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「と言うわけで、あっちのアフリカ大陸の料理に挑戦してみる」
「そうか……って、他のダンジョンマスターに……は今更いいか」
「はっはっはっ」
他のダンジョンマスターに挨拶ってのも今回ここに来た目的の一つなんだが、一定の距離を保って避けられている。あれだけやられてパーカーが燃えただけで、髪の一本も焦げていないんだから、そりゃ全員引くか。第一印象最悪じゃね?
二時間ほど飲み食いしたが、結局あれからウラ以外とは話をすることもなく。別にコミュ障じゃないつもりだが、如何せん新宿ダンジョンマスターとのやりとりのせいで距離を置かれてしまってはどうにもならない。次回に期待することにして帰ることにした。何、料理を一通り食べたから、当初の目的は達成している。ダンジョンポイントで買ってもいいと思える物がたくさん見つかったのが今回の収穫だ。
懇親会から十日ほど経った。新宿のマスターとの決闘とやらの日程連絡が無いので、上平美雪に手紙で伝えている日よりも前に呼び出して始末することにしようと思索。と言っても、適当に呼び出してダンジョンにポイだ。なんのヒネりもないけどな、知元文代と似たようなタイプだと思うと、あまり相手をしたくないんだよ。
ダンジョンの外に出て、上平に電話をかける。ダンジョン内で携帯が使えないのは面倒だがそこは我慢。
「はい、それではお願いします」
明日の午後三時に待ち合わせとした。場所はダンジョンの裏手、数百メートルにあるファミレス。家族向けに個室になった客席があってちょうどいい店と言うことで選んだ。そう、この店はダンジョンの範囲内として認識される店。ただ、ダンジョンの入り口から見ると山を挟んだ反対側なので、探索者向けの施設もない、ただの市街地。とは言え周囲に防犯カメラが設置されているので、ちゃんと店に入る動きを見せておかないと少々不自然かなと言うことだけ気をつけないとな。少し面倒だが、平日の午後だから混むことも無いだろうが、一応店に予約を入れてダンジョンに戻ってきたら、コアにメッセージが届いていた。
『新宿ダンジョンマスターと竜骨ダンジョンマスター決闘のお知らせ』
来たか……って、ダンジョンマスター全員に通知してんのかよ。懇親会並みのイベントとか、俺は得しないんだが。とりあえず「決闘を承諾しますか?」の問いに「はい」と答えておく。
って、待て!もう押してしまったが……日時が明日の午後二時かよ!
失敗した。これじゃ、明日は大忙しだ。
午後二時に決闘。これは懇親会の時のように転移魔法陣が出るとのことで移動に時間はかからない。で、決闘は……さっさと片付けないとな。余計な前口上は無し。サクッと叩きのめして「じゃ、そういうことで」とさっさと帰る。これなら五分で戻れるか。
そして、戻ってきたらすぐに出て待ち合わせのファミレスまで。車で行くとしてえーと、二十分くらいか?五分前には店に入っていたいので、二時半には出られるように……ま、何とかなるだろう。新宿ダンジョンのマスターが余計なことをゴチャゴチャごねたりしない限りは、という但し書きがつくけど。
決闘当日にして、上平美雪の人生最後の日(予定)の午後一時五十分。コアの前に転移魔法陣が現れたのでそのまま乗り込むと、古代ローマのコロッセオのようなところに出た。
観客席は他のダンジョンマスターで満員で、飲み物を給仕しているインキュバス、サキュバスの姿が見える。一番高い位置の、いわばVIP席には始まりのダンジョンのマスターがグラス片手にゆったりとくつろいでいる。
「完全にスポーツ観戦モードだな」
ま、いいか。
そして、俺が来てから一分もしないうちに、新宿ダンジョンのマスター、ユキトが転移してきた。時間ギリギリまで来ないでイライラさせる作戦でも仕掛けてくるかと思ったが、そういうことはしないらしい。
