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  作者: ひじきとコロッケ
小住達也
24/105

(3)

 この一連の流れで何がどうなったのかをおさらいすると、こうなる。

 小住の動きは単純で、喫茶店でいきなりダンジョン内へさらわれただけ。だが、警察目線では電話を受け、外に出ると同時に車で連れ去られて行方不明に見えている。スマホと連絡用の無線がGPS付きで追跡可能だが、ダンジョンに入れてしまえば機能しなくなるし、電波も届かないので、追跡は不可能。

 では小住に電話をかけてきた相手は?電話会社に問い合わせれば相手も電話の位置もわかるだろう。それがホンの数時間前に盗まれた物で、急に一キロほど離れた位置に現れて通話を始め、すぐに電源が切られ、次に電源が入ったのは駅のホーム。持ち主の特定は簡単だろうが、いくら問い詰めても何も出てこない。あの女性はスマホを盗まれて勝手に使われただけの通りすがりの人なのだ。迷惑かけたお詫びにあとで菓子折でも持って行こうかな。

 そして小住をさらった車も見つからない。それなりの範囲で探しているだろうけど。そして、車が見つからないと言うことは小住も見つからない。レスリングの実力者を、何の抵抗も許さずに連れ去るとは一体何者だろうか。世界中で格闘技やってる連中とか聞いて回るか?さすがにしないだろうけど。

 警察も大騒ぎだろうが、それはそれ。頑張って無駄足を踏んで欲しい。




「貴様!一体何のつもりだ?!ここはどこだ?!ここから出せ!」


 鍵のダイヤルに気づいてくるくる回していた小住がこちらをにらみながらわめき散らす。うん、ゴメンな。そっちはダミーの方で幾ら回しても意味が無いんだ。本物はもう十センチほど上にあるぞ。


「一度に色々言うな。質問なら質問、要求なら要求。一つずつにしてくれないか?」

「うるさい!貴様、こんなことをやってタダで済むと思うなよ!」


 やれやれ全くうるさい。

 コアを操作して足下の転移魔法陣を有効化すると、ヒュンッと姿が消えた。これで静かになったな。

 送り込んだのは九層に新しく用意した収容所。

 高さ五メートルの滑らか&オーバーハングの壁に囲まれた直径二十メートルほどの円形の部屋だ。一応、モンスターはここに出ないようにしてあるので、しばらく放置してメシと風呂にしよう。仮に、もしも万が一にも五メートルの壁を越えたら?簡単だ、九層にうじゃうじゃいるモンスターがおいしく頂きにかかるだけ。




 一夜明けたところで、小住のところへ向かうと、ぐったりしていたのが跳ね起きた。


「貴様!」


 そのまま飛びかかってきたのでひょいとかわす。一晩経ったのに元気なもんだ。

 すぐにこちらに向き直り、もう一度向かってきたので足を払い、うつ伏せに倒して腕を固めて押さえ込む。


「ぐぐぐ……」

「まず先に言っておくが、お前程度握りつぶすのは造作もない。おとなしく話を聞く気があるなら放してやるが」

「一体何のつもりがあってこんなところに連れてきた。それが聞きたい」

「いいね。冷静で賢明な判断だ。長生きの秘訣だよ」


 クスリと笑いながら解放してやる。


「こちらもその件について話したかったんだ」


 そう言ってやると、手足をさすりながらあぐらを組んでこちらをにらみつけてくる。


「おお、怖い怖い。こんな可憐な美少女をにらみつけないでくれないか」

「自分で言うのか」


 幻影を解除すると少し動揺したようだった。


「言うだけならタダだからな。これが本当の姿だ。ちなみに言っておくが、男だぞ」

「ケッ……さっさと本題に入れ」


 フム、どうやらどちらの姿もお好みではないらしい。どうでもいいか。


「わかったよ、説明してやる」


 腕を組み、にらみ返しながら続ける。


「瀬川陽、この名前に聞き覚えは?」


 小住は守秘義務がある、と答えそうになったがやめた。どうせ、色々と調べ上げての蛮行だろうし、普通の人間に見えない相手に法を説いても意味は無い。


「ある。俺が裁判員をやった裁判の被告だ」

「正直でいいね」

「で、その瀧川がどうした?」

「有罪にしただろ?」

「ああ」

「彼の主張は聞いたか?」

「無罪主張だろ?痴漢なんてやるような人間のクズは、全員ああ言うそうだから当てにならんな」

「何の証拠も無いが?」

「傘なんて姑息(こそく)なカモフラージュとか仕込んでいる奴だぞ?」

「お前……一応聞くが、彼が傘を持っていた理由は聞いているのか?」

「知らん」

「は?」

「資料は一通り目を通したが、理由は書いてなかったぞ」


 なん……だと……?裁判での俺の証言すら消された状態で渡されていた?さすがにそんなことは無いだろうと思いたいが、書いてあっても読まずにスルーなんだろうな。念のため裁判資料をもう一度確認しに行こうか?面倒だからやめておこう。


「彼の仕事については?」

「会社名は忘れたが、どっかのサラリーマンだろ?」

「あの電車に乗っていたのは?」

「出勤のため。で、以前から目を付けていた被害女性がたまたま近くにいたから、と書かれていたな」


 よし、今この瞬間に警察と検察は念入りに殺すのが決定した。俺の言ったこと、全然伝わってないじゃん!取り調べの意味全くないじゃん!


