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「ここが鬼火ダンジョンか」
ダンジョンレベル二十と言うことで二十階層まであるダンジョンだが、現在の人類到達階層は十一。おそらく二十階層に辿り着く頃にはさらに階層が深くなってるんじゃ無いだろうか。そして、階層も規模も大きなダンジョンだけあって、ダンジョンセンター周辺の賑わいも竜骨ダンジョンより大きいように感じる。……ダンジョンセンターの建物が一階分高いな。
「俺のとこもこのくらい賑やかにしたいよな」
鬼火ダンジョンは二十階建てビルの地階がダンジョン入り口になっているダンジョン。出来てから三十年ほど経つのと、こんなダンジョンの真上にいたいと思う人間なんてそうそういないので、全ての階が空き部屋。『テナント募集中』の貼り紙が日光で焼けて剥がれている程。解体することも出来ないが、ビルの所有者はダンジョンからの利益の一部を収入にさせてもらっているので困っていないらしい。不労所得か。ちょっと羨ましい。
「さて、入る「入るな!」
真後ろからの声に足を止めて振り返る。
「会いに来てやったぞ」
「う……そ、それはどうも。だが、ダンジョンに入ろうとするな!」
「何でだよ。このダンジョンは、入るのに何か資格とか許可が必要か?」
「それは……」
「あ、もしかして」
「ん?」
「とても俺には見せられない、特殊性癖を爆発させたようなダンジョンになっている、とか?」
「んなわけあるかあっ!」
「じゃ、いいだろ」
話を終えて入ろうとすると、前に回り込まれた。
「ダンジョンに入りたい理由も含めて少し話そうじゃ無いか」
「いいぜ」
何かと文句の多いウラを連れて、食い物のサイズがメニューの写真より大きい、逆メニュー詐欺で有名な喫茶店チェーンへ入る。ウラは人化の秘術とやらで普通サイズの人間になっているが、正直なところ、サイズの縮小と角が消えたくらいで、ゴツい顔つきはそのまま。傍目には美女と野獣っぽいのがちょっと癪に障る。
「ウィンナーコーヒー。モーニングのAセットと……カツサンド」
「元祖ジェ○コ、モーニングのCセットにミックストースト」
注文を終えるとウラがあきれた顔で言う。
「お前……結構食うのな?」
「一応言っておくが」
「なんだ?」
「ウィンナーコーヒーって、コーヒーにウィンナーを入れるわけじゃ無いからな?」
「し、ししし……知ってるし!」
知らなかったのか?俺も最初は「ウィンナーが入ってない!」って思ったから別に馬鹿にしたりしないぞ?
「で!あれほど、むやみに他のダンジョンに入るなと忠告しただろう!」
「お前の所だから来たんだよ」
「え?」
止まった……多分勘違いしてるな。念を押しておく。
「俺、男だからな。間違えるなよ?」
「わわわっ……わかってるって」
「……お前、もしかして童「ちゃうわっ」
わかりやすいというか何というか。
そこへ店員が一通り注文した物を持ってきた。
「来たな……久々にやるか」
「ん?何をするんだ?」
「これだからコ○ダ素人は……黙って見てろ」
モーニングCセットについてくるあんこをマーガリントーストに塗る。ここまでは誰でもやる。だが、この先が肝心だ。崩れ落ちそうな程にそびえるジェ○コの生クリームをスプーンでそっとすくい、あんこの上に塗っていく。
「ま、まさか……」
「ククク……この一手間が案外……できぬものなのだ……!」
出来上がったそれを手に取り、あーん、と大きめに口を開けて頬張る。
「んーっ!これこれ!これだよ!」
「お前……そ、そんな……」
「この背徳感溢れる味!このためにこの店に来たと言おう!」
「お、俺も……あ」
「残念だったな。Aセットはゆで卵だ。あと、ウィンナーコーヒーのそれだと少しインパクトに欠ける」
「く……」
「裏技を教えてやろう」