戦う当事者二人が揃ったことで、会場のボルテージも上がり、ワアアアアアという歓声が響いていたが、始まりの奴がパン!と手を叩いたら、水を打ったように静かになった。
「時間に少し早いが、揃ったので始めるとしようか」
「おう!さっさとやろうぜ!」
会場全体に声が響く。
「ここに、新宿ダンジョンのマスターと竜骨ダンジョンのマスターの決闘を開催する!」
ワアアアアア……
「決闘のルールは至ってシンプルだ。武器だろうと魔法だろうと何でも使用可能。降参したら負け、死んだら負け、気絶・昏睡などによる続行不能と私が判断したら負け。場外は無いが、できればこの会場内で戦ってくれたまえ」
ワアアアアア……
「なお、ここは君たちのダンジョンでは無いから、ダンジョンポイントが使用できないが……特別に使用可とした。ただ、通常よりも十倍のポイントが必要になるので注意してくれたまえ」
なるほど、何でもありか……って、昨日届いたメッセージに書かれていたから、今更だけどな。
「それでは両者、用意はいいかな?」
「いつでもい「さっさとやろうぜ。コイツをぶっ殺したいんだ」
おいおい血の気が多すぎだろう。
「では……始め!」
ゆらり、とこちらを向いたユキトが、剣を取り出して抜いた。うわ、アイテム交換早いな。
「ダンジョンポイント千万で交換可能な……竜殺しの剣だ。覚悟しな!」
言うなり、ダンッと地面を蹴り、こちらに突っ込んでくる。まさに一瞬で間合いを詰め、竜殺しとか言う剣で斬りかかってきたが、
「ほいっと」
片手で軽く受け止める。ちょっと力加減をミスって、押し込まれてしまったが。
「む……やるな」
「何雰囲気出してんだよ……馬鹿か?」
「貴様!」
思ってたことが口に出てしまった。
なかなかいい表情になってバッと、距離を取るともう一度突っ込んできた。今度はフェイントっぽい動きを入れて、死角になってそうな位置から斬ってくるが、
「あらよっと」
俺に言わせりゃ、ハエが止まって見えるレベル。今度は左人差し指一本でトン、と受け止める。
「ぐぬぬっ!」
渾身の力を込めているのにビクともしないが、そりゃそうだろ。力の差は歴然というか……冗談みたいな差があるんだから。
俺が今剣を押さえるのに使っている力は十%に押さえ込まれた力をさらに一%程度にセーブしているんだが、なかなか微調整が難しいな。
「なぜだ!竜殺しの剣だぞ!」
「だから、あんな巨大トカゲと比べるなよ……」
ダンジョンマスターになったとき、モンスターに対する認識が大きく変わった。なんていうか、自分のダンジョンのモンスターは自分の配下なので、親近感が湧くような感じ。それに対して他のダンジョンのモンスターは、普通の人間だったとき以上の敵意を向けられるような、そんな感じ。
だが、ドラゴンに関する認識はもっと大きく変わった。
あれはただデカいだけのトカゲ。
これは俺が龍神になったからだろう。格の違いって奴だ。
そんなことを考えながら、少し手の角度を変えて左中指で剣をパチンと弾くと、パリッという音と共に、刀身が砕け散った。
「は?!」
状況が理解できていないようで、数歩下がり、柄だけになったそれを見つめている。戦闘中によそ見とか馬鹿だろ。
「よそ見するな、今度はこっちから行くぞ」
「くっ」
慌てて飛び退いて身構えたところに近づいていく。
「頑張って耐えろ。できれば死ぬなよ?」
一応、宣告してから右ストレートを顔面に。吹っ飛んだ先に回り込んで、背中に膝蹴り。一瞬止まったところで、上から頭に一発食らわせると、地面に大の字にめり込んだのでその背中を思い切り踏みつける。
身につけていた防具が一瞬抵抗を見せたが、すぐに砕け、ぐしゃりと言う音がして、完全に体が地面に沈み込んだ。