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「あからさますぎて逆に笑える」
日時と場所の指定は適当に決めたので、誰からというこだわりは無く選んだ一人目が知元文代だ。そして指定した時刻まであと五分ほど。場所は駅前商店街のすぐ近くにある公園。平日でも近所の人が子供を遊ばせに来ている、ごく普通の公園。だが、今日は親子連れも何となくぎこちないし、ベンチに座っている人も姿勢に隙が無い。
「全員警察関係者だな」
そんな俺はすぐそばの全国チェーンのコーヒー店で、長い呪文を店員に伝えて出てきたコーヒーを飲みながら様子を見ているところ。そして、公園から一般人を追い出したのが丸わかりの状況だ。
「そして、指定した本人は来ず、それっぽい背格好の女性を一人置く、と」
なぜ本人で無い事がわかるかというと、事前に本人の自宅まで向かい、改めて顔を確認しておいたから。手紙は、あちらの動きを確認するための攪乱のつもりだったが、いい感じに思惑通りに振り回されてくれた。で、わざわざ偽物の所に顔を出しても仕方ないので、プランBへ移行。うん、プランBって響きがかっこいいからそう言ってるだけで特に何も考えてないぞ。
それはそれとして、三日後の二人目はどうだろうか。
「また手紙が来たのか」
「はい」
『瀧川陽関係者による脅迫事件対策本部』と書かれた部屋の中で捜査一課の刑事たちが渋い顔をして話を続ける。
「消印は?」
「えーと、知元文代宛は……一通目は大分県でしたが、二通目は福井県です。日付は昨日のもの。おそらく指定時刻に本人が来なかったことを確認してから投函したものと思われます」
「内容は?」
「指定日時に来なかったことを非難しつつ、次回の日時を指定しています。ただ、『次は無い』とも書かれています」
「はあ……消印から推測される投函ポストは?」
「候補は数十。特に周囲に監視カメラが設置されていないポストが多いようで、誰が投函したかを特定するのは困難ですね」
一連の手紙の何が厄介かというと、全て差出人の住所氏名がきちんと記載されていると言う点。しかも実在の住所と氏名なので、調べないわけにいかない。今回の知元宛に来た一通目も、実際にその住所の所轄から刑事を派遣して確認した結果、絶対にこんな手紙を出せないはずと断言した報告書が送られてきた。
手紙は封筒の宛名から差出人の記載まで全てパソコンで作成、印刷されていたので、そう言うのができるかどうかを確認するのも大事と踏んで、刑事たちが差出人住所を訪れてみたら、パソコンどころかスマホの操作も怪しいだろうという高齢夫婦が住んでいた。念のために家の中を確認させてもらったが、パソコンどころか、テレビも地元の電器店が地デジチューナーを接続したブラウン管だったと言う。
「電話帳をこうも的確に犯罪に使うとはな」
犯人は全国の電話帳をかき集めて、適当に差出人住所に出来そうな者を選んだだけなのだろうが、捜査の攪乱という意味では面倒な相手だ。何しろ、郵便物は犯人に繋がる貴重な証拠。だが、指紋採取で見つかったのは郵便物の郵送に関わった職員と、受け取った本人のものだけで、犯人と思しき証拠は何も見つからない。手袋を厳重にしていても、呼吸により飛散する唾液などはあるはず、と探したのだがそれも見つからない。切手の裏を舐めていないかと期待したが、全国どこでも手に入るような水性糊が使われていた。
封筒も紙も糊もすべて全国の文具店や百円均一の店で買えるし、切手に至ってはコンビニでも買える。どうにかプリンタのインクからメーカーを特定したが、家電量販店で「当店売り上げNo1」なんて札がつくような機種だったからさらに特定は困難。
犯人に繋がる手がかりが全く見つからないまま二人目の日時になり、一人目同様待ち合わせ場所に捜査員を代わりに待たせていたが、これもバレたようで、また新しい日時を指定した手紙が届いただけであった。
「さて、三人目は……多分本人が来るだろうな」
三人目、裁判員の小住達也を呼び出したのはダンジョン領域内となっている地上の古びた感じの喫茶店。あくまでも古びた感じであって、出来て一週間の店だ。手紙の投函ついでに見た、ちょっと寂れた商店街にあった店を参考に再現したもので、内装までこだわってみた。周囲の住宅は空き家が多い、ちょっと過疎気味な地域だからいきなり喫茶店が出来たと不審がる者もいない。
