(2)
「「「それだけかよ!」」」
「え?何で?びっくりするだろ?」
「イヤイヤイヤ、おかしいからな!」
ウラが駆け寄って来る。いちいち距離を詰めるなと言いたいが、状況がよくわからんからコイツに任せるか?
「お前、灼熱の業火だぞ?なんともないのか?」
「え?」
「だから、灼熱の「何それ?」
何か会話がかみ合ってないな。
「大丈夫、みたいだな……はあ」
「えーと……あ、そういうことか」
立ち上がった足元を見るとカーペットが一部焼失し、その下の床が赤熱し、溶けている。アイツの魔法か何かの効果だな。
「岩をも溶かす高温か……」
「そ、そうだが」
「ついでに言うと、その岩に頭をめり込ませるくらいの剛力」
「ああ……」
「で、何でいきなりそんなことをされたんだ?」
「え?」
「新入りの俺の強さ判定か何か?」
なんだかよくわからないなと思っていたらウラが恐る恐る聞いてきた。
「えーと……陽、一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「今の、全然効いてない感じ?」
「んー、あえて言うなら」
「言うなら?」
「パーカーのフードが燃え尽きた」
一応、着続けることで神気――っぽい何かだと思う――を帯びて、異常なほどの耐久性があるのだが、直撃したフードは耐えきれなかったようだ。
「そんだけかよ!」
「そりゃそうだ。こっちは龍だぞ?」
「馬鹿な!」
いきなり俺に殴りかかってきた奴が割り込んできた。
「俺はドラゴンすら一撃で屠るレベルで攻撃したんだぞ?!」
「……そもそも……誰?」
「新宿ダンジョンのダンジョンマスター、ユキトだ」
へえ、コイツが新宿のダンジョンマスターね……なんかどっかで会ったような気がするがどこだったっけ?ま、いいか。大事なことならその内思い出すだろう。
「そうか。じゃあ、改めてユキト。俺にはドラゴン倒す程度のチョロい攻撃なんか、通用しないぞ?」
片や羽根がついただけの大トカゲ、片や神の一柱。比較する方がおかしい。
「ドラゴンを倒す程度……だと?」
「そうだが?」
「貴様……ふざけるな!」
「イヤ、ふざけてないんだが……」
そもそも俺よりも先代、辰神さんの方がずっと強いと思う。あっちは生まれながらの龍神のハズで、こっちは人間に龍神の力を入れただけだからな。
例えるならアリンコにアジア象とアフリカ象、どっちが大きいか?と聞くようなもんだからよくわからんと思うが。
「だいたいいきなり殺しに来るとか意味が……あ、そういうことか。俺のところに来いって話になっていたっけ?」
ようやく合点がいったが……
「だからってなんで懇親会で狙うんだよ。場所もはっきりしてるんだから直接来ればいいのに」
「いや、お前のところに出向いたら、ほら、力が制限されるから」
ウラが小声でフォローしてくる。
「ああ、そう言えばそんなのがあったな」
「つか、お前、力が制限されててもあの魔法に耐えられるんだな」
「パーカーは燃えたけどな。まあ、迷惑料と言うことで相殺しようか」
そもそもユ○クロだし。
「ぐぬぬ……」
イケメンと言っても、男のぐぬぬ顔は見たくないな。アレは美少女限定だからいいんだ。
「で……アレか、冒険者二名についての説明とか謝罪が欲しいとか、そんなところか?」
あの二人、アレで結構高レベルだったからな。入ってくるダンジョンポイントが目減りしたんだろう。
「仕方ない、こっちから四人、送り込んでもいいぞ。あんまりレベル高くないけど」
あの四人なら、熨斗付けて送ってもいい。
「いいやダメだ。お前のダンジョンをいただく。それ以外に無い!」
「うっわ、心の狭い奴!」
「言っておくが俺はまだ全力を出していないからなっ!」
「そうか……」
負け惜しみにしか聞こえないんだが、どうすりゃいいんだと部屋の隅にいる、さっきユキトが声をかけていた人物に視線を送ると、ニヤリと笑い返してきた。
「それじゃあ……イレギュラーだが決闘といこうか」
