(1)
メッセージの内容は至ってシンプルで、毎年恒例のダンジョンマスター同士の親睦を深めるための懇親会を開催するのでふるってご参加下さい、と言う内容。開催日時も記載されていて、明日の午後一時から約十二時間というなかなか長い会だ。ま、参加自由になっていると言うことで、この時間帯ならいつでも参加していいし、さっさと帰ってもいい、と言うことらしい。
「他のダンジョンマスターか……」
興味があると言えばあるし、ないと言えばない。
当面、俺がやることは復讐で、そのためにダンジョンの機能をフルに活用しているだけ。ダンジョン内外を転移出来る、色々と建物を造れる、車などが簡単に手に入り足がつきにくい。
復讐のためにはこれだけで充分だし、復讐を終えた後の生活も困らない。
探索者がダンジョンコア部屋にたどり着けないようにするための拡張やら強力なモンスターに罠の配置なんてのも今のところ不要。仮にダンジョンコア部屋まで迫ったとしても、この『龍神』の戦闘力に敵う人間なんているのか?
だが、せっかくダンジョンマスターなんてのになったんだから、世界中にあるダンジョンを管理・支配している連中に会うのは面白そうだ。
「ちょっとワクワクしてきたぞ」
さすがに一日と少しの時間で一人始末、と言うわけにはいかないので久々にダンジョンマスターっぽい事をして過ごす。具体的にはダンジョンコア部屋への通路をさらに長く凶悪にしてやった。長さも罠の数も倍くらい。これ、誰もたどり着けないんじゃないかな?
翌日、指定の時刻になると、メッセージに変化が現れた。
「『懇親会へ参加するときはここに触れること』ねえ……」
多分、触ると会場へ転移したりするんだろうが、さすがに始まったばかりの時間に行くのは「ずっと楽しみにしてました」感がありすぎてちょっとな。二時間くらい経ってから行こう。
そわそわしながら時間を潰し、メッセージに触れるとすぐ近くの床に魔法陣が現れた。これに乗れって事か。
「よし!懇親会へ参加だ!」
魔法陣に乗るとすぐに視界が暗転し、間接照明のちょっと洒落た感じの小さな部屋に出た。すぐそばに小さなウッドゴーレムが立っていて、「こちらへどうぞ」とドアを開けて促してくるのでそのまま出ると、かなり広い廊下に出た。そして反対側の壁に大きなドアがあり、これまたすぐ脇に立っている正装したサキュバスが「どうぞ」とドアを開けてくれたのでそのまま進むと、
「おお」
ホテルのパーティ会場を思い浮かべるとわかりやすい。天井は高く、足元はフカフカで、どこからともなくクラシック音楽が流れている。そんな空間は、恐ろしく広くて野球場が一つ丸々入るほど。そしてその広い会場内のあちこちにテーブルが配置され、様々な料理が並んでいる。よくある立食パーティ形式のようで、参加者たちはそれぞれ好きなように皿を手に歩き回りながら、料理を楽しんでいるようだ。
手近なテーブルから皿を取って少し歩くと、
「いかがでしょうか?」
正装したインキュバスにローストビーフを薦められたので、皿にのせてもらい一口。
「うまっ」
「ありがとうございます」
ローストビーフなんて何年ぶりだろうか。しっかりと味が染み込んでいて柔らかく、それでいて歯ごたえもある。
「もしかして、一流ホテルで修行してたりとか?」
「申し訳ありませんが、お答え出来ません」
「ハハハ。そりゃそうだよな」
このダンジョンの秘密に関わることだもんな。
他の料理も色々とつまんで食べてみるのだが、どれもこれもうまい。ダンジョンマスターというか、龍神自体が人間のような食事を必要としない一方で、食べるなら食べるで底なしに食べられる。大酒飲みをウワバミと言ったりするが、龍は大食漢と言うことか?まあ、いくらでも食えるというのはこういうときには実に便利と言うか、幸せだな。
「んー、うまいっ」
「お前、少しは遠慮しろ」
「お、ウラも来たのか」
「最初っからいたぞ」
「そうか。俺は今来たとこだ」
「その割に馴染みすぎだ」
「浮いてるよりいいだろ」
「態度は馴染んでるかもしれんが服装は浮いてるぞ」
「んあ?」
振り返ったところに立っているウラは、姿こそ元のままだが、服装はいわばタキシードのような格好。
「正装?ここってドレスコードとかあるんだ?」
「無いが、こう言う場にふさわしい服装ってのがあるだろうに」
「はっはっはっは!こう見えて社会人経験があるが……知ったことか!」
「はあ……」
額に手を当ててため息つきやがった。俺は何も悪くないぞ?メッセージには服装がどうとか書いてなかったし。
「それにしても結構参加するんだな。ここにいるだけで二千人くらいか?」
「そうだな。いつもあと二、三時間で参加する意思のある奴は集まる。いつも通りなら四千人程度って所だが」
「へえ……ところで」
「ん?」
「やっぱアレか。なりたてダンジョンマスターとしては挨拶回りした方がいいのか?」
「それは別にいいが……」
やや疲れた表情で俺を見ていたウラが、いきなり表情を堅くした。
「避けろ!」
「はい?」
腹に強い衝撃があり、そのままテーブルを巻き込んで後ろに吹き飛ばされ、料理が頭の上から降ってきた。
「てて……何だよいきなり」
皿とテーブルクロスをどかしながら立ち上がると、目の前にモデル体型だが顔つきは尖った印象の男が立っていた。表情は怒り心頭といった感じ……と言うか、そのせいで尖った印象に見えるのだろうか?そして、その後ろではウラがオロオロしている。
「竜骨ダンジョンのダンジョンマスター、だな?」
「そうだが」
「そうか。よくもまあのこのこと顔を出せたもんだ」
あれあれ?俺、何かしたっけ?
「死ね!」
そいつがトンッと軽く跳躍して視界から消えるとすぐに後頭部に衝撃があり、ズドンと床に顔面が埋まる。
「お、おいユキト……」
「ウラ……言っておいたよな?」
「う……」
ユキトと呼ばれた男が、突然の出来事に騒然とした周囲をぎろりと見やる。
「ぶっ殺す!」
頭を踏みつけていた足をどけ、代わりに右手で押さえつける。
「灼熱の業火!」
言葉と同時に右手が赤く輝き、ズンッと周囲が一瞬揺れる。
「うわ……」
「マジか……」
数千度を軽く超える熱がその手から発生し、そのままカーペットの下の頑丈そうな岩の床を溶かす様子に、周囲のダンジョンマスターたちはドン引きだ。
「これで仕舞いだな。おい!」
ユキトが部屋の隅で椅子に腰掛けて様子を見ていた男に声をかける。
「コイツのダンジョンも俺の物でいいよな?」
声をかけられた男は手にしていたグラスを近くのウェイターに手渡し、指を一本立てると「チッチッチッ」と左右に振る。
「懇親会で乱闘騒ぎはダメだよ」
「それは失礼した。だが、コイツのダンジョンは俺が引き継げるだろう?」
「イヤ、それは無理だね」
「ハア?」
「だって……まだ死んでないよ?」
「何ッ?!」
手で押さえつけていた頭が動き、グイッと押し上げられる。
「馬鹿な……」
「いつまで人の頭を押さえつけてんだよ……どけ」
「ぐ……」
何ごとも無く立ち上がってきた姿にユキトが数歩後ずさる。
「一体何なんだよ。いきなり蹴り飛ばしてみたり、頭を床に叩き付けてみたり」
急にアレコレ進行しすぎだろ。
「びっくりするじゃねえか!」




