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「はあ……新宿ダンジョンのマスターが来るだろうってのが憂鬱だな」
「そんなにヤバい奴なのか?」
「ヤバいというか……新宿ダンジョンって、十年くらい前にダンジョンマスターが交代してるんだよ」
「は?交代って事は。誰かがダンジョンコアまで辿り着いて、前任のダンジョンマスターを倒したって事か?」
「ちょっと……いや、だいぶ違うな。この前、ダンジョンマスターの集まる会合のことを話しただろ?」
「おう」
「あれの真っ最中にランダム転移魔法陣でダンジョンコアの前に転移したらしい」
「え?」
「で、ダンジョンマスターがダンジョンの外にいるってのは無力化されてるのと同じだって判定されるみたいで、俺たちが見ている目の前で当時の新宿ダンジョンのマスターが消えた」
「うわあ」
「そんな経緯のせいか、アイツは他のダンジョンマスターが来るのを異常なほどに警戒するし、自分のところに不利益になりそうなことをするのもすぐにイチャモンつけてくるらしい」
そりゃ棚ぼた的に手に入ったダンジョンマスターの地位なら、何が何でもダンジョンマスターであり続けようとするよな。
「と言うことで、な」
「わかった。万一お前のところに来たら、俺のところに来るように言ってくれ。なんなら俺のダンジョンを攻略してもいいぞと」
「わかった」
さて、改めて鬼火ダンジョンの入り口へ向かう。
地方都市であるここは東京まで新幹線で二時間弱。そこそこ稼げるワーカーは一回の探索で数日間こもって結構な額を稼ぐ一方で都会の喧噪を嫌う者も多い。今回のターゲット二人もそのタイプで、ここから車で二十分かからないくらいのところに住んでいる。だからこそ、地裁の裁判員なんかに選ばれて俺を陥れたんだ。東京に住んでそっちに住民票を移しておけばこんなことにならなかったのにな。
「っと、あの二人が来ちまった。じゃあな」
「お、おい……」
「何だよ」
「えーと、中に入ってすぐ右へ進め、そこに十層への転移魔法陣を一時的に設置する。そこなら新宿ダンジョンのマスターにも事故だと言ってごまかせる」
「ヌルい場所だと色々マズいんじゃないか?」
「ここの十層は新宿ダンジョンの九層クラスの難易度。一流オフィサーなら問題ないが、ってレベルだな」
「サンキュー」
こちらの話がついたところで早速始末に行こうか。
今回のターゲットは七田俊也と川畑花怜。ウラにも話したとおり、ベテランワーカーだが、二人の接点は俺の裁判の裁判員だった以外には無い。もちろん、ベテランワーカー同士、それなりに面識もあっただろうし、ダンジョン内ですれ違うくらいもあったかもしれないが、それぞれ別のパーティに所属しているから顔見知り程度だろう。だが、今日この瞬間からは助け合って生きて欲しいところだ。
さて、周囲は……警察もさすがにダンジョン入り口前に張り込むのは難しいようだな。あの二人も通信機とかは持っていないようだし、持っていても中に入ってしまえば意味は無くなる。
幻覚魔法で姿を適当にごまかし、パーカーのフードを目深にかぶって二人の背後に近づく。
「七田と川畑だな」
「「!」」
「後ろを振り向くな。そのままダンジョンへ入れ」
「ぐ……」
「先に言っておくが、こちらはここでお前たちを始末するのも厭わない。死体の片付けが面倒だからダンジョンへ入れと言っているだけだ」
「わかった」
「従いましょう」
「素直でよろしい」
こちらの雰囲気は、フードを被っていて顔がよく見えないがそこらにいる普通の若い女性っぽく見えるだろう、背も低いし。
彼らはこう考えたのだろう。ここで殺り合って勝つのは難しくないが、ダンジョン外では傷害事件とかになる。ならばダンジョン内で、と。