ゆっくりと立ち上がりこちらに近づいてくる。
「さすがに今日この場では無いが、後日改めて、でどうだ?」
「俺は別に構わないぞ。ちょっと用事があるから日程調整はして欲しいけど」
「フム。新宿ダンジョンのマスターはどうだ?」
「いいぜ。いつどこでやる?」
「まあ落ち着け。今日は懇親会だ。食べて飲んで親睦を深めようという場。場所と日時は改めて連絡するとして、今日の所は、な?」
「……わかった」
ユキトの返事を聞くと男はパンパンと両手を叩いた。
「少しばかりハプニングがあったが、引き続き楽しんでくれ」
さすがにその言葉だけで場の空気がどうにかなることは無かったが、陽とユキトが距離を開けてしばらくすると、そこかしこで歓談が再開され始めた。
「始まりのダンジョンのマスター……か」
「気づいていたのかい?」
わざわざこちらに寄ってきたが、さてさて。
「まあね」
さっき手を叩いたときに床が元通りになっていたのはここの支配者であることを示していると言えるだろうに。
「ここ、ワシントンにある、始まりのダンジョンだろ?階層はどの辺だ?六十から七十くらいだと思うんだが」
「七十層だ」
「へえ……」
少しだけ態度が変わったな。
「初めて来て、始まりのダンジョンと気づいたのはお前と……前の竜骨ダンジョンのマスターだけだ。なぜ気づいた?」
「いや、気づくって」
仮にも神だぞ?ダンジョンが外から隔離された空間だとしても、どこに繋がっているかなんてすぐにわかるし、階層の深さも何となくわかる。
「あそこのダンジョンは……ダンジョンマスターに異常な能力でも与えているのか?」
「それは無いと思う」
ウラの問いに否定で答える。これはダンジョンのできた場所が原因だ。何しろ神社を飲み込んで祀られている神をダンジョンマスターにしちまったんだからな。
「なあ」
「ん?なんだ?」
「念のために聞くが……お前、ここで始まりのダンジョンのマスターと戦って……勝てるか?」
ウラが周りに聞こえないように小声で聞いてくるが……当人にもばっちり聞こえてると思うぞ。まあいいけど。
「勝てる。というかここにいる全員を一度に相手にしても負けないな。殺しちゃマズいだろうから手加減が面倒だが」
「マジか」
たとえライオンが百頭集まっても、火山の噴火をどうにかすることは出来ない。そういうことだ。まあ、始まりのダンジョンマスターだけはここがホームだから、いろいろと出来て面倒くさいだろうけど。
「ま、いいや。今日は色々飲み食いしに来たんだし、楽しませてもらうか」
そう言って、まだチェックしていないテーブルへ向かう。見たことも無い料理が多いが、世界中の料理を集めているんだろう。世界は広い。ある程度知名度のある料理ならともかく、日本でほとんど知られていない料理ってのは楽しみだ。
「いやいや、普通にメシを再開するなよ」
「何言ってんだ。ただで飲み食い出来るんだぞ?」
「ダンジョンポイントで買えるだろうに」
「馬鹿だな」
「え?」
「どういう食いモンかわからんのをホイホイ買えるかっての。食べ物を粗末にするのはよくないって、親から言われなかったか?」
「う……まあ、言われたが……」
「それならわかるだろ?ここで食うなら合わないと思ったのはやめりゃいいだけだからな」
実際、香辛料がキツくて口に合わない奴はいくつかあった。食えなくはないんだが、たくさん食いたいとは思わない。
「そう言うモンなのか……まあ、いいが」
そう言うウラが手にしているのは東南アジアの料理だ。
「ん?これがどうかしたか?」
「イヤ……わかりやすい例で言うと、俺はそれ、食わないから」
「え?これ……嫌いなのか?意外な弱点だな」
「料理自体は好きなんだよ。でも上に乗ってる奴、トイレの芳香剤の香りじゃん」
「ちょっ、おまっ」
「仕方ないだろ。コリアンダーの香り、そうとしか感じないんだから」
日本人に一定の割合でそういう風に感じる遺伝子持ちがいるらしいが、俺もその一人なんだよ。
ちなみに作者もコリアンダーの臭いが苦手です。