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  作者: ひじきとコロッケ
知元文代
32/105

(1)

 さて、裁判員の一人目の仕切り直しと行こうか。

 俺はコイツともう一人、上平美雪が裁判員全体の感情をコントロールした張本人だと睨んでいる。理由は簡単、この知元と言う女は女性の人権がうんたらかんたらとか言う団体に所属していて、精力的に活動している人物だからだ。上平美雪も似たような趣旨の別の団体に所属していて、互いに面識があるらしい。微妙に活動領域が違うだけでやってる内容はほとんど同じ団体だから、気が合うんだろうな。

 別に俺は女性の人権云々(うんぬん)を主張する活動は否定しない。人権とか権利とか、そう言うのは大事だし、人類皆平等という理念は立派だと思う。だが、そんな理念を掲げながら冤罪を助長するのはいかがなものかと思う。男女平等大いに結構。だがそれを錦の御旗に掲げられた結果、俺は死んだのだ。男の人権はどこに行ったのだろうか?と問い詰めたいが、どうせ電波全開な返事しかないだろうからやめておこう。

 さて、理屈はともかくとして、どうやって進めていこうか。

 手紙で指定した期日まではまだ二週間はある。だが、見方を変えるとそれまでの間はこちらが動かないと警察が勝手に思い込んでくれているかも知れないので、今がチャンスとも言える。




「ということで少し協力して欲しいんだが」

「あのなぁ……」


 ウラが少しうんざりした顔だが……俺に会いたくて仕方ないんじゃなかったか?とニコリと微笑んでやるとぷいと顔を逸らす。わかりやすい奴め。だが、俺は男だぞ?


「だいたい、俺のダンジョンではもう始末しないと」

「言ったよ?」

「なら」

「場所だけ貸してくれ」

「場所?」

「そう。どこでも良いから会議室みたいな所を用意してくれ。出来れば地下に駐車場があって、外から見えないように会議室から駐車場に移動出来るといいんだが」

「つまり、呼び出して連れ去ると?」

「そう言うこと」

「わかった。用意する……いつ使うんだ?」

「これから呼び出すから何とも言えんが……暇人っぽいから明日か明後日には使うと思う」

「わかった」

「恩に着るぜ。あと、ここは(おご)るよ」

「……はあ」

「ホレホレ、うまいだろ?モーニングCセット、禁断のあんことクリーム乗せトースト」

「確かに。本当にうまいから何も言う気にならんのが癪に障る」

「はっはっは!言っておくが、その組み合わせにカロリーゼロ理論は通用しないからな。むしろ掛け算されてもおかしくない」

「俺らダンジョンマスターにカロリーとか意味ないんだけどな」

「雰囲気は大事だろ?」

「まあ、否定はしない」


 さて、とりあえず知元文代に電話するか。




「こんにちは、初めまして」

「ご丁寧にどうも、こんにちは。あなたが昨日お電話くださった……」

「はい、本沢(もちろん偽名)です」


 電話で「友人がひどい目に遭わされているので、どうしたらいいか相談に乗って欲しい」と伝えたら、「できるだけ早いほうがいいわ」と実にわかりやすい反応で、翌日十時の待ち合わせ。簡単すぎて、罠にはめられているのではないかと疑うほどだが、周囲には数名の警官が遠巻きに見ている程度で、こちらを怪しんでいる様子は無い。

 そしてそのままウラが用意した会議室まで誘導していく。

 このビル自体は元々あるビルで、いろいろな企業の事務所が入っている。どこにでもありそうなオフィスビルという奴だが、ウラはそこに『昨日までは存在しなかった会議室』を作った。

 そしてそれを認識できるのは俺たちダンジョンマスターと、ダンジョンマスターに誘導される人物のみ。高レベルダンジョンマスターって、いろんな事ができるんだなと褒めてやったらわかりやすく狼狽(うろた)えた。チョロい。


「こちらです」


 三階に用意した会議室に入り、ドアを閉める。


「ここって……誰もいないじゃないの」

「ええ」


 そう言いながらフードを取り、こちらの素顔を見せつつ、水の魔法を発動し、全身を包んで気を失わせる。

 床に倒れそうになるところを抱え上げ……重っ!見た目通りで重いっ!気絶した人間というのは運びづらいと心の中で愚痴りながら奥にあるドアへ。そのまま地下への階段に直結したドアをくぐって地下駐車場に停めておいた車に乗せ、手足を拘束してからシートベルトでしっかり固定。


「よし……ウラ、会議室はもういいぞ。ありがとう」

「わかった」


 声だけが聞こえるが、これはレベル十三だか十四で使える能力だそうだ。うん、俺も早いとこダンジョンのレベルを上げてこう言うことができるように……なりたいかというと微妙か。別に今のままでも困ってないと言えば困ってないし。