考えが浅いというか何というか。まあ、ベテランだからそれなりに実力があるんだろう。だが、相手の実力はきちんと見極めないと痛い目を見るって事をちゃんと教えよう。何しろこちらはその実力とやらが全く通用しないレベルだ。そういうことも想定しておかないと長生き出来ないぞ?長生きさせるつもりは全くないが。
「すぐ右だ」
「……」
「行け」
「わかった」
ダンジョンに入って五メートルで右の分岐があり、そのまま進むと足元が突然光り、周りの風景ががらりと変わった。どこかの森の中のようで、上を見ると青空が見える。
「へえ、ダンジョン内にこんなところがあるんだ」
「……」
のんきな感想を述べる俺に対し、怪訝な顔で不信感を露わにする二人。
「ん?何か言いたげだな。言いたいことがあるなら言ってくれ。何でも正直に答える約束はしないけどな」
「ここはどこだ?」
「はい、そちら七田さん、なかなか的確な質問ですね」
大げさにビシッと指さした後、大きく両腕を広げて高らかに宣言するように答える。
「鬼火ダンジョンの十層!……だそうです」
「何よそれ」
「はいそこ、川畑さん。なかなか鋭い突っ込みありがとう!」
ビシッと指さして続ける。
「本当にここが十層かどうか、自分で確かめたわけではないからです!」
「……で、こんなところに呼びだして何の用だ?」
「私たちに一体何がしたいのよ?」
「うんうん、話が早くて助かるね。簡潔に言おう」
あげていた両手を下ろして腕組みし、視線を二人に向ける。
「死ね」
「「は?」」
二人がハモる。くっそ、意外に息がぴったりだ。リア充かよ。爆発しろ。
「どういうことだ。説明しろ!」
「そうよ!いきなり死ねとか意味わかんないわよ」
くってかかる二人に対し、「はあ……」と一つため息をついて答えることにした。
「お前らも同じ事をやっただろう?」
「え?」
「同じ事?」
そうか、ここまで言ってもわからんのか。
「瀧川陽」
「「!」」
「聞き覚えはあるみたいだな」
「……守秘義務」
「ここで意味のある概念じゃないな」
「何?!」
「当事者にしてみればそんな物、クソ食らえだ」
「どういうことだ!」
「とりあえず二人ともその名前に聞き覚えがあるってのはいいよな?今更しらばっくれても意味ないから続けるぞ」
「……ええ」
「瀧川陽は無実の罪で捕まり、冤罪だと訴えても聞き入れられず、ダンジョン労働刑となって、竜骨ダンジョンで死んだ。だからお前らも死ね」
「ダンジョン労働刑で命を落とすのは珍しいことじゃない!」
「そうだな」
「なら!」
「冤罪」
「は?」
「冤罪の件はどう理屈をこねるんだ?」
「冤罪って……アレはどこをどう見ても!」
「冤罪だぞ。彼の証言を思い出せよ。傘が当たっていただけと証言していなかったか?」
「あんな晴れた日に傘なんて!」
「そうだな。だが、夜勤明けの帰り。前日に大型台風が来ていたんだから傘を持ってるのは普通だろ」
「え……っと……」
「それも証言していたはずだが、どうせ聞いてなかったか覚えてないのどっちかだろ?」
「そ……れ……は……」
「と言うことでお前らに与える選択肢は二つ。ここで俺と戦って勝つか、戦わずに自力で脱出するか。鬼火ダンジョンの十層というと、新宿ダンジョンの九層に相当するらしいぞ。ちなみに俺はどちらでもい「黙れ!」
いきなり右側頭部に衝撃を受けて人間がその動きをしちゃマズいだろという回転をしながら数メートル吹っ飛ばされ、大きな木に激突した。いきなりなんだよ。人が話をしているときに横から殴りかかるなよ。
「ここにいたのか。運が良かった」
「で、これがあなたたち二人を呼び出した張本人ね」
「何者か知らんが……いろいろ吐いてもらうぞ」
はあ……聞き覚えのある声が二人分。そうか、警察とかが色々裏で動いてこの二人を先にここへ送り込んでいたのか。この二人が十層にいた上に、転移した先にいたのは偶然だろうが、俺も運がないな。ぼやきながら服についた土を払い落として立ち上がり、その二人をフードの下から視界に入れる。
国内最強クラスのオフィサー、瀧川哲平と知里……俺の両親だ。
次回、金曜更新です。




