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日本のみならず、世界各国でダンジョンに関する法整備が進められたのは、「もしもダンジョンからモンスターが出てきたりしたら被害は甚大だ。そうなる前にダンジョンの中で間引きをするための枠組みを作らねば」という安全上の問題と、「ロクに戦えもしない者が入り込んで好き放題した挙げ句、ひどい後遺症になるような怪我をして国の福祉予算を食い潰すようなことがないように」という割と現実的な問題からで、だいたいの国が同じような法整備を進めた。その結果、大半の国でダンジョンへの探索には一定の審査や訓練を経てからの許可証が必要になる制度が採用されている。また各国の連携も取られており、日本で取得した許可証がアメリカでも使用出来るなどの柔軟な対応ができるようになっていた。が、予想に反して探索者となる者は少なかった。理由はとても簡単で、ダンジョンの難易度が非常に高い物が多かったためだ。例えば「始まりのダンジョン」は入って十分もしないうちに上位種を含むオークの群れに遭遇するし、日本で最初に見つかった「新宿ダンジョン」も四層目あたりからオーガが出てくる。もちろん、危険性の低いダンジョンもあるが、危険性の低いダンジョンではほとんど稼ぎにならない。オマケに危険度が高くても稼げるとは限らない。わかりやすい話なのだが、危険度が高すぎて稼ぐ以前の話なのだ。
ローリスク・ローリターンはわかる。
ハイリスク・ハイリターンもわかる。
だが、ハイリスク・ローリターンでは……結果、ラノベにありがちな「気軽にダンジョンで一発当てて一儲け」とはならず、「餅は餅屋、ダンジョン探索は戦闘力のある専門家に任せるか、犯罪者にやらせよう」となったのである。
「入れ」
ダンジョン近くにある刑務所の独居房に放り込まれて、手錠と腰縄から解放されると、手首をさすりながらドサッと簡素なベッドに崩れ落ちるように座る。
ダンジョン労働刑が適用されるようになった結果、ほとんどの刑務所がダンジョンの周辺に建てられるようになっており、ここからは徒歩でダンジョンまで行ける距離だ。
ちなみに、クライムとなった受刑者は余程のことがない限り独居房に割り当てられるので、良くありがちな新入りをいびるようなイベントは無い。
「はあ……何でこんなことに……」
陽は中学を卒業するときに測定を受けており、「水0」と判定されていた。水の素養はあるが、せいぜい出来るのはバケツ半分程度の水を出せる程度。それも相当に集中しなければ出せない上、月に一度くらいしかできないという、レベル0としては平均レベルだ。
だが、レベル0と言う時点で両親からは疎まれるようになった。
陽の両親は最初の測定時に既にレベル2。その後の探索で腕を上げた結果、現在では二人ともレベル4。国内でもトップクラスのオフィサーで、それだけに周囲は陽に期待していたのだが、結果はレベル0。
探索者が測定結果を重視する傾向が強いのは色々な理由がある。一つはダンジョンに持ち込める武器の制限だ。銃火器が機能しない以上、刃物を振り回すしか無いのだが、扱いに訓練が必要という以前に刃物はメンテナンスを怠るとすぐに切れなくなってしまうという面倒な欠点がある。ではハンマーのように殴打する武器ならいいかと言うと、これまたモンスターが頑丈で、すぐに柄が曲がったり折れたりとなかなか難しい。ところが、魔法はと言うと、武器のように手入れをしたり予備を持ち歩いたりする必要も無く、武器を振り回すよりも威力が高いことが多い傾向にあり、ダンジョンの深層に行くなら魔法無しなんてあり得ない、というのがダンジョン探索の常識になっていったからだ。オフィサーという立場の両親が重視するのもわからないでも無い。
そして、悪いことは続くもので、陽の数年後に受けた弟と妹はレベル1。両親の指導を受けた結果、現在は二人ともレベル2。一流のオフィサーとして第一線で活躍中となれば、陽がさらに疎まれるのも仕方ないと言える。
おまけに痴漢容疑で逮捕。無罪だ、冤罪だと訴える一方で、特にこちらからは連絡を入れていなかったのだが、「大人なら自分のケツは自分で拭け」と一方的な連絡が入り、「頼るようなら親子の縁を切る」で締めくくられていたと氏間が言っていた。助けを求めていたわけではないが、だからと言ってとどめを刺すなよと言いたかった。親ならせめて息子を信じるくらいして欲しい、と。
「俺が何をしたってんだよ……クソ!」
ダンジョン労働刑は、所謂懲役刑と違い、期間は定められていない一方、執行猶予も無いというなかなか過酷な刑である。そして、何でも良いのでダンジョンで手に入れた物を持ち帰り、規定のポイントまで貯めれば刑は終わる。
「二千ポイントか……」
参考までに、とあの弁護士が教えてくれた情報を思い出す。
クライムが一回の探索で持ち帰るのはポイント換算で平均0.4程度。ポイントは最低でも一ポイントからになるので、だいたい二回に一回以上、手ぶらで帰ってくる計算だ。つまり、単純計算で五千回、ダンジョンに行かなければならない。毎日休み無くダンジョンへ通っても十三年半以上。
その時点で絶望的な数字だが、さらに絶望的な数字が上乗せされる。
陽のように探索者経験ゼロからクライムになった場合の生存率は最初の一ヶ月で10%。一年で1%未満。刑を終えるまでに――途中で終了する分も含める――稼げるポイントは平均で二十と少し。
陽の二千ポイントというのは実はダンジョン労働刑としては最低ランクなのだが、この刑罰が導入されて約三十年、生きてお勤めを終えた者は片手で足りてしまうと噂されているが、真相は明らかにされていないので不明。ちなみにこの生存率の低さが独居房を割り当てられている理由でもある。雑居房で寝食を共にした者がある日帰ってこなかったとか、いくら犯罪者と言えど、メンタルがヤバいだろうという配慮だそうだ。
この状況で「頑張って」と言ったあの弁護士の精神はどこかおかしいとしか言えない。
勿論、ワーカーやオフィサーが罪を犯し、クライムになるケースもある。だが、真偽を確認する気にもならなかった噂として、オフィサーが罪を犯しても、相当な凶悪犯罪で世間に知れ渡るなどの余程のことが無い限りは握りつぶしていると言われている。確かにクライムになってしまうと装備も貧弱にせざるを得なくなり、必然的に稼ぎも減る。国としては、多少のことは目をつぶってでも、トータルの支出の削減、もとい収入を優先した方がいい、というのは……まあ、理屈としては通る。
「あーあ……もう、なんだか……はあ……」
何もかもがイヤになり、そのままベッドにうつ伏せになって目を閉じた。
「こんな裁判あり得なくない?」「証拠とか証言とかどこ行った?」と思われた方へ。
いずれその理由も明らかになる……ハズです。
次話、明日の12時予約です。