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裁判員六人中三人を始末。一人目と二人目は別日程を指示しているので仕切り直しの中、最後の六人目の日に指定の場所に行ってみたら、予想通り警察官による身代わりが待っていた。仕方ないので別日程を指示した手紙を投函。地味に面倒くさい。
いきなり自宅に押しかけて連れ去ってもいいんだが、一応筋は通しておこう。様式美みたいなもんだ。それに、自発的に動いてくれると、より一層深く反省すると思いたい。反省しようがしまいが結果は同じだけど。
そんなわけで裁判員三人の日程までひと月程開いたので、裁判官二人のうち一人の始末にかかろうと選んだのが守道成弥。自宅を特定しているので深夜に訪問……うん、警備がいるな。自宅玄関が見えるくらいの位置に路上駐車している車が一台。中には三人の男がいて、交代で周囲を見ているようだ。そして、少し離れたコンビニにはワンボックスが二台。こちらは何かあったらすぐに駆けつける要員だろう。むさ苦しいおっさんばかり車に詰め込むとか警察の労働環境には少しばかり同情する。しかもコレで張り込みが成功して犯人を捕まえられるならまだしも、失敗するんだから笑えない。俺は大爆笑出来るけど。ま、せいぜい心をへし折られてくれ。
幻覚魔法で姿を隠し、裏の家の庭から塀を乗り越えると、そのまま壁をよじ登って不用心にも開いたままの窓から中へ。まあ、外に掴まるところもないような位置の窓から入ってくるなんて思わないだろうから、不用心というのも可哀想な話か。
足音を立てないように注意しながら家の中を探る。二階の隅の部屋が守道の書斎で、ドアの隙間からわずかに明かりが漏れている。まだ起きているのか。明日も早いだろうにさっさと寝ろよと思いながら、ゆっくり慎重にドアノブを回し、極力音を立てないように侵入。妻一人、子供二人に母親一人という、他の家族四人に気付かれると面倒だしね。ターゲット以外を手にかけるのは本望じゃない。俺がしているのは無差別殺人ではなく、復讐なんだし。
そもそもなぜ守道なのかというと、もう一人の棟田がちょっとマズい。現在出張中と言う情報があったが、それはまあいい。戻ってくるのを待つだけだから。そして待つだけならいいんだが、それ以前の問題として、アレは誰なんだ?と言うのが俺の率直な感想。
名前を確認した後、念のために裁判所へ忍び込んで棟田の部屋に向かい、そこで見たのは見覚えのない男だった。
裁判の時、裁判官席に座っていたのは白波と守道。これは間違いない。が、棟田がどうも俺の記憶と一致しない。
裁判の時にいたのはやや痩せ型のちょっとキツい目つきをした、どちらかというとヤのつく自営業系の顔つきで短髪の男だったのだが、俺が確認しに行った棟田は小太りでやや長めの髪を七三にした男。身長はわからないが、体型も顔つきも全然違うし、声も違う。どういうことなのかサッパリ見当がつかないので、一旦保留にしたのだ。
守道は白波一夫からのメモを受け取ったあと、何もしていなかったわけではなく、あれこれ手を尽くしていた。しかし、白波が失踪、いや拉致されてから、あの裁判の記録へのアクセスが制限されてしまったため、詳しい情報を調べるのが中々難しくなってしまった。ようやくいくつかの情報を整理し始めたのだが、同時に頭を抱えることになっていた。あのメモに書かれていたのはシンプルに「高校」と「逆」の二語。
一つ目の「高校」というのはあの事件の被害者の通っていた高校のことだとすぐにわかった。が、裁判において重要なのは被害者が高校生、未成年と言うことで、どこの高校かは重視していなかったため、樫川高校という名前をどうにか思い出せたのがつい数日前。
そしてもう一つの「逆」というのは、高校の名前がわかったところですぐに色々とつながった。
瀧川が逮捕された上坂林駅から樫川高校へ向かうには下り列車に乗らなければならない。