「う、裏技だと?」
「モーニングのトーストは……マーガリンからジャムに変更出来る……次に来たときにでも、食ってみな……飛ぶぞ?」
「なん……だと……」
ただし、ジャムへの変更は注文時に言わないとな。
確かにメニューに書かれているなと納得しているのを見て、次回にでも試せと言いながらミックストーストに手を伸ばす。
「話を戻すか。ダンジョンに来た理由だ」
「お、おう……」
ウラが話を戻したので仕方なく応じ、簡潔に答えてやる。
「俺の復讐の件、お前のダンジョンで二人始末する」
「は?」
「理由は二つ。この二人はワーカー、探索者だ。探索者がダンジョンで命を落とすなんて、大して珍しい話じゃ無いだろ?」
「まあそうだな」
「んで、お前にも色々迷惑掛けてるっぽいのと、色々教えてもらった礼も兼ねて二人分のダンジョン経験値の提供だ。二人ともワーカー歴五年以上のベテラン。ちょいと調べてみたが……これだ」
スマホで検索した二人の情報を見せる。ワーカーもある程度のレベルになってくると、こうして自己アピールをしてスポンサー探しをする奴が出てくる。スポンサーはお目当てのダンジョン産素材が格安で手に入り、探索者は活動資金が得られる。元クライムの俺には関係ない話だが、ワーカーの情報を手に入れやすいのは助かる。
「ほう……どちらも新宿ダンジョン五層探索者か」
「どのくらいのモンかは知らないけど、それなりじゃ無いか?」
「そうだな。だがなあ……」
ダンジョンごとに難易度はかなりばらつきがあるので、新宿ダンジョンの五層に行けるからと言って、竜骨ダンジョンの五層に行けるわけではない。ただ、新宿ダンジョンの五層というのはかなりの難易度で、かなりの実力者のハズだ。
ちなみに、探索者の多くが、自分でここと決めたダンジョンから移ることを好まない傾向にあると言われている。クライムは自身の収容された刑務所の近くのダンジョンから動くことはないし、ワーカーも駆け出しの頃は数カ所のダンジョンを巡るが、ある程度「ここだ」と決めるとダンジョン近くに住むようになり、滅多に変えない。理由はとても簡単。ほとんどのダンジョンが三層くらいからそのダンジョンの個性を出すようになり、モンスターの種類が偏るようになる。すると、よく出るモンスター用の装備に切り替えていくわけで、他のダンジョン用の装備まで手が回る者はごくわずか。ある程度の安全を確保しながら探索するには一つのダンジョンに絞った方がいいというわけだ。
例外はオフィサーで、ほとんどの場合、上からの指示で探索するダンジョンが決まるし、色々な事情であちこちに異動する。移動では無く、異動。オフィサーって、面倒な試験とか免除されてはいるが、国家公務員の一部だからな。
そして、探索者を積極的に殺しにかかるダンジョンマスターはほぼいない。深層まで至れる探索者はダンジョンポイントを稼ぐのに貴重だし、あまりにもたくさんの死者を出すと、危険すぎると言うことで探索者が寄りつかなくなってしまう。だから、程々にすべし、というのがダンジョンマスターの何となくの総意。
そこに「この二人、お前のダンジョンで始末してくれ」というのはまあ、色々と意味がわからないだろうか。
「お前、新宿ダンジョンのダンジョンマスターが何て言うか……」
「知らん」
「おいっ!」
「俺は復讐をしたいだけ。そして、その二人は自分の意思で鬼火ダンジョンへ向かっただけ。そして、偶然鬼火ダンジョンで死んでしまっただけ……ただの不幸な事故だな。文句を言われる筋合いは無いだろ?」
「むむ……」
「新宿ダンジョンのダンジョンマスターがどんな奴かは知らないが、文句を言ってきたらこっちに回してくれていい」
一年くらい前にやってたら店員さんが「うわ、おいしそう」と言いながら通り過ぎていきました……
次回更新をまた月水金にするか、毎週土曜日にするか悩み中です。