 ま、細かいことは復讐が終わってからと切り替えて、念のために知元の持ち物検査。

 スマホ……会議室内は電波が届かないし、地下駐車場も奥の方だと電波は弱いので地下に降りたという位置情報は出ていないだろう、多分。

 あとは……盗聴器か。盗聴と言うより、こういうときの監視・追跡用に警察から渡されていたのだろう。それから……発信器発見。コレも同じだな。合計五つの機器発見。

 いきなり電源を切ったり壊したりすると怪しまれるよな……こういうのは定番の対応があるので、そのまま運転席に座って、車を走らせる。

 道路に出てすぐに信号待ちになったので……隣に止まった工務店のロゴが入ったトラックの荷台にそっとスマホを入れる。

 しばらく走って、別の車の屋根に発信器をぺたり。

 その他も同じように荷台に放り込んだり、両面テープで付けたりしながらあちこちの車に分散。行き先バラバラの機器を頑張って追ってもらうとして、こちらはこちらでさっさとダンジョンへ戻ろう。

 最終目的地が竜骨ダンジョンだって事はバレてる可能性は高いが、別に困らないし。




「う……こ、ここは……」


 ダンジョンにつく前に目を覚ましてしまったか。


「ちょっと!コレはどういうこと?!」


 ギャアギャアと騒ぎ出した。あぁ、うるさい。

 後部座席の窓はフルスモークだから外から見えたりしないが、うるさいのはちょっとな。


「ここはどこかって、車の中だよ。見てわからないか?あと、どういうことって、拘束してるんだよ。当たり前のことをいちいち聞くな」

「そんなのわかってるわよ!どこに向かってんのって聞いてんのよ!」

「わかってるんなら訊くなよ。質問するなら訊きたいことだけ言え!」

「常識で考えればわかるでしょ!で、どこに向かってんの?」

「お前の常識なんて知らん。そして、行き先なんてどこだっていいだろう?」

「良くないわよ!」


 会話が成立しないな。こちら側にまともな会話をするつもりがないから当然だが。

 そしてこちらが黙ったら黙ったでさらにうるさい。仕方ないから答えるか。


「行き先を教えたら静かにするか?」

「それとコレは別問題よ!」


 前言撤回。答える必要性がなくなった。だが、うるさいので最低限のことは話しておくか。


「瀧川陽」

「ん?」

「覚えてるだろ?」

「瀧川……ああ、あの人間のクズね」

「そうだな。冤罪で実刑食らって死んだという意味ではクズみたいな人生だったかもな」

「冤罪?何を言ってるの?」

「冤罪だよ。被害者だと主張する奴が勝手に騒いだだけで、目撃者ゼロ。物的証拠が全く無く、被害者の曖昧な証言だけ。容疑者扱いされた瀧川陽が何を言っても聞く耳持たずだったんだから、ひどい裁判だ」

「何を言ってるの?あんなの詭弁に過ぎないわ」

「詭弁ねぇ」

「そうよ!」

「じゃあ、法廷で瀧川陽が何を言ったか覚えてるか?」

「ええ、覚えてるわ。見苦しい言い訳ばっかりで」


 何もしてないのに逮捕されたと訴えただけで見苦しいと言われてもな。


「最初から最後まで嘘っぱちね。傘が当たっただけ、傘は前の日から持っていた、あんな貧相な女の体に興味は無い……全くもって反吐が出るわ」


 意外だな。ちゃんと俺の言ったことを覚えているのか。だが、肝心なところが抜けているな。


「前日が台風だったことは?」

「そう言えばそんなことを言ってたかしら?」

「夜勤明けってのは前の日が台風大雨でも傘を持ってちゃいけないのか?日本ってのは住みづらい国になったんだな。アンタも夜勤の時には気をつけるんだな」

「そんなことは……え?」


 おいおい、ちゃんと理屈の通ったことを言ってたと思うんだが……ま、俺もかなり極限状況だったから支離滅裂だった可能性は否定しないけどな。


「聞いていなかったって所か?いや違うな。聞く気がなかったから聞いてないだけだ」

「そ、そんなことは……」

「どうせアレだろ。女性の権利がどうとか、性差別がどうとかで、端っから有罪と決めつけて、肝心のことを聞く耳持たず。そのまま他の裁判員も強引に丸め込んだ、そんなところかな」