そして、指定日が三日後に迫った今日、外の様子から判断して扉の札を「営業中」にしてみたら、案の定男女二人が入ってきた。本人たちの設定上は恋人同士がたまたまちょっといい感じの店を見つけたので入ってきた、と言う体なのだろう。もちろん、すぐそばの角に止めた警察車両から降りてきているのは確認済み。言うまでも無く下見に来たのだろうが、この店はかなり狭くて、四人掛けの席が三つにカウンター席が四つだけ。そして、店を経営しているのは定年退職後にちょっとした趣味と実益を兼ねて店を開いた老夫婦。週に二、三日、数時間程度店を開けるだけで、客が来なくても困らない、という設定だ。
「へぇ、落ち着いたいい感じの店だね」
「そうね」
「メニューは……シンプルだけど、そこがいいね」
「わかる~」
「すみませーん、注文を」
「はい、ただいま……何になさいます?」
「オリジナルブレンドコーヒーと手作りショートケーキのセットを二つ」
「ブレンドコーヒーと、ショートケーキのセットですね。しばらくお待ちください」
店の主人っぽい老年男性の幻覚を被せて注文を聞いた後、店の奥へ。ダンジョンコア前に移動すると、ダンジョンポイントで目的の品を交換。ネス○フェのインスタントコーヒーと、業務用として通販でも売られている冷凍ケーキを用意し、ほんのりと火の魔力でケーキを解凍してから店に戻ると、何食わぬ顔でコーヒーを入れて、トレイに乗せる。
「お待たせいたしました。ブレンドコーヒーとケーキのセットです」
「うわぁ、美味しそう」
そりゃ旨いだろうよ。どちらもきちんとしたメーカーが店で売って問題ないと判断している商品だからな。
「二千五百円になります」
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「ありがとうございます」
「また来ようか」
「うん!」
「またどうぞお越し下さいませ」
見送ったけど、彼らがここに再び来ることは無いだろうな。小住を片付けたらここはまた元の更地になるだけだし。
「そうか、店内に私服を配置するのは無理か」
「ええ」
「外から中の様子を確認するのも難しいですね。窓の外に蔓性の植物がびっしりと」
「ですが、店の出入りは監視しやすいはずです。カウンターの奥に調理場に通じる入り口がありましたが、その向こうは夫婦の住居。裏手に玄関らしきものが一つあるだけでそれ以外の出入り口になりそうなものはありませんでした」
「危険を承知で本人に行かせるか」
「そうなると周辺の道路状況ですが……」
ま、こんな感じの会話をしてくれているのを期待しよう。何しろ三人目の小住というのはかなり体格がいい。と言うのも、彼の職業は某大学のレスリング部のコーチ。学生時代に全国大会でベスト八になったのが三年前という経歴の持ち主だから、警察としても簡単に犯人に連れ去られたりはしないだろうと考えている……といいな。
さて、指定した時刻まであと三時間と言ったところ。喫茶店の開店時間まではあと二時間。直前でないとあまり意味が無い作業をこなしておこうと、俺は何度目になるのか数えるのが面倒になってきたなと思いながら電車に乗っていた。
今まではターゲットの追跡のために乗っていたのだが、今回は違う。僅かに出勤時間からズレていてあまり混雑していない車内をチラリと見渡し……いい感じの者を発見。自然な感じで近づく。
目を付けたのは二十代の女性。
席が程よく埋まっているのでドア付近に立っているところに近づく。もちろん誰も咎めたりはしない。電車の中で少し立ち位置を変えるために歩くなんて、どこでも見かける光景だ。
しばらく見ていると、狙い通りに肩から提げたバッグからスマホを取り出した。
パカッと、カバーを開くとトントンと操作。よし、覚えた。ロック解除の暗証番号を。
しばらく様子を見ていると、スマホで「そろそろ着きます」というようなことを送っているようだった。つまり、次の駅で降りるだろうと予測。
やがて電車が止まり、ドアが開くと予想通り降りていく。そして、予想通り、肩から提げたバッグにスマホを入れて歩いて行く。バッグの口は開いたまま。素早く近づき、人間では視認できない速度でスマホを抜き取ると、自然な感じで離れていく。
監視カメラに映っている可能性はあるが、「俺じゃなきゃ見落としちゃうね」レベルの速度なので大丈夫だろう。それに、映像から「コイツが!」となったとしても、別に困らない。電車を降りずに残っていた人の姿になっているから。幻覚魔法は本当に便利だよ。
改札を抜けるとそのまま駅を背にどんどん歩く。あらかじめ目星を付けておいたこの辺りで一番高いビルに入ると、階段へ向かい、トントンッと手すりの部分を足場にグルグル回っている中央部分を飛び上がり、屋上へ。ドアに鍵がかかっていたがすぐ脇の窓から外に出て、念のためにスマホを確認。
さっき見た暗証番号で……よし、ロック解除できた。
念のため周囲を確認。よし、空を飛んで帰っても大丈夫だろう。今日はいろいろと時間が厳しいんだ。