「それで有罪か……」

「どこかおかしいか?」

「理由は彼が法廷で証言したと思うが」

「調書に誤りがあったと?馬鹿な」

「よく思い出せ。あのとき彼はこう言ったはずだぞ。『夜勤明けの仕事帰りだった』と」

「は?え?あ……」

「お前、人の話聞かないタイプか?あの前の晩は台風が来ていた日だ。夜勤のために出勤したのなら傘は必要。その帰りの電車内で傘を持っているのは不自然か?」

「え?まさ……か……」

「ま、今更だな」

「え……」


 顔色が悪いが、さらに悪くしてやろう。


「さて、少しだけ現状を説明しようか。ここがどこかわかるか?」

「どこかの地下?かなり大規模だが……」

「ダンジョンだ」

「え?」

「瀧川陽がダンジョン労働刑で送り込まれた、竜骨ダンジョン。その人類未到達の九階層」

「ここが……ダンジョン?」

「ああ。そして、瀧川陽はこのダンジョンで死んだ」

「死んだ?」

「ああ。お前らが!ロクに!彼の証言を聞かず!取り合わず!冤罪で!ダンジョンに送り込んだ結果だよ!」


 大げさに両手を広げながら説明してやったら、真っ青になってガタガタと震えだした。よしよし、いい感じだ。

 最初の駒田は、最後まで自分の正義感みたいなものを振りかざし続けていた。

 白波はそれが職務だし、痴漢という犯罪の性質上、被害者女性の心情を(おもんぱか)る判決を下したというスタイルを貫いていた。

 だが、コイツはどうだ。見かけはゴツいくせに結構気が小さいようだ。

 実は裁判員一人の判断なんてたかが知れているとも言える。

 勿論個別のケースにより異なるのだが、裁判員の参加する裁判では有罪・無罪の判断を裁判官と裁判員による多数決で決める。量刑も同様。最終的には平均を取るなんて話も聞くが、今更細かい話はどうでもいい。ざっくり言うと、仮にコイツ一人が「無罪だと思います」と言っても、俺の有罪判決が覆ることは無かっただろう。だが、コイツはそこに責任を感じ、どうすればいいか悩んでいる。


「俺が……あのとき……そうすれば……」

「あー、いいか?」

「何だ?」

「お前が、あの裁判での判断を後悔しているみたいだから、一つ提案だ」

「な、何だろうか?」

「ここから自力で脱出しろ」

「え?」

「脱出した後、この事を世間に公表しろ。それがお前に出来る贖罪(しょくざい)だ」

「俺に出来る贖罪?」

「ああ」

「わかった」

「それじゃ、頑張れよ」

「あ……ああ!任せてくれ!」

「じゃあな」


 転移でダンジョンコア前に戻る。小住は収容所から出るべく、つるつるで登りにくい壁に挑み始めた。いいね、前向きで好感が持てる。だが、だからと言って手心を加えたりはしない。あの収容所、今はモンスターは出てこないのだが、誰かが入って十二時間経つと、わらわらと湧いてきて、入ってきた誰かさんを始末すると戻っていく素敵な仕組みにしてある。現在、八時間ほど経っているので、小住の頑張りも四時間弱。せいぜいそのときまで頑張って、ダンジョンポイントを産出してもらおう。




「見つからんか……」

「はい」

「Nシステムは?」

「それが……」

「ん?」

「あの車のナンバー、該当無しです」

「そうか……」


 さて、次はどうしようかと考えようとしたところで机の電話が鳴り、若い刑事が出る。


「は?どういうこと……はい、はい」


 刑事は受話器を手で押さえるとこう告げた。


「あの喫茶店が消えたそうです」

「「はあ?」」


 警察には現場百遍という言葉がある。事件現場には数え切れないほどの手がかりがある。何度も調べ上げることで真実が明らかになるから何度も足を運べという教訓なのだが、まさか待ち合わせ指定場所の喫茶店が消えるとは。


「消えた?どういうことだ?火事でもあったのか?」

「それが……あ、写真が届きました、これです」

「「はあ?」」


 刑事が見せたスマホには、ずいぶん長いこと建物が建ったことが無かったと言うふうに見える、雑草の生い茂った空き地が写っていた。


「おい、場所はあっているのか?」

「えっと、その周囲の写真も届きました。間違いありません」

「まさか!」


 そこにPCを操作していた別の刑事が声を上げた。


「これ……見て下さい」

「ん?」


 有名なネットの地図情報で喫茶店の位置を表示。地図上には建物の絵は無く、路上からの写真を見せるサービスにも空き地が写っていた。一般的にこの手の写真は数ヶ月以上前のものが使われているハズ。


「どういうことだ……」


 誰かの声に、応えられる者はいなかった。

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