手前。
そして向き直ってこう告げる。
「まだ続けるってんなら、これ以上の奴を食らわせてやるがどうだ?遠慮は要らんぞ?」
ユキトの姿をかろうじて保っているそれはピクリとも動かない。
「おーい、これ続行不能じゃ無いか?」
「フム、そうだね。では「ま……待った」
うわ、起き上がろうとしてる。
「お、俺は……まだ……やれる……」
どうにか上体を起こしてきているが、容赦はしない。
「どりゃっ!」
蹴り一発で吹き飛び、どべちゃっと壁に激突する。これでいいかと思ったが、なんとか起き上がってきた。手加減しすぎたか。
「手加減って難しいな」
仕方ないので、デコピンの要領で空気を弾く。これなら離れた位置に届くまでにある程度威力が落ちるだろうと期待して。
「ガッ……ウッ……グッ……」
「んー、イマイチだな」
期待に反してイマイチ威力が落ちない。空気弾の当たった箇所から骨が砕けるような音とか、貫通して向こう側の壁が砕ける音がする。
「こりゃ、頭にでも当たったら即死だな」
と言うか、現時点で生きてるのが不思議なレベルなんだが。
「なあ、始まりのダンジョンマスター」
「何だろうか?」
「見ての通りなんだが、これ、続ける意味があるか?」
「フム……」
「言っておくが、今の制限されている状態でも、ここ全体を吹き飛ばすくらい朝飯前だぞ」
「なるほどね。ここを壊されるのは私としても本意では無いな」
「それに、アイツの攻撃、俺に全然通ってないだろ?手加減って難しいんだよ」
「そうだね。よしわかった、そこまで。勝者、竜骨ダンジョンのマスターとする」
ワアアアアア……
ユキトの「待った」がジャスト一分で、そこからさらに一分。ま、こんなモンか。
「じゃ、そう言うことで。帰るための転移魔法陣を出してくれ」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「は?」
「曲がりなりにもダンジョンマスター同士が意地を賭けて戦ったんだ。勝者に何かしらの報酬があってもいいんじゃない?」
「いらん」
「またまた。欲が無いね」
「欲が無いというか、そもそも売られた喧嘩というか、原因を作ったのが俺というか……そうだ、こうしよう」
「うん?」
「この件はこれでチャラ。以後、この件であの……ユキトだっけ?アイツが俺に色々文句を言うのは禁止で」
「そんなことでいいのかい?」
「いいさ。それよりさっさと帰りたいんだよ。用事があるんだ」
「ふーむ」
「ダメだってんなら、ここのダンジョン丸ごと破壊しながら外に出るが?」
「そりゃ困るね……ホイッと」
目の前に淡く光る魔法陣が現れた。
「じゃ、帰るぜ」
魔法陣に乗ると、竜骨ダンジョンのコア部屋。さて、時刻は……うん、予定通りだが急がないとな。あらかじめ用意しておいたオフィスビルから待ち合わせ予定のファミレスへ急ぐ。徒歩で。
途中の道路で歩道を巻き込んだ工事をしていて迂回を余儀なくされたせいで、店に到着したのは午後二時五十分。上平美雪が律儀な性格で十五分前には到着するとか言うタイプだとマズいなと、店に飛び込んだ。
「予約をしていた……」
「お待ちしておりました。こちらです」
店員に案内された個室に入り、店員が下がるとすぐに室内を確認。カメラは無し。窓の鍵は全部ロックされている。ヨシ。上平が到着したらすぐに連れ去るつもりだが、カメラがあったりすると面倒だからな。
やがて、「こちらでございます」という案内の声の後、コンコンとドアがノックされる。
「どうぞ」
「失礼します。はじめまして。上平美雪です」
「お忙しいところ、わざわざお越しいただいてありがとうございます」
「いえいえ」
「あ、どうぞそちらにお掛けください」
「はい」
店員が「ご注文が決まりましたらそちらのボタンで」と告げて去って行くと同時に本題へ入る。
「さて、今日お呼びしたのは他でもありません」
「あ、その前に申し訳ないんですが」
「何でしょうか?」
「あなたのお名前をキチンと確認しておりませんでしたね。予約の名前は確か、田中でしたけど、フルネームを教えていただいても?」
「聞く必要はありませんよ?」
「え?」
パチンと指を鳴らすと上平の座った席を中心に転移魔法陣が起動し、ダンジョン内へ。任意のタイミングで起動するタイプは結構高いが、必要経費と割り切った。
「ここは?!」
「竜骨ダンジョンです」
いきなり変わった風景に上平が恐る恐るといった感じで聞いてくる。多分まだ現実味がないんだろうな。
「ダンジョン?」
「そう、ダンジョン」
「え?どういうこと?」
意外にもダンジョンであることはすんなり受け入れたようだが、なぜ連れてこられたかは理解していない。ま、当然か。
「お前が裁判員で裁判したときの容疑者、瀧川陽を知っているな?」
「……守秘義務という物がありまして」
「ダンジョンの中って日本はもちろん、どんな国の法律も適用できないぜ?」
「関係ありません。何を聞かれようともお答えできません」
「ま、いいけどな」
「え?」
「別に根掘り葉掘り聞こうなんて思ってないし」
「どういうことですか?」
「今から事実を二つと、これからのことを一つだけ言う。お前に拒否権は無いからそのつもりで」
「はあ?」
「事実その一、瀧川陽のあの事件、冤罪だ。その二、瀧川陽はこのダンジョンで死んだ」
「な、何を言って」
「黙れ。お前の意見を聞くつもりはない。そしてこれからのことを言うからよく聞け。お前をここに残す。ちなみにここはこのダンジョンで人類未到達のエリア。言うまでも無く危険な場所だ」
「い、一体どういう「簡潔に言えば」
ビッと指さして告げる。
「ここで死ね。以上」
「え、ちょっと……どういう……」
何かわめき始めたが無視して転移。
さて、これで裁判員は残り一人だな。
ファミレスの店員が「あの個室の客、全然注文をしてこないな」と不審に思って様子を見に行ったのが十分後、客が消えたという報告を受けた店長が異常事態だとして店内の防犯カメラ映像をチェックしながら警察に通報したのがそれから五分後。到着した警察官たちが防犯カメラ映像を確認しながら周囲の道路を封鎖したのがさらに十五分後。
行方不明と断定したのは翌朝のことだった。
……らしいが、俺の知ったことではない。