あの裁判では瀧川の主張は「夜勤明けの帰りだった」で一貫していた。しかし、駅員の証言によると、逮捕された列車は上り、つまり会社へ向かう列車と言うことだったのだが、そうなると被害者の高校生が乗っているはずの列車とは逆になる。
白波のメモはそれを示唆していたのだ。
「なぜあのとき誰も気付かなかったんだ?」
刑事事件における重要な要素の一つが犯行現場。この事件の場合、電車内が事件現場であり、この状況を見るだけでも、現場に不自然さが溢れているのは明らか。なのにあのとき誰も気付かず、そのままになっていた。
こうなってくると、もう一人の裁判官、棟田哲也の意見を聞いてみたいのだが、連絡手段がない。裁判官同士でのメールは禁止されていないので、連絡するだけなら裁判官に発行されているアドレス宛にメールを送ればいい。だが、メールの内容は全てサーバで保存され、何かあったときには内容確認されることが事前に通達されている。この状況下で、「瀧川陽の事件について話がしたい」なんてメールを送るのはちょっとな、と気が引ける。そこで、所内で直接話をしようと思ったのだが互いに忙しい身の上、どうやら棟田はこの数日出張しているようで捕まらない。
現時点で守道のところには、裁判員全員のところに時間と場所を指定して本人が出向くように書かれた手紙が届いていること、警察が万全の体勢で対応したのに一名が行方不明、二名のワーカーがダンジョンから戻ってきていないという情報が届いている。おそらく白波を拉致した者による犯行だろうが、これが瀧川の冤罪、そしてその後ダンジョン内で死亡したことに対する復讐だとしたら自分の身も相当マズい。
「復讐の目的はなんだ?」
復讐というのは、誰かに何かをされたことに腹を立てやり返すと言うのが、一般的だろう。一般的な復讐というのがなんなのかという意見もあるがそれは横に置いておくとして。
そして「誰か」は、比較的明らかだな。ダンジョン労働刑という判決を下した裁判官たちは間違いない。その他、検察とか弁護士も逆恨みも受けているだろうか?
では「何かをされた」とは?結構幅が広そうだな。判決を下したと言うだけでなく、起訴した、あるいは逮捕した、取り調べしたなどをあげていけば何でもありになりそうだが……状況的には何でもあり、ということになるか。
では復讐により何を成し遂げるのか。
瀧川の場合、既に死亡しているというので、復讐をしているのは白波のメモにあった「女」が独自に行動を取っているのだろう。ではその女は瀧川とどういう関係なのだろうか?
まず考えられるのは瀧川の家族。性別的に該当するのは母親と妹。だが、瀧川の家族は瀧川陽を除いて全員が高名なオフィサー。母親に関しては白波が失踪したタイミングでダンジョン探索中だったことがわかっているのでこちらはシロ。妹も今は海外遠征中ということでシロ。
となると、瀧川の交友関係、端的に言えば恋人と言うことになるのだが、さすがにこれはすぐにわかるものではない。
裁判で、
「恋人に相手にされないイライラを解消しようとしたのではないか?」
というような質問をしていたら、瀧川の恋人の有無などがわかっただろうがそう言う質問はしなかった……と言うか、できる空気ではなかった。
となると、ダンジョン労働刑でダンジョンに入り、そこで出会った誰かか?だが、クライムとしての初回の指導にあたったワーカーたちによると、ダンジョンでアクシデントがあり、走っているときに転んで亀裂から転落するという事故があったと聞いている。ダンジョンのことは詳しくないが、瀧川の送られた竜骨ダンジョンには深さがどれだけあるか全く見当のつかない大きな亀裂があるという。
探索者たちに言わせると、「これぞまさしくダンジョンとしかいいようのない光景」だそうだが、毎年少なくない人数が転落する事故を起こしており、一人として戻ってきていないらしい。
つまり、落ちたら死ぬほどの高さがあると言うことで、瀧川も死んだのはほぼ確実。そして、その転落事故までの間に指導するワーカー以外に会ったものはいないという。