「な、何を言ってるの?!そんなこと、無いわよ!」

「さて、瀧川の冤罪の可能性が出てきたか?」

「ハッ、男なんてみんなあの程度のもんでしょうに。全く馬鹿馬鹿しい」


 どう見ても図星を突かれた態度なんだが……少しだけ車の速度を上げた。一秒でも早くコイツを始末したい。

 ダンジョン領域に入ると、あらかじめ用意しておいたビルの駐車場へ停めて引きずり出す。


「ついてこい。もう少し詳しい話をしてやる」


 そう言ったら素直についてきたので、コア部屋を経由して九層へ。


「ここは?」

「お前の勝手な妄想で冤罪になった瀧川が命を落とした竜骨ダンジョン」

「ハア?」

「ま、お前がどう考えようと自由だ。だがこれだけは言っておく。アイツは無罪だった。そして、その無念を俺は引き継いで関係者全員をここに連れてくると決めた」

「全員を?」

「そうだ」

「こんな……ダンジョンなんて……え?一体何を?」

「何もしない。ただ放り出すだけ」

「放り出すって……し、死んじゃうじゃないのっ!」

「そうだな。んで、死ぬ原因を作ったのはお前だ。お前のせいで他の連中も死ぬ」

「で、でも「言っておくが俺は何もしない」


 怒気を込めた声で黙らせると、両手を広げ、周囲を示す。


「どうせお前らは反省しないし、こちらの話を聞くつもりも無い種類の人間だからな。実際そうだったから瀧川陽は死んだ。だから、お前たちにも同じ気持ちを味わってもらうためにここに連れてきた。お前たちが何を言おうと知ったことか、ってコトで無視するだけ。お前のこの先の運命は、ここで餓死するか、モンスターの手にかかって死ぬかのどちらか。脱出できるなら頑張ってもいいが、死以外の選択肢はほぼ絶望的だな」


 そう言って背を向けて歩き出す。


「ちょっ!待ちなさいよ!」


 抗議の声は無視して部屋に戻る。これ以上話すことは無いし。

 なんだか妙に疲れた。あのタイプがもう一人いると思うと少しうんざりする。もう一人はさっくり殺るか。

 ああ、手足を縛ったままだった。アレじゃ身動き取れない……ま、どうでもいいかとそのまま畳の上に敷いた布団の上に倒れ込み、そのまま目を閉じた。




「ふう……」


 朝になりどうにか気力を振り絞って起きる。「どうでもいい」というのは確かにそうだったが、あそこまで偏った考え方の人間と接した経験が無いので、何というか……疲れた。もう一人の上平美雪もきっと似たような感じで相手をするのが疲れるんだろうと思うと、少し気が重い。ま、サクッとやればいいか。


「えーと」


 丸々一日、無気力に過ごしてしまったか。あ、ウラに礼を言っておかないとな。




「意外に律儀だな」

「スマンな。すぐに来なくて」

「まあ、別にいいんだが……」


 また食い物のでかい喫茶店チェーンにしようと思ったら、たまには場所を変えようと言われ、なぜか家族連れが大勢いるような公園で落ち合うことになった。


「公園で待ち合わせとか……」

「ほ、他に良さそうな場所を思いつかなくてな」


 はあ……ま、いいか。色々世話になってるし。


「なあ、確認なんだが」

「ん?」

「お前、最後まで続けるのか?」

「当然だ。今更止まる気は無い」

「だがなぁ……」

「お前が言いたいことも何となくわかる。だが、俺は偶然ダンジョンマスターになれたから生きているってだけで、普通なら恨み辛みを残したまま死んでたんだぜ?」

「それはそうかも知れんが」

「協力してもらえたのはありがたいし、色々考えて忠告してくれているのもわかるよ」


 少しだけ、姿勢を正す。


「だが、最後までやり遂げる」


 少しだけ怒気を漏らしてしまったせいか、一斉に鳥が飛び立ち、犬猫が吠え、こうした変化に敏感そうな子供が泣き出した。


「わかった。そうだよな……たまたまダンジョンマスターになったから生きてるってだけだよな……うん」

「一応、この先の方法は考えている。これ以上はウラの手を煩わせることはしない……予定」

「そうか……って、予定かよ?!」

「ああ」


 さて、帰ろうかと思ったのだが、ウラに引き留められた。


「そう言えば例のオフィサーだが」

「おお」

「まだ生きてる」

「マジか」

「十一層まで上がってきた」

「うわ、すごいな」


 あの軽装備で?と思ったが、あ、そうか。


「ダンジョンの階層が深い分、いい感じのアイテムも出る、と言うことか?」

「そう言うことだ。あの二人、魔法も結構使えるだろ?これなら行けるか、ってレベルのモンスターをどうにか倒したところで、回復ポーションなんかを手に入れてな。完全回復とはいかなかったが、うまいこと生き延びて上がってきている」

「そうか」

「十一層の入り口に、地上へ戻るための転移魔法陣がある。そこまで辿り着いたら……」

「なるほどな。ま、別にいいけど」

「それともう一つ。こっちが本題」

「何だ?」

「新宿ダンジョンのマスターが乗り込んできた」

「そうか」

「悪いが、お前のことを話させてもらった」

「別にいいさ。そうしてくれって、こっちから頼んでるくらいだし」

「スマン。さすがにアイツには勝てんのでな」

「気にするな。それじゃ、帰るぜ」




 改めて礼を言ってから別れた。

 さあ、次のターゲットだ。

 そう意気込んでダンジョンに戻ったのだが、コアに『メッセージが届いています』と表示されていた。

 触れてみると、ポン!とウィンドウが表示され、こう書かれていた。




『ダンジョンマスター懇親会のお知らせ』




 ついに来たか……

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